第二十九章 中編「予想外の誤算が導くもの」


ヴァルファの本隊は現在、ドルファン陸軍の真っ正面で戦線を展開していた。

ドルファン陣営の両翼に勢力を展開している傭兵隊と騎士団を攻撃しているのは少人数編制の小隊であり、彼の陣営の中心である陸軍に攻め入り、一気に壊滅させてさらに混乱を招くという作戦である。

この作戦の立案者はキリング・ミーヒルビス、ヴァルファバラハリアンのナンバー2であり副団長である。

前回のテラ河の戦いでも姿を見せた智将であるが、その時はコーキルネイファの性格と雨天の長期化によって勝利の女神はドルファンに微笑んだ。

しかし、今回はそうはいかない。

今までのドルファンとの戦で八騎将を次々と失って消耗した士気に喝を入れ、失ってしまった兵力の穴を埋める為にこうした綿密な奇襲作戦を練ったのだ。

攻撃するまでに数日の時間を置いたのも、攻撃を夜にしたのも、奇襲を行う各小隊には闇に溶け込めるように全身がすっぽりと隠れるような黒いマントを使ったのも、全てはヴァルファの、そして軍団長の悲願達成の為なのだ。

そのミーヒルビスの熱意を感じ取った軍団長『破滅』も、今回は自ら兵を率いてドルファン陸軍に攻撃を仕掛けていた。

ヴァルファバラハリアン軍団長、デュノス・ヴォルフガリオ。

又の名を『破滅』のヴォルフガリオという。

最強の傭兵軍団に成長したヴァルファの八騎将の頂点に立ち、最強の名に恥じない騎士であり、その一方でこの傭兵軍団を統率する長でもある。

カリスマ性とその強さで自軍の内外を問わず圧倒的な評価を受けているだけに、敵となってしまった場合でも彼を崇める者は後を絶たない。

その素顔は頭から足までの全身を覆っている真紅の甲冑によって、謎に包まれている。

彼の正体を知る者は、八騎将のみ。

しかも、一人はドルファンとの戦の始まる直前に失踪。

他も、『疾風』・『不動』・『迅雷』の三名は戦死、『氷炎』は行方不明となっており、今では彼と共に戦場で戦っている『幽鬼』と、ドルファンで極秘の諜報活動の任務に当たっている『隠密』の二人だけだ。

これは、裏を返すとヴァルファには後がないという事を示している。

残った八騎将の内『隠密』を除く二人は、イリハ会戦後にプロキアが協力を拒んだ時点でもうそれを悟っていた。

ただ、それが知れると軍内部の組織が揺らいでしまう。

それだけは避けねばならず、苦肉の策として軍団長と副団長が自ら戦の部隊に立ち、奇襲作戦でやる気を引き起こそうという事になったのだ。

このミーヒルビスの作戦は現時点では成功していた。

奇襲作戦を受けたドルファン軍は指揮統制が滅茶苦茶にされ、混乱の極みを見せている。

さらに、そこにヴォルフガリオが登場した事でドルファン軍の困惑は二倍、いや、二乗の効果を打ち出していた。

 

