第5話


 タイミングという物は存在する者なのであろうか。

 彼はそんな事を良く考えていた。

 それが"よい"というのは、行なった行動がただ、“たまたま”という偶然と重なっただけとも言えるであろう。

 つまりは“後の結果”を前に結び付けているだけなのだ。

 しかし、それを皆は求めて止まない。彼はそんな事を考える度、笑いをこぼす。

「どうかなさいましたか?」

「……いや、存在しない言葉を“口癖”にする…おかしな事だ」

「は?」

 影はただ疑問を投げかけた。

「よい。結果を知らせよ」 

「奴らの存在は今だ確認されてません。今は前と後に集中すれば良いだけです」

 影からは少ししわがれた感じの声がする。暗い部屋の中で会話。まさに密談というのはこういうものなのだろう。ガラス戸が外の月の光を反射している。そのため部屋は月明かりのみに照らされる。

「……再び“トレイサー”を…」

「はっ!」

 重みのある声が部屋の中央より響く。その主の男はすっと腰を掛けていたソファーより経ちあがりもう一人の男に背を向ける。

「例外はタイミングを狂わす。早く探し出すのだ…」

「………」

「そして、従わない時は、消せ…」

「はっ…再び2名の捜索を開始します…」

 主は男の声を止める。

「3名だ…あの男が死んだ確証はない……」

「はっ!!」

 主が再びソファーに腰を落とした時にはその男はその部屋にはいなかった。

 そして、一人じぶんの言葉に含み笑いをする。

「タイミング……世界はこの言葉によって変わってきたと言っても過言ではない」

 

 

───ドルファン王国・養成所訓練グランド───

「カイエンさんとは相性が悪い気がしますよ」

 綺麗な金髪の彼は東洋出身を思わせる男にそう言うと、剣を地面に刺し、手をプラプラとさせ“待った”を見せる。

 男は、それに反応して手にしていたブロードソードを下げ、彼は剣を鞘に収める。

 既に男がこの国に来て早二月が経とうとしていた。男・改めカイエンは同じ隊の者と訓練をしていた。ヤングの一件があり彼に興味を示す者は少なくなかった。そんな感じで特定の部隊の連中とも良くつるんで訓練などをしていた。

「なんて言うか、左同士になると僕だめなんですよ…」

「ほうほう、左同士はダメか…戦争屋でそんなこと言ってるアマちゃんがいるとはな…」

 すぐ近くの木下で腰を掛けていた長身の男が声を発した。彼はスクッと起きあがると、足元にあった自分の得物に手を掛ける。

「キースの言う通りだ。ウィル。お前には戦争屋という意味がわかっていない」

 彼らに近づいてきた大剣を持つ長髪の男が同じくにして言う。そんな彼等にウィルという青年は言い訳を言うのだが…。

「…キースさんやシグリスさんと違って僕はまだ戦争を経験した事ないんですから」

「……死ぬぜ。そんな甘い考えでは。俺がはじめて戦争に出たのはお前より4歳ぐらい下の時だったが戦場では……。いやお前が実際に感じるのが一番だろう、なにも言いまい」

 一蹴される。彼等が言うには“恐怖”という物に出会っていない彼に甘さが抜けるはずがない。

 キースと呼ばれた彼は自分の得物の槍を取り、こちらにあるいて来た。同じくシグリスと呼ばれた男もこちらに近づいてきた。

 彼等は同じ隊の“良くつるむ連中”であり、訓練時以外では陽気な連中なのである。しかし訓練時に笑ってふざけている奴は戦場で真っ先に死ぬ…という事を知っている……。

「……俺も戦場は初めてなんだが……」

 カイエンは言う。しかし2人は相手にしたようもなくつっこむ。

「お前は大丈夫だよ……。お前ほどタフな奴そうそういないぜ…」

 キースが言うと他の二人は笑いをもらす。カイエンは罰の悪そうに剣をもう一度抜く。そしてウィルに向かい剣を構える。

「とにかく、確実に相手をしとめるために技を昇華させろ…ヤング大尉の受け売りだがな」

「はい!!お願いします!!」

 ウィルが元気良く返事すると、地面に刺さった剣を抜き構える。キース、シグリスはそれを見てすこし笑みをこぼす。そして彼等も、互いに訓練を開始する。

 

 

