第十八章「あの人にさよなら」


ドルファンに来てから二度目の夏。

ケイゴは、ドルファン地区の小洒落たバーでアルバイトをしていた。

バーには、いろいろな身分の人間が訪れる。

中には軍や政府の高官もおり、情報収集にはもってこいの場所だからである。

たったそれだけの理由で働いているものの、シックで高級感を漂わせる雰囲気の店内を彼自身気に入っている。

カウンターでグラスを磨いていると、彼と同じく店の制服を来ているクレアが声をかけてきた。

クレア「ケイゴ君。悪いけど、床にモップかけてくれないかしら?」

ケイゴ「了解した」

指示に従い、ケイゴは床掃除を始める。

今は午後五時半。

開店前なので、当然客はいない。

クレアは空になったボトルを、新品のものに取り替える。

ケイゴ「ヤング殿が逝ってから、そろそろ1年になるな……」

感慨深げに、ケイゴは天井を見上げた。

クレア「……」

作業をしていたクレアの手が止まる。

小声で、何となく口にしたつもりだったのだが、彼女の耳に届いてしまったらしい。

何とも気まずい空気が流れる。

ケイゴ「……申し訳ないことを言ったな」

何とかそれだけを喉から絞り出す。

クレア「……大丈夫。もう気にしてないから。さぁ、お仕事お仕事」

と、クレアはケイゴがやり欠けにしていたグラス磨きを始める。

ケイゴ(……やはり、まだヤング殿の死を引き摺っているのか?)

まだ、夫の死を乗り越えきれず、自分の人生を悲観しているのだろうか。

そう思うと、ケイゴはいたたまれない気持ちになった。

 

 

ギャリックは、酒を求めてドルファン地区の商店街に繰り出した。

酒を求めて、といっても、何も今から飲むのではない。

今日、亡き上司と酒を飲みかわすため、どんな酒がいいのか吟味しているのである。

???「ギャリックみ〜っけ!」

と、背中に誰かがのしかかる。

ギャリック「いきなり何しや……って、プリシラじゃねーか?」

プリシラ「何よ、私がここに来ちゃいけない理由でもあるの?」

ギャリック「い、いや、そういうこたぁねーけど」

プリシラ「まぁ、いいわ。それより、今日はヤング少佐の命日でしょ、こんなところで何してるのよ?」

こんなことを知っているのを見ると、プリシラは伊達に王女をやってはいないのだということを実感する。

大尉が少佐になっているが、それは殉職による特進のためだ。

ギャリック「ん?ああ……教官に酒でも持ってくんだよ。あの世に逝ってから飲んでねぇと思ってよ。まぁ、ヴァルハラに逝ったんなら別の話だけどな……」

プリシラ「それもそうね」

ギャリックのジョークに、プリシラはクスクスと笑う。

ちょっと高めのブランデーを手に入れると、二人は大通りに出た。

プリシラ「ねぇ、私も一緒に行っていい?」

彼女の発言に、ギャリックは人通りの多いこの場所で、思わず大声を出しそうになる。

ギャリック「何言ってんだよ。『行ってもいい?』って、メッセニのジジイも来るんだぜ?」

プリシラ「そんなことは百も承知よ。王女としてメッセニと一緒に行けば問題ないでしょ?」

やはり、プリシラの方が一枚上手だ。というか、ギャリックの場合、女の子が相手だと一枚下手に回ってしまうようにも思える。

プリシラ「それじゃ、私は一旦お城に戻るから、向こうで落ち合いましょ」

城へと続く道を見つけると、プリシラはその向こうに消えてしまった。

彼女を見送ると、ギャリックも、雑踏の中へと消えていく。

 

 

雲一つない快晴が、シーエアー地区の教会に広がる。

隣にある共同墓地にはいつものような静寂さはなかった。

ある墓標を中心にして、人が集まっていた。

その中には、ケイゴ、ギャリックといった傭兵隊のメンバーや近衛隊のメッセニ中佐、そしてプリシラ王女などといった顔触れが見られる。

その墓の前に、クレアが立っていた。

クレア「本日は、亡き夫のために集まって頂き、誠にありがとうございます」

彼女の挨拶と共に、ヤング・マジョラムの一周忌は幕を開けた。

 

 

一方、マリーゴールド地区の高級住宅街の一角。

その内の一件。

如何にも貴族階級の屋敷といった豪邸の一室に、男女二人の姿があった。

女の子「先生、本当によかったんですか?」

先生(といっても彼女の二つ下の少年)に、女の子が聞いた。

彼女の名前はセーラ・ピクシス。

名門貴族アナベル・ピクシスの孫にあたる。

彼女の問いかけに、シャオシンが困った顔を見せる。

年齢こそ若いが頭が冴え、東西の学問を幅広く熟知しているため、執事が是非とも家庭教師をしてくれと頼んだのだ。

勿論、彼は快く引き受け、こうして第三日曜日にピクシス邸に足を運んでいるのである。

シャオシン「本当は行かなきゃならなかったんだけど……『仕事があるならそっちを優先した方がいい』って言うから、皆の好意に甘えさせて貰ったんだ。ちょっと悪かったかな……って、今更ながら思ってるけど」

