第五話「獅子VS疾風(後編)」


キィン!ギィン!

戦場に一際存在感を持つ、二つの武器の切りあう音が響く。ヤングとネクセラリアの戦いの状況は五分五分であった。ネクセラリアは自らの速さと槍のリーチを利用した戦い方をしていた。逆にヤングの剣というのは不利かもしれない。だが、お互いハンガリア時代からの知り合いであるからだろうか、そんな様子が戦いには全く見えなかった。もちろん、ヤングも剣の戦い方というのを分かっているからだろうが。未だ、決定的な一撃はまだ双方から出てもいなければ、決まってもいなかった。ある一定以上の腕になると戦いを左右するのは小手先の技術ではなく、相手に決める決定的な一撃である。それを決めた(それが一撃だけで終わるか、数多く決めなければならないか、それによる有利不利もあるが)方が戦いに勝つ。それが、一対一の戦いのただ一つの暗黙のルールだった。その一撃をどう決めるか、それに全神経を注ぎ、敵の集中力、体力を徐々に削いで行く。ヤングの袈裟斬りをネクセラリアが槍の中央で受け止める。ヤングの剣が連続してネクセラリアを襲った。

「は!はぁ!」

ギン!ギャリリリッ!!

「くぅ!」

ネクセラリアが劣勢に回っていた。

「やるなヤング大尉」

アレスも素直にそう評価する。

刹那、ヤングの気の変化をシュウジが感じ取る。

「…何か出るぞ」

シュウジがそう言ったと同時に、ヤングが不意に動きを見せた。鋭く剣が振り下ろされる。と同時に、振り下ろされたばかりのはずの剣が、新たな軌跡を描きネクセラリアを捉える。

「舞桜斬!」

その名の通り、乱れ舞う桜のような鋭い連続した剣撃がネクセラリアへと襲い掛かる。だが…、

「…!」

その全ての攻撃をネクセラリアは防いでいた。

「く!」

ヤングが驚愕して小さいうなり声を上げる。刹那、逆にネクセラリアの槍がヤングを襲った。

「ヤング、今度はこちらの番だ!!」

ネクセラリアが炎の様な鋭い突きを舞桜斬の如く連続で突き出していた。まさに「疾風」という名の通りの速さで、ヤング以上のスピードで彼を襲った。

「ぐは!!」

剣で受けきれない槍撃がヤングの体を切り刻み、そして突き抜けていく。ネクセラリアがもう一度動く。そして先と同じ攻撃を繰り出した。

「ヤング、これで終わりだ!」

「何!!」

ヤングを再びネクセラリアの疾風の乱舞が襲い掛かった。傷つき、それを防げる状況ではなかったヤングの体を縦横無尽に、槍が獲物を捕らえる。その一突きが、ヤングを貫く。

ブシュゥゥゥッ!!

ヤングの体から大量の血が噴出し、ネクセラリアの顔に血が彩られる。そしてネクセラリアが槍を引き抜く。と同時にヤングが蹲る。

「ぐおぉぉ…!」

ヤングのうめき声と同時に、血が吐き出され、大地を朱色にそめる。それは夕日が空を赤く染めるような綺麗なものではなく、どす黒い死の色であった。ヤングの目が焦点を失っていく。ネクセラリアがヤングに背を向けて、一瞥した。

「…ヤングよ、冥土で逢おう」

ヤングの目が、うっすらと閉じかけていく。

「ク…クレア…すまん…」

ヤングの口から、妻の名が出る。ただ彼女に悔いるように口調だった。そしてヤングの体が地へ沈むように態勢を崩し、地に伏せ行こうとしていた。それを一瞥すると、ネクセラリアは再び戦場へと叫び始めた。

「ヤングは我が槍で討ち取った!誰か仇を討つ者はいないのか?受けて立つぞ!!」

ネクセラリアは新たな敵を求めているようだった。その中をシュウジが駆け抜けてヤングの元へと走る。

「ヤング大尉!!」

「む…?」

シュウジが駆け寄るのに気づき、ネクセラリアが再びヤングの骸を見やる。そこには倒れ伏したヤングを抱え上半身を起こすシュウジの姿があった。どうやら、まだ微かに息はあるようだった。だがそれもやはり時間の問題だった。ヤングがうっすらと閉じていたまぶたを開け、光が消え失せかけているその目を自分を抱き起こしているシュウジへと向けた。

「シュウジ…か…」

ヤングが擦れた声でシュウジの名を呟く。

「ヤング…」

シュウジが真剣な眼差しでそれに答えてやる。それが死にいくものに出来るただ一つの事だった。

「思い…出したよ…お前を…」

ヤングが不意にそう言った。シュウジが真っ直ぐとヤングを見てただ何も言わずにヤングの言葉に耳を傾けていた。

「光速の…獅子だったのか…一度…だけ、見たことが、あった…まだ、ハンガリアに…いた頃に…」

「ヤング、喋るな」

シュウジは自分の通り名を口にしたヤングにそう言った。シュウジはヤングの死を早めたくはなかった。そして、助けたかった。だが、それがいかに無駄な事かはシュウジ自身もよくわかっていた。

