あの夕日が沈むまで

著:はったろー


「外国人…排斥法!?」

私がそれを聞いたのは、3月11日のことだった。

傭兵騎士団ヴァルファバラハリアンの壊滅がこの国にもたらしたものは、

外国人の強制国外退去という議会の決定であった。

外国人を…国外退去…

それが意味するものを、私は痛いほどに理解していた。だから、城を抜け出してすぐに行った。彼のところへ。

 

私は彼に、議会の正式な裁決などを経て、3月15日付けですべての外国人が国外退去させられることを話した。

「そうか…」

「もう、私たち王族側にも止めようがないところまで来てしまっているの…。施行はほぼ間違いないわ……」

私は顔を伏せた。彼の黒い両の瞳を、今は見つめていられなかった。

「…それで、どうするの?」無意味と知りながらも、聞いてしまう。

「…王族にもどうしようもないことを、一外国人のオレには、如何ともし難いな…。

 出ていけと言われたら、出ていくしかないんだろう・・・な。」寂しそうにつぶやく彼。

理解していても、納得できない。そんな声色だ。

何故?どうして?

聖騎士並みに王国に貢献したのに、捨てられてしまうから?

住み慣れたドルファンを出て行くから?

それとも…私と離れたくないの?

そう…思っていいの?

ふと顔を上げると、彼が私をじっと見つめている。目が合った。

そらせない。それほど、真剣な目だ。

「プリシラは…」

「え?」

「プリシラは、どうするんだ?」

どういうこと?

ひょっとして、私に一緒に行こうって言ってくれてるの?

私を…この私を…?

「わ、私は…」

 

夜。

城内の私の寝室。

そこにある意味もなく広いベッドの上で、私は暗闇を眺めていた

あの時…

「わ、私は…、私は、お姫様よ。私は、ドルファンに残り、城に居続ける。

 それが私の運命。それこそどうすることもできないわ。」

「………」

「さようなら。あなたと出会えて、あなたと同じ時間を共有できて、楽しかった。」

「プリシラ…」

「やだ、そんな顔しないでよ。大丈夫。あなたルックスも中身もイイ線イッてるんだから。

 女に苦労なんかしないって。私が保証するわ!」
「あの劇……」

「え?」

「王女と新聞記者の恋物語さ。」

「ああ、審判の口がでてくるヤツよね。」

「あれって、最後は別れちゃうんだよな…二人…」

「そ、そうね…」

「………」

「………」

「さよなら、だな。」

「さよなら、ね。」

その後、私は城へと戻って、こうしてここにいる。

ひどい自己嫌悪が、私自身を襲っていた。

何故、あんな言い方をしてしまったの?

彼は、誘ってくれていた。私を。それなのに。

…彼の足手まといになりたくなかった。

違う。それは言い訳。

本当は私、恐かった。

「あなたについていきたい」そう言った時、あなたに断られるかもしれないということが。

だから、私は演じた。ものわかりのいい女を。

あなたに疎まれるくらいなら、いっそ、と思って。

そう考えると、私は、ずっと演じつづけてきた気がする。

ドルファンの王女として。

そうすれば、お父様に愛してもらえる。そう思ったから。

あの人の前でだって、演カていたのかもしれない。

脳天気な女の子を。

だから、あの人の前で自分をさらけ出すのが恐かった。

きっとあの人は、私がこんなことを考えているなんて知らないだろうから。

知ってしまえば、彼は離れていってしまうだろうから。

私はズルイ女。

私はイヤな女。

あなたを忘れられないでいる。あなたをこんなに欲している。

なのに、あなたに拒絶されるのが何より恐いから、言い出せないでいる。

私は弱い女。

両の目から熱いものが溢れ出すのを、私は押さえられなかった。

結局その晩は、碌に眠る事もできず、「つもよりやや遅く起きた。

そこで、城内の様子が普段と違う事に気が付いた。どうも騒がしい感じがする。

メイドの一人が私に気付くと、すぐさま駆け寄ってきた。

「姫様、王様がお待ちです。すぐにいらしてください!」

私が案内された会議室には、お父様のみならず、重臣達までもが列席していた。

「早速だが、これを読んでほしい。」

朝の挨拶もそこそこにお父様は、一枚の手紙を私に示した。

手紙の内容はこうだった。

”ドルファン国王へ

 3月15日正午、貴国の王女の命と、貴方の一番大切なものを頂きに参ります”

