第一章「決勝前」


剣術大会準決勝戦、彼はその場にいた。

対戦相手はドルファン騎士団の中でも名うての使い手である。

「始め!」

審判が試合開始の合図を言った。

「東洋人風情が!」

開始の合図と共に騎士が切り込んでくる。余裕を見せているのか兜をかぶっていない。

長めの金髪を振りまきながら両手剣を大上段に構える。

「がらあきだな」

彼は踏み込みながら横薙ぎの一撃をいれる。

騎士は剣を天に突き上げたまま動かない。

彼は振り返らずにそのまま構えをといた。

次の瞬間騎士は倒れた。剣は本物だが刃止めをしているので裂傷は無い。

そうして彼ははじめて振り返り審判の勝者の宣告を待った。

彼の視線にわれに返った審判は慌てていった。

「勝者、ドルファン傭兵部隊所属、叢雲 蒼夜!」

次の瞬間、歓声がわきあがった。そのなかには

「破産だ!」

「ちきしょう!」

など悲鳴や罵声が聞こえる。

それもそのはず。彼が勝つとは誰も予想だにしていなかったのだから。

正当な騎士、しかもかなりの腕利きと言われた者にたかが傭兵、

それも得体の知れない東洋人が勝てるはずが無いと思われていたのだ。

しかし彼を知る者、彼を信じる者達にとっては当然の結果であった。

 

彼の名は叢雲蒼夜といった。黒い瞳に黒い髪、そして肌の色、どこから見ても東洋人とわかる姿であった。

この場で、いやこの国で東洋人は彼ただ一人にもかかわらず、臆することなくむしろ誇らしげに悠然としていた。

年のころは二十代前半、東洋人にしては背ヘ高いほうだがこの国では平均的である。

すらっとした体つきだが痩せているわけではない。

研ぎ澄まされているといったほうがあっている。

目は穏やかで先ほどの鋭い戦いを想像することはできない。

その穏やかな目で叢雲は観客席を見渡した。

何人かの知り合いが手を振る。

それに笑顔でこたえながら決勝戦の対戦相手のことを考えた。

両手剣を使うスコットランドの剣士、ウィリス・ワード。

彼は決勝まで破竹の勢いで進んできた。

叢雲は彼に興味があった。正確には彼の戦い方に。

相手を容赦なく打ちのめす。そのすさまじさは実戦さながらである。

実際に彼の対戦相手にはけが人や死亡者も出ている。

試合といえども勝負事であり名誉もかかわってくるので、白熱してやりすぎることもある。

しかし実力に明確な差があるときは多少なりとも手加減して大怪我をさせることは無い。

彼は違った。手加減は一切しなかった。

相手が負けを認めるまで攻めの手を止めることは無かった。

弱いもの、強いものかかわらずに。

その姿は剣を一度抜いた以上命をかけるべき、戦いのなかで情けは無用ともとれる。

叢雲はそんな彼の戦いに共感を覚えた。

ぬるま湯につかっていることすら気付いていない

この国の騎士の連中にはちょうどいいだろう。

すでに彼は舞台脇にきている。彼もまた叢雲が気になるのだろう。

叢雲の方を見ながら審判と何か話している。審判が大会管理者達のところへ行き

少し話してから叢雲のところへやってきた。

「次の決勝戦なのですが、ウィリス選手の提案で真剣にてとりおこないたいとの事なのですが…。

 すでに運営会の方々には許可は得ています。後はあなた次第です、どうなさいますか?」

審判はねめつけるように窺がう。

(いやな顔だ)

叢雲はそう思った。聞いた話では過去、この大会で真剣が使われたとことは無い。

大会に出場するのはほとんどが騎士である。騎士が死んではいろいろと厄介である。

だから真剣は許可しない。

しかし、この試合はどちらも外国人。さらにどちらも傭兵である。

この組み合わせならばどちらが死んでも困ることは無い。

ならば真剣の使用を禁ずる理由は無い。

むしろ生死をかけた面白いものが見れるであろう。

決勝戦を盛り上げるにはもってこいだ。

「いいだろう」

思惑はわかっているがあえて受けた。

奴と、ウィリスと本気で戦えるならばそれでもいいと思ったのだ。

ウィリスは叢雲がこの条件を受けるのがわかっていたのか、もう剣を背負っている。

「クレイモアか」

クレイモア。スコットランドの両手剣。大剣である。

「祖国の剣か…」

大会係員が預けていた叢雲の剣を持ってきた。

「ならば俺も祖国の剣をもって相手しよう!」

そういって自分の剣、刀を受け取り腰に佩く。

刃渡り二尺四寸、厚重ねの銘刀である。

鞘も鎧と同じトレードマークの青色である。

頭には鉢金を巻いている。黒髪が風になびく。

対してウィリスは鎧に色はつけていない。鉄本来の色である。

頭には赤い鉢巻、一つ目の絵が描いてある。頭は剃髪である。

「キミ、気をつけるんだよ?」

耳元でピコがささやく。妖精、とでもいえばいいのであろうか。

彼女は叢雲だけに見える。羽根の生えた手のひらサイズの少女である。

もう数年来の相棒となっている。

「負けたら殺すリストに載せちゃうからねー!」

そんな応援とも脅しともわからない声が聞こえる。

しかし叢雲は聞こえていたが聴いてはいなかった。

ウィリスが舞台に上がってくる。両者が中央に寄る。

 

そして決勝戦が始まる。


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