デュノス「我が名は『破滅』のヴォルフガリオ!我が首を取らんとする者は前へ出よ!!」

紅い甲冑をまとった馬に跨がったヴォルフガリオが名乗りを挙げる。

敵の総大将が現れたとなれば、その首を討ち取ろうとそこに殺到する筈なのだが、ドルファン陸軍は誰一人として彼の前に出ない。

彼を目の前にした兵士たちの足は、がくがくと小刻みに震えている。

怖いのだ、『破滅』の名を冠した最強の戦士が。

畏怖すら抱く真紅の甲冑をまとった姿に、一歩として歩み出す事ができないのだ。

それに敵ですらおいそれと手を出すことができないくらいの威厳を、彼は持ち合わせているのだ。

デュノス「かかって来ないのか?ならば、私から行かせて貰うぞ!!」

手綱をピシャンと打ち鳴らし、ヴォルフガリオを乗せた馬が敵兵に向かって走り出す。

彼は腰に提げてあったハンドアハーフソードを抜刀し、まず正面にいた剣士の頭を兜毎叩き砕く。

頭蓋骨が割られた剣士は脳髄をさらけ出した状態で倒れた。

方向転換して次の攻撃をしようとしたデュノスに向かって、ハルバードのスピアヘッドが突き出される。

命の危険を感じて、ドルファン陸軍の兵士二人がようやっと一撃を放ったのである。

しかし、それはデュノスにとってあまりにも拙い攻撃だった。

ハルバードを彼は剣で払い、そのまま馬を突進させて陸軍兵二人を踏み付けた。

二人の槍闘士は、鎧毎内蔵や骨を踏み潰されて絶命する。

蹄鉄の裏にスパイクのような突起物をつける事で、こうした戦い方もできるのだ。

今度は騎兵が四騎、ランスを持って四方から『破滅』を攻める。

一見逃げ場のないように見えるが、デュノスは正面から向かってくる一騎に向かって前進し、ランスの打突軸からずれるようにすり抜けた。

トップスピードで馬を走らせていた騎兵は急ブレーキをかけようと手綱を操るが、すぐに止まる事はできない。

四騎は衝突し、それぞれのランスが馬と騎兵の足を貫く。

馬は即死、足を失った騎兵は起き上がる事はできなくなったが、それでもそこから逃げようと手で地面をかくように移動する。

そこにデュノスの馬が来て頭や体を踏み付けて止めを刺す。

ドルファン陸軍の兵士との戦いは、まさに一方的なものだった。

ブレインのいる中央部の前方を固めていた陸軍の一部隊が、ヴォルフガリオの手によってものの一時間もしない内に全員葬られてしまったのだ。

勝てないと踏んで逃げようとした者も含め、である。

まさに『破滅』という二つ名通りであった。

 

デュノス「もう少し骨のある者がおってもよさそうなものだが……手ぬるいな」

刃に着いた血を持っていた布で拭き取ると、彼は剣を納めた。

こんな期待外れな連中と今まで渡り合ってきたのかと思うと自分が情けなくすら思えた。

しかし、それでもドルファン軍に押されているのは、元々ドルファン王国が所有していた軍が協力だからではない。

ドルファンが募集した傭兵隊の中に強力な人材が派遣されていたという事実が、今の戦争でヴァルファを苦しめているのだ。

特に『疾風』・『不動』・『迅雷』を討ち取ったケイゴ・シンドウは天敵とも呼べる存在になりつつある。

その彼と接触の最中である『隠密』のサリシュアンからは彼の訓練の様子や実生活について色々と取り上げての報告があり、それが頻繁にヴァルフガリオとミーヒルビスに送られてくる事からも、相当重要視しているのだ。

そんな事を考えていると、ミーヒルビスが彼の元に駆け寄ってきた。

キリング「デュノス様、あまりよろしくない報告にございます」

曇った表情を見せるミーヒルビスに、デュノスは何事かと尋ねた。

デュノス「キリング、どうした?」

キリング「はい。第一段階での奇襲作戦で一個小隊がしくじったようです。彼らはドルファンの傭兵隊の正面を担当していたのですが、こちらの作戦に気づいて罠を仕掛けていたようです。その結果、その小隊のメンバーは拘束、もしくは戦死したようです」

冷静に言葉を紡ぐミーヒルビスの声に耳を傾けながら、ヴォルフガリオは奇襲失敗に対する保険の対処を考えていた。

しかし、今は戦闘中である。

悠長に構えている余裕など、もう後の残されていないヴァルファには元からある筈がなかった。

デュノス「その程度の失敗は許容範囲の内だ。我々はドルファンの総大将を討つ事のみ専心すればいい」

キリング「御意」

デュノス「これより、敵の本陣に切り込む!私に続けぇぇぇぇぇぇっ!!」

軍団長が自ら戦闘を切って、総大将のいると思われる敵陣の中央へ部下を導く。

 