「あいたたたた……」

「ウィル、情けないぞ。あのくらいで…」

 そこでキースは言葉を止めた。

「…カイエン、あれはやり過ぎかもしれん…」

 一同はカイエンを見る。一同に見られカイエンは顔をそらしごまかす。

 彼等4人は同じくにしてこの国にきた事から、何かとつるんでいた。

 今日の訓練を終え一同が夕食のため酒場に足を向けていた。サウスドルファン駅近くの酒場は雰囲気もあり食事もおいしい事から評判であった。

「なあ、話は変わるんだが、教養の幾何学で…」

「なんだ?わからないのか?」

 キースの言葉にカイエンが反応する。

「ああ、全くわからん。と言うか、俺には学問は無理だ…」

「ダメですよ、学問、礼法、信仰は基本以上の知識を持つことも契約の一部なんですから」

「…無駄だ、私と違ってキースは学校にはこなかったからな。それに14の時には既に戦場にいた」

「なのになんでシグリスさんは学問が得意だったんですか?」

「私は学ぶことが好きだ。12の時に学べる限りの教養は得た」

「……この勉強オタクめ…」

 そしてキースはカイエンを見て深く溜息をついた。

「くそっ!!カイエンは俺と同じ類だと思っていたのに…こいつまで勉強ができるとは……」

「………お前…さりげなく、酷い事言ってるぞ……」

 たわいのない会話をしながら彼等は酒場へと足を踏み入れた。

 夕食時ともあり、週末でもないのに酒場は少し混雑していた。そんな事から店員はせかせかと料理を運ぶのにいっぱいであった。

 彼等は4人がけの丸テーブルに腰を掛け一息つく、すると直に店員が注文を聞きにくる。

「いらっしゃいませ、ご注文をお伺い致します」

「飲み物はビール3つ、あとフルーツジュース、ステーキ2人前」

 キースが仕切って注文をする。続けて後の3人も料理を注文した。店員がすぐさま注文を厨房に持っていき、まず飲み物から先に運んでくる。

 軽くグラスを上げ、それぞれ口に運ぶ。

「がああああ!!」

 キースはただ一人、一気に飲み干し追加で同じ物を注文する。そしてまた彼が話を切り出した。

「なあ、奴等遅いとは思わないか?」

「そうだな。もう来てもおかしくないのにまだこない…」

 キースの話にシグリスが乗っていくる。

「えっ?さっき注文したばっかりですよ」

 そんな会話にウィルが水を差す。

「ばーか、戦争の話だ。ヴァルファだ。ヴァルファバラハリアン」

「ああ、欧州最強と言われる傭兵団ですね。ダナンからまだ動いていないのですか?」

 ヴァルファバラハリアン…欧州で最強と呼ばれる傭兵団。このたびプロキアがドルファン侵略の為にに雇い、戦争が始まった。これが後に伝わるドルファン・プロキア戦争である。

 このたびの戦争でドルファンは既に国境都市ダナンを侵略され、領土を侵されていた。しかしヴァルファの契約外の動きに、プロキアはヴァルファと決裂。ドルファンとの協定より双方がヴァルファを攻める結果となった。

 このため優性とされていたドルファンへの侵略も難しくなり、彼等は下手に動けなくなっていた。

「……やはり、セイルは現れるのだろうか…」

「ああ、先陣を切るのは奴の十八番だからな。きっと来る」

「……セイルって…あのセイル・ネクセラリア…疾風のネクセラリアのことですか?」

「ああ…」

 キース、シグリス共に少し顔をしかめる。キースに至っては苦笑いをしている。

「…何か、関係が…?」

「……ウィル…私達、戦争屋に過去を聞くのは………」

「まあ良いだろ、シグ。教えてやるよ。ハンガリア時代、俺達の傭兵部隊は国王軍に雇われハンガリア王国の国境防衛を行なっていた」

「その傭兵部隊には団長、そして二人の副団長がいた。一人はヤング殿、そしてもう一人はセイル・ネクセラリア。セイルはキースの槍の師匠でもある」

「……………」

 カイエンもウィルも黙って話を聞いていた。そこに先ほど追加したビールがテーブルに置かれる。それをキースはグッとのみ、話を続けた。

「いつのもように、セイルの指揮のもと国境の防衛を行なっていた。だが、ヤング殿が気付いた時には、巧みに複雑な地へと部隊が移動させられていた。そして次の時にはセイルの行方不明、革命軍の雇ったヴァルファにより王都は陥落…俺達にはなにが起こったかわからなかった」

「ただ、既にその時、セイルはヴァルファ八騎将の一人としての自分を持っていた」

 はめられた…言葉にならない単語が4人に駆ける。

「ヴァルファに…疾風のネクセラリアにそんな因縁が…」

「ああ、ヤング殿にいたっては、ライバルでもあり、友でもあった…。今回の戦いで相手がヴァルファとわかって、わざわざ生き残っていた昔の仲間を呼んだ程だ。ヤング殿と比べれば俺達なんて…」