「お前の…目が…余りにも暗かったのでな…記憶に…残っていた…」

ヤングが独白を続けていた。シュウジはもはや何も言わずにその独白に耳を傾けていた。

「あの、暗い目は…死を求めている目だ…」

シュウジは何も答えない。ただじっとその言葉を聞いているだけだった。

「死を求め…ようと…するな、お前はまだ…生きていける命を…持っている…」

ヤングのその台詞の意味が何を現すのか、シュウジ自身にはよくわかっていた。だが、心ではそれを否定していた。

「クレア…を、頼む…」

それがヤングの最後の言葉だった。それを言い終えた直後、ヤングのまぶたが急速に瞳を覆い、一瞬にして目が閉じられる。同時にその骸からは完全に力が抜け、項垂れていた。シュウジは心の中でヤングに謝っていた。

(すまない……これが、俺が自分で決めた…生き方だ)

そして、ヤングの骸を地に置き立ち上がる。シュウジと共にヤングの独白を聞いていたネクセラリアが振り返り、シュウジの背中を見つめて重い口調で口を開く。

「次の相手は、貴様か…」

ネクセラリアのその問に対し、シュウジがネクセラリアを振り返り対峙する。

「ああ、次の相手は…俺だ」

そう言ってシュウジは剣を身構える。ネクセラリアがそれを見て、微笑する。それは新たな敵を得た喜びの笑みだった。ネクセラリアも槍を構える。

「よかろう…!受けて立つ!…こちらから行くぞ!!」

ネクセラリアが槍を突き出して、シュウジを襲った。それを、難なく剣で受け止め弾く。だが次の瞬間、弾いた槍が翻して再び襲い掛かって来た。だが、シュウジは冷静にそれを受け止めた。槍と剣の拮抗する音が鳴り響く。

「ほう…、やるな貴様…!さすが、獅子と言ったところか」

ヤングが唇を釣り上げて笑みを浮かべる。だが、一瞬でその笑みを消し去り、シュウジを睨みつけた。

「かつての五騎将たちとは違うぞ!奴らは弱かったから、貴様に負けたのだ!!」

ギィン!

ネクセラリアの槍がシュウジの剣を弾く。

「ち!」

だがシュウジはすぐさま態勢を整え、再び対峙する。そこにネクセラリアの槍が乱舞の如く襲い掛かってきた。槍が右から薙ぎ払うようにシュウジに襲い掛かる。

「貴様らまとめて十三騎将だったろう!お前たち八騎将も変わらん!まとめて叩くまでだ!」

「ほざけ!奴らと俺たちは違う!お前も、ヤングと同様、死の骸に変えてやる!」

「なめるな!」

ギキィィィイン!!

シュウジがネクセラリアの槍を弾きながら、バックステップで後ろへ下がると同時に地を蹴って、天高く舞った。

ダァァン!

「何!!」

ネクセラリアは槍を構えて、目でシュウジを追う。直後、太陽を背に天高く遠ざかっていたシュウジの体が急速に大きくなる。太陽の光によってネクセラリアはまともにシュウジを見れる状態ではなくなっていた。

「く!」

ネクセラリアは左腕で目元に日陰を作ってやる。その時、既に槍のリーチなど意味がない状況になっていた。落下スピードに乗せて剣をネクセラリアへ振り下ろした。

シュザァァァァ!

「飛天相馬流…空撃閃!!」

ネクセラリアがその一撃をバックステップで辛うじて避ける。だがネクセラリアが次の行動に出るのは難しかった。次の一撃が迫っていたからである。

「ぐっ!」

振り下ろされた剣が翻され、再びネクセラリアを襲った。シュウジの剣が地を這って、空へ舞う。

「飛天相馬流…昇龍斬!!」

ガァァァァン!

バックステップが終わるかという時に次の一撃が飛んできたため、避けるのは無理と悟ったネクセラリアはとっさに槍を構えて直撃を防いだ。だが、その衝撃がネクセラリアの鎧を走り出した。ネクセラリアほどの反応の速さがあってこそ、この程度で済んだのだった。普通の兵士では、完全に体を切り裂かれていただろう。

「ぬおぉぉ!!??」

ネクセラリアが苦悶の表情を浮かべる。しかも下から突き上げる様な斬撃によってバックステップの着地が半歩遅れたため、ネクセラリアは攻撃を繰り出すための時間を失っていた。着地すると同時にネクセラリアへと襲い掛かった。だがそれを見たネクセラリアの顔から一瞬で苦悶の表情が消え去り、変わりに目を見開かれた怒りの表情が現れた。その変化を感じ取ったシュウジの顔に驚きが浮かぶ。それはネクセラリアの誇りが見せた意地だった。

「…この『疾風のネクセラリア』を、なめるなぁぁ!!!」

ネクセラリアがそう叫ぶと刹那、シュウジに疾風の如き槍の連続撃が襲い掛かった。先ほどヤングに止めを刺した攻撃だった。

「ちぃぃ!」

ネクセラリアに向っていた自分の体を翻して、剣を構えて疾風の連撃を防ぐ。だが、ヤングの時と同様、全てを防ぎ切る事は出来ずに体が傷が刻み込まれる。

(く…!駄目か…、体の傷も治りきっていないか!)