セーラ「フフ……でも、その皆さんのおかげで今日、私のところに来れたんじゃありませんか?」

シャオシン「それもそうなんだけど……ヤング・マジョラムって人がどんな人だったのか知りたかったってのもあるし」

シャオシンがドルファンにやって来たのはイリハ会戦後だった。

ヤングに会うどころか、その頃は既に他界してしまっているので、最もな話だった。

セーラ「でしたら、皆さんに後で聞いてみたらどうですか?」

シャオシン「そうだね、じゃあ、授業を始めようか」

彼は教科書を、セーラはノートを広げた。

 

 

共同墓地では参列者がヤングの墓前に花を添え終えたところだった。

アシュレイは一人、教会の裏でパイプをくわえた。

中に乾燥させた煙草の葉を中に入れ、火を付ける。

アシュレイ「しかし、ドルファンにお主のような高潔の士がいたとはのう……」

パイプを手に持ち、口から煙を吐く。またくわえる。

正直、ドルファン王国にヤングのような騎士の中の騎士がいるとは思わなかった。

若いながらも、厳しいが人望が熱く、信頼のおける人物だった。

彼は会って間もない内に散ったが、彼の志を継ごうとしている若人がいる。

少なくとも、第一次徴募でドルファンに派遣された者たちはそうだろう。

ドルファン王国内で傭兵の引き起こす犯罪が減ってきているのも、その現れだろう。

アシュレイ「この国の傭兵たちの意識は変わりつつある。多少はお主の志を受け継ごうと思っているのかのう?しかし、最もお主の影響を受けた者は……言わずともわかっておろう?」

彼の見上げる先は、果てしない青空だった。

 

 

ヤングの墓標の前に、メッセニとクレアが立っている。

二人とも、無言である。

暗く、重い空気の中、メッセニが口を開いた。

メッセニ「……彼は、私の知っている限りでは、騎士と呼ぶに最も相応しい男でした」

ヤングは、騎士としての道を歩むためにドルファン王国へとやって来た。

その手引きをしたのがメッセニだった。

彼の才能に目を付け、ドルファンへ来ないかと誘ったのである。

ヤングのような見本が入れば、ドルファン騎士団も少しは変わってくれるだろうという期待もあった。

実際は、今も当時も変わりなく堕落したままだが、彼をここに連れて来て良かったというのが、メッセニの素直な感想だった。

クレア「そのようなお言葉をかけて頂き、夫も、喜んでいることと思います」

丁重な言葉遣いで、クレアが言う。

「夫が生きていたら、絶対そう思っていただろう」と考えている自分が今ここにいる。

 

 

ケイゴ「クレア殿。確かに、大切な人を失うのは悲しい。だが、越えられない『こと』ではない筈だ」

 

 

一年前の、ケイゴのアドバイスが脳裏を過る。

確かにそうだ。

でも、自分はこの悲しみを乗り越えきれないでいる。

その理由がどこにあるのだろうか。

考えてみるが、わからない。

わからないのだ。

そこに、ケイゴとロバートが同時にやって来た。

ケイゴはゆっくりとした足取りだったが、ロバートは急いでいたようで駆け足だった。

ロバート「メッセニ中佐、プリシラ王女がお呼びです」

ついこの間まではただの酔っぱらいだったロバートだが、大分見違えた。

ソフィアの言う以前の彼のように、立派でピシッとしている。

メッセニ「わかった。クレアさん、困ったことありましたら、私のところへ来て下さい。何かお役に立てるかも知れませんので……それでは、これで」

メッセニは名残惜しそうな様子だったが、己を律し、プリシラの待つ馬車の元へと向かっていった。

ケイゴ「クレア殿、それは?」

ケイゴは、クレアが大事に抱えているマントに目を向けた。

金の刺繍の入っており、見るからに高価なもだった。

クレア「これは、ドルファンに来たときに、メッセニ中佐から貰ったものよ。夫が大事にしていたものだったんだけど、どうしようか困ってるの」

ケイゴは、黙ってマントを見る。

ヤングの使っていたマント。

ということは、少なくともクレアはこれにヤングの面影を見ていることだろう。

彼は確信した。

やはり、彼女は夫の死を引き摺っていると。

ケイゴ「ものであろうと人であろうと、過去にすがってはいけない」

いきなり、彼の口から返事にしては酷く噛み合っていない言葉が出てきた。

そんなことは気にせず、ケイゴは言葉を紡ぎ足す。

ケイゴ「クレア殿、よく聞いて欲しい。あなたがそれをどうしようか困っているということは、まだ、ヤング殿のことについて整理がついていないということだ。そのまま過去の思い出にすがって生きていくあなたを見るのは、正直辛いものがある。それよりは、ヤング殿のことは忘れる方が、あなたのためだ」