「団長との約束を果たすつもりなのだろう…」

 一同が静まり返った時、料理が運ばれてきた。そして先陣を切ってキースが、がっつき始めるのであった。食事中は通夜の如く静かだった。

 それから抜け出そうとキースがカイエンに話を振った。

「なあ、カイエン聞きたい事があったんだが…」

「ん?」

 皆、食事を終えたところで、キースが始める。

「お前、ドルファン学園の子に手を出してるだろう!!しかもかなり可愛い子に!!」

「!!」

 思わずカイエンは飲んでいたビールを詰まらせる。思わず周りを見るとウィルはジト目に、シグリスはあきれていた。

「カイエンさん…軽蔑します」とウィル。

「……………ふう……」とシグリス

 ちょくちょく、ソフィアやハンナと散歩や買い物に行く事があったのだがまさか見られていたとは…。

「いやー。まさかドルファン学園にまでコネが広がるとは…」

 キースは短いため立っている髪をわしゃわしゃと掻き“にっ”と歯を見せる。

「は?」

「ほっとけ、カイエン。こいつの女癖といったら酷いもんだ」

 身を乗り出してくるキースにシグが冷たく言う。

 たしかに、シグリスの言う通り、彼の女癖は酷い物であった。こちらに来て早二月、既に十数名にも及んで手を出していた。

「よろしく頼むぜ、カイエン!!」

「……しるか…」

 こんな感じでキースとカイエンの押し問答が続いたのは話すまでもない。

 

 

───翌日、兵舎自室───

「最近私の出番がない……」

「は?何言ってんだ?毎日顔会わせているだろう…」

「……独り言……」

 ちょっぴりピコはご機嫌斜めであった。出番がどうのいったいなんの事であろう?!

「今日は、どうする?たまには一緒に行動するか?」

 タオルで顔を拭きピコを見る。

「うん、で今日はどんな予定?」

 ピコがひらりとカイエンの周りを飛び、肩に乗る。

「ん?ああ、今日から教養が本格的に始まる。今まで養成所の会議室だったが、これからはドルファン学園の校舎を使う」

「じゃあ、ソフィアかハンナにも会えるかもね?…でも大丈夫なの?傭兵の中には乱暴な輩とか居るでしょう」

「問題無いんじゃないか…。相変わらず教師は、ヤング大尉他ごついメンバーだ。くだらない事すれば逆に自分の身のほうが危ないぞ…」

「……なるほど」

 ピコが納得したところでカイエンは兵舎を出た。

 

「戦争が近いの?」

 兵舎を出てサウスドルファン駅に続く舗装道路を歩いているとピコからこんな話題が飛び出した。

 正直彼はどう答えていいものか迷った。正直、戦争というものが良くわからない。まだ戦争を経験した事が無い。いや記憶が無い。

 こんな時自分の過去を思い浮かべるのであるが、以前見た白昼夢などの自分からは、戦争と言う言葉はとても思いつかない。一旦こうなると“自分は何者なんだろう”という思考のループ、終わりの無いループに迷いこむ。

 そもそも腰に下げている“刀”。彼は未だに使った事が無い。昔、ハンクと共に“これ”を見定めていた時以来、抜いてさえいない。使えない、と言う事もあるのだが、大きな理由は使いたくないという事であった。以前ピコからも使うような事をいわれたが、断固として使わなかった。

 ループにはまった自分に気付き、現実に戻る。

 ピコが質問してから数秒経ってこう答えた。

「近い…のかもしれない」

「そうなんだ…やだよ。死んじゃったりしたら」

「ああ、死ぬもんか。自分が誰かわかるまでは…」

「うん…でも君が何者か、わかっても死んじゃダメだよ…」

 ピコを安心させるかのように、少し笑いながら答えた。

「ああ」

“この安らぎを与える笑みが何人もの女の子を虜にしてるのか…”ピコはそう思いながら、自覚症状の無い彼を好印象で見る数人の女性を思い出した。

「…たち悪いよ、君」

「はーーー?」

 ピコはジト目で彼を見る。彼からすればいったいなんの事やら…?