心の中でそう呟いてシュウジがくず折れる。徐々にシュウジの体を傷の後遺症が包み始める。

(…次でケリを着けなければ、やられる!!)

シュウジは確かにネクセラリアの攻撃速度の速さを評価していた。だが、自分も光速の獅子と呼ばれた、ネクセラリア同様に速さを武器とした男だ。プライドなどは持ち合せていないが、奴に負けるわけには行かなかった。そしてなにより、自分を殺せなかったヴォルフガリオに借りを返す事が出来ないと思った。シュウジが立ち上がり、剣を構える。

(奴の槍の軌跡を見抜く…!!)

シュウジの目の端が吊り上がり、こちらに向ってくるネクセラリアを見据える。

「これで終わりだ!!」

シュウジが立ち上がろうとしている時に、ネクセラリアは既に動いていた。立ち上がったシュウジに再び槍の乱舞が襲撃した。それを防ぎながら(全ては防ぎきれてはいない)、シュウジは目で槍の軌跡を追う。そして次の瞬間、シュウジの目には槍の動きがスローモーションの様に映った。シュウジのずば抜けた動体視力が、槍の軌跡を捉えたのだ。シュウジの目がカッと見開かれる。

「…捕らえた、そこだ!!!」

ネクセラリアの槍の一撃と一撃の間を縫って、シュウジが一瞬でネクセラリアの懐へ飛び込んだ。

「なっ!!??」

ネクセラリアが信じられないといった表情で目を懐にいるシュウジへと向ける。信じられない芸当だった。あの凄まじい速さで、しかも連続で繰り出される槍の攻撃を見切って、懐に飛び込むなど。それはシュウジの力量を示すには、十分なものだった。ネクセラリアが一瞬で頭を切り替え、回避に徹していれば良かったかもしれない(どっちにしろ無駄であろうが)。だが一瞬でも、自分の気をシュウジに向けた時点で勝敗は決していた。その瞬間の時間がネクセラリアに隙を作り出した。それをシュウジが見逃すはずがなかった。シュウジの持つ剣が、ネクセラリアの鎧の隙間を縫って体を貫いた。

「ぐほ……!!」

シュウジが手ごたえを感じて、一気に突き刺した剣を引き抜いた。ネクセラリアの体から血が大量に噴出し、シュウジを血で塗らす。シュウジは引き抜いた剣を一振りして、血を散らす。そして、ネクセラリアに背を向ける。目だけで彼を見やる。

「……」

ネクセラリアの顔が壮絶な痛みで歪み、体がくず折れる。槍を地に突き立て、膝を突いて立つのが…いや、一瞬でそれも終わるだろう。ネクセラリアが苦悶の表情のまま呟いた。

「ヤングよ…良い部下を…持ったな…」

そう言って、ネクセラリアの口元が笑う。

「光速の獅子よ、俺の…負けだ…」

そしてネクセラリアの体が一気に倒れ伏した。槍は支えを失い、地に転がる。そこには大量の血の海が出現していた。まるでネクセラリアの死を彩るかのように。

シュウジはそれを一瞥した後、直ぐに前を見据え再び戦場へ走った。

 

 

こうして、ドルファンとヴァルファバラハリアンの第一戦は終わった。戦いは、終始機動力で勝っていたヴァルファに勝敗が上がった。しかしプロキアの背反が気になるのか、ダナンへ後退しそれ以上ドルファンへ攻め込もうとはしなかった。そして、八騎将の一人、ネクセラリアの死はヴァルファに大きな影を、落としていた…。ドルファンは危機を辛うじて回避する事が出来たのだった。

だが、それ以外にドルファンを襲う影に、誰も気づいてはいなかった。そして、この国の興亡とともにある「歪み」にも…。


後書き

 

4話としてネクセラリア戦を上げようと思ったのですが、ちょっと長めになったので前後編にしました。

そして、これで第一章が終了です。第二章の話は一年目の後半にあたるお話になると思います。プリシラ、ライズ、ホワイトタイガーやテディーなども出てくる…はずです(?)予定ではありますが、漫画やCDドラマの話も多少変化させて織り交ぜる予定になってます。

 

最近、KOFの小説の2000が読み終わりまして…(遅い)2001に入りました。

まだ上巻ですけど。いやーKOFのラスボスっておかしいですよ。

オロチにしろイグニスにしろ…何だそりゃ!?っていう攻撃してきますからねえ。画面全体攻撃範囲って何じゃとか、何でゲージがねえんだよとか。

あ、後この戦いでは一応主人公はゲームの戦闘画面と同じ装備(あの水色の鎧を着て挑んでいるということ)をしていますが、第二章から変わります。

別にどうでもいいですけどネ。


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