差出人の名はない。

「今朝門番へと何者かが手渡していったようです。衛兵が中をあらためました所、このような内容でして…」

重臣の一人が付け加える。

「件の誘拐事件は解決済みではなかったのか!?」

「ということは、狂言でしょうか?」

「いや、別の過激派グループの可能性も・・・」

「あるいは議会派のほうから・・・」

重臣たちが口々に推論を唱えていたが、やおらお父様が口を開いた。

「誰の差し金にせよ、プリシラが狙われているという事実にはかわりはあるまい。

 その時間は丁度叙勲式の最中であるから、プリシラをその席に列席させておくということでどうだろうか?」

その意見に異を唱えるものはいなかった。

私はあわただしく正装の準備を始めた。
 

謁見の間にて、騎士の叙勲は淡々と進んでいった。

事前に知らせたのであろうか?正午が近づくにつれ、重臣たちのみならず、騎士達の間にも緊張が高まっていった。

そして、正午。

外から、激しく争う物音が聞こえてきた。

「賊が来たのか!?」重臣が叫ぶ。

「心配はありません。幸いにも今日は叙勲式。

 これだけの数の騎士が城に詰めている以上、賊がここまで来る事もありますまい。」

もう一人の重臣が落ち着いた様子で諭す。

叙勲式は中断され、私とお父様の座っている場所を半円状に囲む形で騎士達が並び立った。

「申し上げます!賊は城門を突破!一目散にこちらに向かっております!」

伝令の報告によって、謁見の間に動揺が走った。

「馬鹿な!一体何人いるというのだ、その賊は!?」

「そ、それが、一人にございます!」

「なっ!?」

「たった一人だと!?」

「はい、信じられない事ですが。しかも、未だに死傷者は出ておりません。」

「何者なのだ、その賊は!?」

重臣たちはまさに右往左往の状態である。

騎士達も陣形こそ崩さないものの、みんな明らかに動揺している。

こんな時、あの人なら……

私は無意識に思い描いたその願望を必死に否定しようと、激しく首を振った。

と、その時、賊が転がり込んできた。

全身を黒ずくめの装束で覆い、目だけが露出している。

「曲者だ、!皆の者、かかれ!」

その叫びを皮切りに、騎士達が一斉に賊に襲い掛かる。その数は2・30を下らないであろう。

だがその賊は騎士達に目もくれず、一目散に走りぬける。

騎士達の斬撃は、賊の見事な体さばきによって、かする事すら敵わない。

勇敢にも真っ正面から挑みかかった幾人かの騎士達は、賊の剣で、あるいは蹴り技で進路を開けざるを得ない羽目になった。

そうして目指しているものは…私!?

刹那の早業で、賊は私の首筋に剣を当てた。

それを見て騎士達も動きを止める。

「叙勲式の最中に襲うと予告したら、絶対ここだろうと思っていたよ。」

賊は油断のない口調で言った。

「貴様、それが狙いで今日を指定したのか!?」

「いや、単に今日じゃないと船に間に合わんのでね。」

……え、船?

その言葉に私は、はっとした。そういえば、この声は…?

と、男は私を突き飛ばすと、剣を振り上げた。

瞬間、目が合った。黒い瞳…間違いない!

「死んでもらう。」

彼は無造作に言い放つと、剣を振り下ろした。

どうして?

そう思いながらも、私は納得していた。

これは罰。

自分かわいさに彼の心を踏みにじった、私への罰。

理由は分からない。

だけど、貴方の手にかかって死ぬのなら…

目を閉じる刹那、銀光がひらめいた。

「…………」

「…………」

「…………」

不思議な事に、私は死んでいなかった。それどころか、キズ一つ無い。

やおら彼が剣を収めた。

チン、という鍔の音とともに、2つの金属の塊が、私の足元へと落ちた。

それは、私の着けていたティアラだった。真っ二つに切り落とされている。

「さて・・・」

彼は、その顔を覆う布を外した。

その素顔を見て、固唾を飲んで見守っていた一同が驚愕の声を上げた。

「な、あの男は!」

「幾多の戦争で輝かしい戦功を収め、八騎将やあのヴォルフガリオを一騎打ちで打ち破ったという…」

「何故このような事を…?」

口々に驚きをあらわにする一同を前に、彼は不敵な笑みを浮かべた。

「皆さん、ご覧のように、たった今プリシラ・ドルファンはこの世から消えました。」

「でも私、生きて…」

思わず口走った私に、彼は空とぼけた顔を向けた。

「くどいですな。ドルファン王国第一王女プリシラ・ドルファンは、たった今死にました。

 その後にただのプリシラがいるかどうかなんてのは、別問題でしょう。」

「じゃ、じゃああなたは、私を王室から連れ出すために…」

「では国王、あなたの一番大切な者を頂いて行きます。」

そういって彼は、真っ直ぐにドルファン国王、お父様を見据えた。

お父様も同じように見返す。ややあって、お父様が口を開いた。

「娘を、よろしく頼む………」

彼は一礼すると、不意に私を担ぎ上げ、そして悠々と城を退出したのだった。

 

城を出て、つないであった馬に二人で乗り、しばらく走った。城から追手の来る様子はない。

馬上では二人とも無言であったが、やがて彼がぼそりとつぶやいた。

「そういや、はじめてデートしたときにも、二人で馬に乗ったっけ…」

「えっ!?」

彼はすぐに馬を止めてしまった。そこは、波止場であった。

「プリシラ…」

「な、何?」

自分でも、緊張するのが分かる。

「面白かったろ?」

「はぁ!?」

「騎士がわんさか詰めている城から、女の子をさらってきたんだぜ?痛快だったろ?」

「………」

心底楽しそうに語る彼。んっとに……この男は…

「あれ?反応なし?おっかしーなー、プリシラなら絶対喜んでくれると思ったのに…」

「バ……」

「ば?」

「バカアァァァァァ!!!」

「うわっ!?」

「あんなことやって、ケガでもしたらどーすんのよっ!!あれで殺されでもしてみなさいよ!

