序「それが出会い……」


 彼の祖国は、<戦国>と呼ばれる百年戦争の末期にあった。

 そして彼は、その戦争の実質的な決着となるであろう合戦の場に、敗者として立っていた。

 

 鉄砲と大砲の放たれる音が戦場を支配していた。

 すでに味方は総崩れの様をなしており、すでに総大将も逃げ去っている様子だった。

 敗走に巻き込まれ、ここまで逃げてくる間に彼の配下の者たちも皆傷つき倒れ、すでに両手に余る程度になっていた。

「もはや、逃れられぬな……」

 荒い息の中、小さくつぶやいた。

 周りはすでに敵軍に囲まれており、残敵掃討に当たっている敵兵たちは、それなりの武名を誇っている彼の首を、決して見逃そうとはしないだろう。

「殿、もはやこれまでと存知まする。ここはいっそのこと敵本陣に切り込み、武篇の意地を示しましょうぞ」

 彼をここまで守ってきた近習がいった。

「そうだな」

 応えて近習をみた。ほかの者たちと同様、埃と硝煙にまみれ傷跡だらけになっていた。

 周りを見渡すと、皆自分の方を見つめていた。

「しかしこの霧では──」

 そう言いかけた時、敵兵が霧を破って現れた。

「戸沢殿ですな?首を頂戴いたす!!」

「小癪な!殿をお守りしろ!」

 たちまち、敵兵と彼の配下が切り結ぶ。敵兵の数は20余りであったが、彼の配下はここまでの疲れを感じさせない戦いぶりで瞬く間に敵兵を屠った。だが、それでも数名の者が敵刃にかかり命を落とした。

 深い霧の中だが、周りから敵兵の気配が薄らぐ。

 わずかな時間ではあるだろうが、敵兵の存在しない空間を作り出せたようだった。

 先ほど本陣に切り込もうと言った近習が近づいてきて、沈痛な面もちで彼にいった。

「殿。これでは雑兵どもの手に掛かるのも時間の問題でございます。敵本陣の位置もつかめませぬ。されど今なれば……」

 暗に自害を進める腹心を見返しながら、確かにそうするしかなさそうであることを自覚する。敵兵が近くにいない今のうちならば、配下の者たちが自分の首を敵に見つからないように埋めることもできるだろう。

「わかった。介錯を頼む」

「殿」

 涙声になる配下たちをみて、さらに告げた。

「まことにすまぬが首を隠した後は、その方たちは散り散りになって逃げよ。この霧ならば幾人かでも生き残れよう。無駄に死ぬな。弟に伝えてくれ、家を頼むと。母上もそれを望んでいよう」

 ひざまずき落涙する配下の者たち。

 彼らをみながら、自分が母にも弟にも嫌われていたことを思い出す。

 13で初陣を飾ってより2年。父が死んでから、もはやまともに彼の内心を語れる人物はこの世にはいなくなっていた。

 なんとはなく心にしこりを感じてはいたが、

 とくに思い残すこともないか……。

 そう思いを締めくくって胴鎧に手をかけたとき、周囲に閃光と轟音が発生した。

 空気をひっぱたくような音に一瞬遅れて、彼の周りで立っていた者たちが次々と骨と肉を大量の血液と共に飛び散らせた。即死した者は糸の切れた人形のように倒れる。死に切れぬ者は骨まで凍らせるような悲鳴を上げて地面に崩れ折れ、腹と口より血を吹き出しながらのたうち回る。

 瞬間的に彼をかばった近習は、胸を打ち抜かれて即死した。しかし彼自身も脇腹に被弾して、崩れ落ちる。

「首をとれ!!」

「殿!殿!」

 周囲から敵兵が集まってくる気配と、いまだ生き残っている配下の声をおぼろげな意識の中に感じながら、彼の心は悲鳴を上げていた。

 なぜ独りなのだと。父はなぜに自分を残して逝ったのか、と。

 そして、彼の意識は急速に闇の中へと落ちていった。

 そのなかでふと、彼に語りかけてくる者があった。

『だいじょうぶだよ。私がそばにいてあげる』 

 優しく語るその声を聞きながら、彼の意識は闇に沈んだ。

 

 

 目を覚ますと、板張りの天井が目に入った。

 しばらくして自分が船の中にいることを思い出した。ゆっくりとした横揺れを感じる。

 体を起こし、寝台から出て着替えを済ませた。あまり他人と関わりたくなかったので、おそろしく高価ではあったが準1等室の4人室をとっていたのだった。

 彼のほかに、同室の客はいなかった。

 朝食をとり、軽く手洗いを済ませ荷物を整えた頃、船は目的地の港に到着した。

 本船はドルファン港に到着しました──。

 そう告げる係の声を聞いていると、小さな陰が肩に乗ってきた。

「やっとドルファンについたね」

 小さな体と背中に羽をもった生き物。しかし、この瞬間よぎった思い。……私はこの生き物を知っていたか?

「おまえは誰だ?」

 声に出た彼の言葉を聞いて、妖精は怒ったように言った。

「あのね!10年来の相棒に対して『誰だ?』はないんじゃない!?」

 そうだ、彼女を私は知っている。そう、名前はピコ。10年前あの戦場で死んだと思っていた私は、気がつくと南蛮船に乗っていた。

 そのときすでに彼女は私の傍らにいた。

 なぜ、あの地から逃れられたのか。どうやって南蛮船に乗ったのかは記憶がない。

 しかし、そういったことは大した問題ではなかった。いや、本来ならば気にすべきどころではないのだろうが、『だいじょうぶだよ』といった彼女の一声で、なぜだか私はそれ以上欠落している記憶について関心を失った。

 私は彼女と祖国を離れたのだった。

 それから彼女と様々な地を巡り歩いた。彼女は、その間いろいろなことを私に教えてくれた小さき妖精。そして、私以外の者には彼女は見えない……。

「すまない、まだ寝ぼけていたようだ。ピコ」

「そう?しっかりしてよね。もう」

 いつの間にか板に付いた小声でのそんなやりとりをしていると、一人の女性が向こうから近寄ってきた。

「あの…恐れ入ります。出入国管理局の者ですが…」

 

 私の名前は戸沢盛安。南蛮…欧州式に読めばモリヤス=トザワとなる。

 スィーズランドで傭兵募集を受けて、このドルファン王国へとやってきたのだった。

 そしてこの国は望む望まざるとに関わらず、私に様々な思いを紡がせる地となる……。


<あとがき>

 

このあとがきを読まれている方々。

はじめまして、サキモリと名乗っている者です。

このたびは、みつめてナイトの2次小説『こころのちから』を読んでいただいて、誠にありがとうございます。

作文能力が稚拙ですし、構成そのものもよろしいとはいえないものでしょうが、よろしければおつきあいください。


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