カンガルーの子、3分間の旅

田中 理恵子
 

3月のポカポカ水曜日、21日から始まる当園の催しもの「ズ−オリエンテ−リング」用の写真を撮るために、園内をフラフラしていました。撮らなくてはいけない被写体は、いろんな動物たちの寝姿。お昼をまわった頃、きっと人間と同じように彼らも眠いにちがいないと思い、ロバ、ヤギ、ポニ−とまわり、コアラ舎をすぎて、カンガル−コ−ナ−へ。カンガル−コ−ナ−には、28頭のオオカンガル−が、ウォ−クスル−の放飼場に放し飼いになっています。予想通り何頭かのオオカンガル−は、芝生の上で腕まくらや肘をついて昼寝時間に入っており、何とか撮影を進めていました。ふと見ると1頭のカンガル−が袋の中に顔をつっこみ、せっせと中をなめていました。「袋に赤ちゃんがいるのかな?」最初はそう思っていました。それにしてもかなりしつこく頭をつっこんでいます。私の存在をまったく無視して。「あれ?この足のふんばり具合は、前に見覚えがある。」4年前、オオカンガル−を担当していた頃、同僚と一緒に

偶然出産を目撃したことがありました。その時、おかあさんカンガル−の立っている足の幅が通常よりも広く、不自然だったのを思い出しました。「もしかして、これから生まれるのかもしれない。だとしたら、決定的シャッタ−チャンス!」こうなったら寝姿の撮影は後回しです。そ−っと寝そべって、いつ生まれてもいいようにカメラを低く構えていました。するとカンガル−は腰まわりに少し力を入れてりきみ、羊水らしきものが陰部からピシャッ。そのあとスグ、まるでつやつやのピンクマウスのようなのう児がはいだしてきたのです。母親は、のう児をみているのかほとんど首を下げたままです。のう児は、体全体を右に左にわん曲させながら、上に向かってみるみるのぼっていきます。あっという間の出来事で3分ほどで終わってしまいましたが、小指の先ほどしかないちっちゃなピンクの物体の、あまりにも強い意志をもった行動にしばらく感動してしまいました。
 一般的にいわれている出産の状態は、「座った姿勢でシッポを前にだし、母親はのう児のはいあがるル−トをなめて道をつくる。」といわれていますが、目撃した2回とも立ったままで、なめもしませんでした。これが一般的なのか、この個体だけなのかわかりませんが、写真におさめることが出来たのは、かなり幸運でした。
動物園に行って、足をふんばって一生懸命袋に頭をつっこんでいるカンガル−がいたら、要注意。もしかしたらあなたも、出産シ−ンにめぐりあえるかもしれません。



東京動物園協会発行「どうぶつと動物園」1998年6月号より