 ドルファン史上サイテーのアホよ!だいたいねえ……」

私は必死でまくしたてた。

と。

くしゃくしゃ

おもむろに彼が、私の頭をなでた。

「やっぱ、プリシラはそうでなくっちゃな」

あ……

「………」

なおも私の頭をなでつづける彼を上目遣いに睨みながら、私はたずねた。

「だ、だいたい何をするつもりなのよ、私をさらって!」

彼はおもむろに手を放すと、海へと視線を向けた。

「オレさ、プリシラには明るい女の子でいてほし「んだ。」

「あら、私はいつでも明るく陽気な女の子よ?」

「そうか?オレとはじめて会った時には、寂しそうな目、してたぜ?」

えっ…?

わかってて、くれてたんだ…私の事…

「それで、その時からずっと思ってた。この子の支えになってやらなきゃ、てな。」

「………」

「だから、君がこの国に残るって言ったとき、無理矢理連れて行くなんてできなかった。

  キミにはあんなにキミを想ってくれている父上がいるから。」

「そんな、お父様は…私が…貴重な王家の血統だから…」

「そんな風に思っているなら、キミをオレに委ねたりはしないさ。

 今だって全力で、それこそ海上封鎖ぐらいのことをしてでも、キミを連れ戻すだろうよ。

「………」

「キミの幸せを第一に考えてくれてるのさ。それに、オレ言ったろ?王の一番大切なものを頂くって。」

「そう…なのかな?」

「そうさ。」

そうだったんだ。お父様は私の事を大切に思っていてくれて…。それなのに、私は一人で勝手に悩んでて…

「でも、だったらどうして私をさらいに?」

すると、彼はバツが悪そうに頭を掻いた。

「いや、だからさ、オレはキミを守らなくちゃって、ずっと思ってた。

 そうだな、言うなればキミの保護者を演じてたのかもな。」

演……じてた?

あなたも?

「で、保護者ってえと、そう、キミの父上のような、潔い態度をとらなくちゃ、そう思ってね。

 だけど、キミが帰って、一人になって考えて、オレは気付いた。

 オレがキミに抱いていた感情は、そんなものじゃなかったって。

 オレはキミを一人の女性として愛していたって。」

「………」

「だから、いてもたってもいられなくなって、行動に移した。」

「………」

「オレは、もうごまかさない。聞いてほしい、プリシラ。」

彼は、濃い黒の瞳を、私へ移した。

今度は、私も自信を持って、見つめ返す事ができる。

すう、と一呼吸置いて、彼は続けた。

「プリシラ、キミが好きだ。キミが欲しい。キミとずっと一緒にいたい。」

「……うん。」

「オレに、ついて来てくれ。」

頬を涙が伝ってゆくのが分かった。

あの夜流したのとは、違う涙。

「ひ、ひとついっとくわよ。」

「うん?」

自分でも涙声なのが分かった。でも、これだけはいっておかなくちゃ。

大切な事なんだから。

「あのね…」

「ああ。」

「返品不可だから、ね。」

「ああ。」

彼の腕が、私をしっかりと抱きしめた。彼の温もりが、伝わる。

視界の隅から入ってくる陽の光は、夕日のそれになろうとしていた。

まだ、出航までには時間がある。もうしばらくは、こうしていたい。

そう、あの夕日が沈むまでは。

Happy End

あとがきという名のお詫び

 長ったらしい文章で本当、申し訳ありません。(陳謝)

 なんせ、プリシラ姫がもっと書けー!と要求するので…

 プリシラ「あら、皇室の歴史を編纂するというのは、とっても大切な事よ。これくらい当然よっ!」

えーと、いちおうこの話は、プリシラのエンディングシーンをいじくった形になってます

 されど、かなりいじってますし、ネタバレしないようにと気を付けましたので、

 「まだ姫とらぶらぶになってなーい!」という貴方でも安心です(笑)

 逆に、EDをみると、この話で姫がブルー入りまくりなのにも納得!かも。

 では、最後に姫に一言言っていただきましょう。

 プリシラ「コホン!えーまず私のエンディングをみてないあなた!そう、あなたよ!

      今すぐクリアしなさい!これは命令よ!

      持ってないあなたも何とか調達してくれると、ポイント高いわよ。

      そして私を幸せにしてくれたあなたも、ずっと私を見つめていてね!これも王女の命令よっ!

      ち・な・み・に、あなたに拒否権はないからねっ!」


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