 そうこう会話をしているうちに、彼等?(ピコは他も人には姿はおろか声も聞こえない)はドルファン学園に到着した。

 マリーゴールドにあるドルファン学院とは違い、ここにはドルファン市民の7歳から18歳までの子に通う事が義務付けられている。それぞれ小等部、中等部、高等部に分けられ、6,3,3の年制度だ布かれている。傭兵達は基本的に中等部までの教養を受けている者が多い。そのため養成所で中等部までをおさらいして、今日より高等部の内容を学ぶ。

 ピコがウィルの姿を発見したので、カイエンは彼に声を掛けようとした、が、逆に声を掛けられた。

「おはようございます。カイエンさん」

 後から声を掛けられ、振り向く。その声の主はソフィアであった。正門にはまだ時間が早いのか、人はそれほど居らず、直にソフィアを発見する事ができた。

「ああ、おはよう。ソフィア」

 こちらからもソフィアに挨拶をする。

「今日からここで勉強するんですね、よろしくお願いしますね」

「こちらこそ。ここは君のほうが詳しいからね。早速なんだが、養成所の者の校舎ってどこにあるんだい?」

「ええっと、あそこの門を抜けた所に見える校舎がそうです」

“ふーーーん、なるほど、ちゃんと隔離しとくんだね”とピコ。もっともである。

「数年前、傭兵の方が問題を起こしたため、あんな風になってしまったんですよ…気を悪くしないで下さいね…」

「いや、あれで良いんだと思うよ」

 とキースを思い浮かべるカイエン。すると、ソフィアが彼の前に立ちお願いのポーズを見せる。

「あの……今度の休みなんですけど…カイエンさん非番でしたら……」

 傭兵は基本的に訓練日以外は休日か、一週間くらい騎士団に混ざり、緊急出撃部隊としてレッドゲートで待機させられる。これが給金につながる。

「あの、シアターに…!!」

 突然ソフィアの顔がはっとなり、“失礼します”と言ってササッと入っていってしまった。

 何か悪い事したか……と思っていると“それ”は突然起きた。

「僕の〜〜〜〜、愛しのソフィア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

“なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?なんだ?”

 周囲にもこの言葉がよぎっている。

「ジョアン・エリ〜〜〜タス。華麗に参上!!」

「この人自分で華麗とか言ってるよ!!」

 ピコの的確な突っ込み。思わずカイエンは大笑いする。するとつられて周りからも笑いが漏れ始める。すると、

「笑うな〜〜〜!!愚民ども!!僕を誰だと思っている!!」

 突然怒り始める。この怒り様に周りは関わらない様にとそそくさと去っていく。カイエンもまぎれていこうとしたが???

「おい!!そこの東洋人!!」

「は、はい〜〜〜!!」

 思わずびっくりして声が上がってしまう。するとつかつかとカイエンに詰め寄る。

「貴様、ソフィア…この女の子を見なかったか?」

 すると彼は小さなポケットサイズの額に入っている肖像画を見せる。

 非常にうまく描けている、ソフィアであった。

「いや……」

「そうか。なめた真似すると国外追放にしてやるからな!!」

 キッとカイエンをにらみ学園生の校舎へと入っていってしまった。

「………お前はあっちの校舎じゃないのか…」

 とカイエン。聞こえる事もなくジョアンの姿は消えていった。

「朝からすごいのに会った……」

 後からキースに話しかけられるまでカイエンとピコはその場に立ち尽くしていた。無論キースの登校は遅刻ぎりぎりだが…。

 

 兵法の授業の後、横で寝ているキースをほっといて、カイエン、シグリス、ウィルは兵法について語り合っていた。するとそんなおりに今朝のジョアンという男が現れた。

「ははははは、全く涙ぐましいな、傭兵どもは!まあせいぜい、努力して戦場で死んでくれ」

 この言葉にウィルはむっときて掴み掛かろうとしたが、シグリスの制される。

 そして笑いながらジョアンは去っていった。

「あいつは、エリータス家の者だ。奴と下手に問題起こせばあられもない罪を押し付けられて、死刑にされるかもしれん、ああいう輩は勝手に戦場で死んでいく。ほっとけ」

「まったくだ」

 ポンとウィルの肩を声の主が叩く。ヤング大尉だった。

「シグの言う通りだ、この国にはああいう輩が多い。全く腐っていく一方だ」

 独り愚痴るヤングはウィル、カイエンをよそにシグリスを呼ぶ。それにあわせ彼等は教室から出ていった。

「ヤング殿?どうしました?」

 行き様にシグリスの声が耳に入った。その時、ヤングは打って変わって真剣な表情を浮かべていた。

 そして彼等は見えなくなった。

 しかし、そのヤングの真剣な表情は“何か”を思わせていた…。

 

 

 

 戦争が近い………

 

……………死……………

 

続く…


<あとがき>

 

どうもブッシュベービーです。

本業のほうも順調に行ったため、これからはバンバンいかせて頂きます。敵はα外伝のみ…

 

是非とも、読んだ感想など頂けると嬉しいです。

次のみつナイはお気楽な雰囲気とは違ってきます。今までノホホンとした感じを出したつもりでした。次はピリピリとした感じが出ると良いなと思っています。


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