予想外の出来事によってがらりと様相を変えた今回の戦い。

それがどんなものであろうと後ろを省みず突き進む姿は、まさしく武人であり、人々を勝利へと導かんとする軍神であった。
 

 

その頃、シャオシンとアシュレイはようやっと自分たちに襲い掛かってきた敵の最後の一人をようやく倒し終えたところだった。

剣士であるアシュレイはシャオシンの不得手な接近戦を全て受け持っていた為に、満身創痍となって体の各所から血を流していた。

シャオシンの方も、弓では対応し切れないと紋章術のみで攻撃やアシュレイのサポートをしていたせいで精神力を酷く消耗していた。
二人とも汗だくで、立っているのもやっとだった。

シャオシン「……はぁ、はぁ、もし回復の紋章があったんなら、少しは楽になったんですけどね……」

アシュレイ「ないものねだりをしてもしょうもないじゃろうて」

シャオシン「そうですね……」

しばらくそこに座り込んでいると、馬が地を蹴って走る音が重なってこちらに向かってくるのが聞こえた。

シャオシン「敵、でしょうか?」

アシュレイ「さあな。警戒ぐらいはしておこうかの」

もう死力を尽くし切り、もう立っているぐらいしかないが、そんな体に鞭打って二人は構えた。

神経を張り詰めて、こちらにやってくる騎馬の群れを見据えた。

が、やってきたのは敵ではなく、傭兵隊のメンバーだった。

ケイゴ「アシュレイ殿、シャオシン!敵に捕まったのかと思ったぞ」

馬から飛び降りてケイゴが二人の元に駆け寄る。

アシュレイ「小僧はともかく、儂がそんな簡単に敵に捕まるとでも思うたか?」

シャオシン「何言ってるんですか。僕の術のサポートがなかったら殺されてましたよ」

アシュレイ「ほ〜ぅ?そうじゃったかのう?」

突っ込みを入れてきたシャオシンに対して、アシュレイはとぼけて返した。

そんな老剣士の態度に憮然となるシャオシン。

子供扱いされているような気がしてならなかったのだろう。

ケイゴ「とりあえずそれまでにしておけ。それより、相当疲れているようだな。医療班のテントで休ませて貰った方がいい。誰か、アシュレイ隊長とシャオシンに付き添って医療班のキャンプまで行ってくれ」

ケイゴの指示に応じた二名が、それぞれアシュレイとシャオシンを自分の馬に乗せて去って行った。

二人を見送っていると、他部隊の援護に回っていたギャリック率いる傭兵隊騎兵部隊が戻ってきた。

ギャリック「ケイゴ、とりあえずドルファン側の盛り返しは成功したぜ」

ケイゴ「そうか……ところで、敵の本隊の動きは?」

ギャリック「たぶん、陸軍の本陣に向かってるんじゃねーか?見たところ今回の戦で向こう側が投入してきた戦力は少ねぇみたいだし。しかもヴァルファの連中、『破滅』と『幽鬼』まで本隊に参加してるみてぇだから実際まだ向こうに分があるかもわからねぇ」

ケイゴ「それなら、俺たちも陸軍本隊に加勢しよう。ドルファンサイドである俺たちの総大将は陸軍から出ているからな。行くぞ!!」

傭兵隊も、ヴァルファ同様にドルファン陸軍本陣に向かって進路を取った。

 

この行動が彼らにとって吉と出るか凶と出るか、それは今の時点ではわかるものは誰一人としていない。

ただ、これからの戦況の変化に大きく関わってくるという事だけは、誰でも容易に理解できた。

それが一体何を指すのか、それは二人の人物の邂逅を見れば切り開かれるであろう。


後書き

 

戦争の話で中編を入れたのはこれが初めてです。

ここから今章のクライマックスへと繋がる訳なんですが、次でケイゴとデュノス公が出会います。

宿命の出会いを如何に演出すべきかあれこれ考えながら、ここで失礼したいと思います。

 

それでは、次回でまた。


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