 

忘れる。

クレアは絶句した。

それだけは嫌だった。

夫と過ごした、幸せとも言える日々を忘れることなんて……

クレア「そんなこと……そんなこと、私にはできないわ……!」

ケイゴから目を逸らし、クレアは足下の夫の墓を見る。

ケイゴ「……『クレアには、昨日より明日を見て欲しい』」

クレア「!!」

ケイゴ「ヤング殿が『俺が死んで、時間が立ってもクレアが落ち込んだままだったら、この言葉をかけてやって欲しい』と、いつか俺に話していた。彼もそうだったが、俺たち傭兵を含め、戦士は闘いを繰り返す。昨日今日と飽きずにな。いや……この場合、そうすることしか知らないのだろうな。その中で、クレア殿、あなただけでも明日を見ていて欲しいと願っていたのだろう。そこまで考えていたヤング殿の想いを、踏み躙ろうがしまいがは、あなたの勝手だ」

それだけ言ってケイゴは去ってしまった。

ロバートは、通りすぎていく彼の横顔に、怒りが浮かんでいたのを見逃さなかった。

いつまでも後ろめたい気持ちでいるクレアに、痺れをきらしたのだろう。

うつむいたままの彼女に、ロバートは声をかけた。

ロバート「私は、彼の言う通りだと思います。いつまでも昔にこだわっていては、自分のこれからのことなんて考えられません」

クレア「……」

彼女は黙ったままだ。

腰に提げていた洋刀を外し、ロバートは彼女に見せた。

クレア「これは……!」

見覚えのある鞘に柄。

間違いなかった。

ヤングの使っていた剣、裂刀『ファーウェル』だった。

ロバート「私は、この剣でケイゴ君と決闘するまでの間は、自分を首にした騎士団に対する恨みを晴らそうとして、酒に溺れる毎日でした。おかげで死んだ妻や娘には辛い思いをさせてしまいました」

ロバートは刀を元の位置に着ける。

ロバート「しかし、私は一つのことを、その決闘から……いや、ケイゴ君から教わりました。それは、過去を嘆いていても自体は何一つ変わりはしないということです。実際、借金が減るわけでもありませんでした。ですから、私はもう一度、足掻いてみようと思いました。彼には感謝しています。自分を目覚めさせてくれたし、何より、彼と出会ったことで娘が明るくなった。彼があなたにあんなことを言ったのは、あなたの夫同様、彼もあなたのことを心配してくれているのだと思います」

ロバートは真摯にクレアの瞳に目を向けている。

彼の言っていることは、正しい。

クレア(でも、できない!)

どうすれば、彼の言った通りにできるのかわからない。

ふと、彼女の脳裏に、今しがた去っていったケイゴの顔が浮かび上がる。

そこでクレアは一つのことに気づいた。

どうしてケイゴが怒ったのか。

明日に目を向けるのが怖かったからだ。

そして、勇気の一歩を踏み出せば何も問題なかったことなのに……

クレア(怖がっていたから、前に踏み出すことができなかったのね……)

クレアはマントを持って、送り火を行っている墓地の隅に足を運んだ。

送り火……それは、故人の供養のために、その人の大事にしていたものを燃やす行事である。

その豪々と燃える火の中に、マントを放り込んだ。

焼かれて灰となっていくそれを見て、クレアは何を思っているだろうか。

ロバート「ケイゴ君、本当にこれでよかったのか?」

その様子を遠くで見ていたケイゴに、ロバートが訊く。

ケイゴ「ああ。あんな顔を見ていられなかったのでな」

ケイゴは懐中時計を取り出した。

ケイゴ「これから仲間と飲みに行く約束があるので、失礼する」

 

 

共同墓地を出て、ケイゴは集合場所のシーエアー駅に向かう。

明日からは、以前のような笑顔が見られるだろうか。

ケイゴはそう思ったが、撤回した。

大丈夫だろう。

それがケイゴの出した結論だった。

これからは一人でも十分やっていけるだろう。

ケイゴ(頑張れよ、『母さん』)

自分の母親とも言うべき彼女に、心の中でエールを送った。


後書き

 

この話で、多少設定がゲーム本編と変わったことがあります。

ソフィアの家族構成で、母親は死亡、弟も居ないことになってます。

そこのところを、ご容赦下さい。

 

ところで、今度の話はどうしようかな……

ケイゴとソフィアのホンワカ暖かい話をメインに、皆の夏休みの様子を書くことにしましょう!

それでは、御免!


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