PINO・初日 感想
2000.03.19 (日) 品川きゅりあん 14:30〜17:10
山本くんの初舞台・初主演・初ミュージカルの「PINO」 不安と期待が入り混じって初日を迎えた。
歌と踊りについては、楽しみでこそあれ不安は何も感じなかったが、初舞台がロボット役でそのロボットを演じきれるかが最大の不安の因だった。
舞台は、PINOの銅像が建つ広場で、その銅像の由来を語る老人たちの回想として始まる。
一転、少年ピエール10歳の誕生日。1シーンだけの山本くんが人間を演じるシーン。それが10歳の少年ピエール。膝丈の半ズボンにハイソックス。白のブラウスにボウタイ。可愛い。(*^^*)
確かに少年。少年に見えるけれど、さすがに”10歳”は……。10歳だとまだまだ身体ができていない年頃だけど、さすがに山本くんの身体はできてるので、その面で10歳はつらいかもしれない。
10歳は無理でも充分10代の少年としては通じるところであり、感覚的に言うなら、”年齢不詳”か。”いくつ”と言われると、そうなのかもしれないとその年齢で納得してしまう感じがする。
虫を愛し、自然を愛する、心優しき少年ピエール。彼を心から愛する悲しいまでに優しい母と、科学者としての自分に絶対の自信を持ち、その自分と同じ道を息子に歩ませることが正しい事と信じる父。そこで悲劇が起こり、ピエールは10歳の誕生日に交通事故死。
息子の死を現実として受入れない母。悲しみ悔いる父は息子とそっくりのロボットを作る。それがピノ。
ロボットを戦争の具にしようとする見るからに悪役の登場により、この世に創造されたばかりのピノの流転が始まる。
父(?でいいのかな?)の元からかろうじて逃がされたピノは典型的な小悪党な兄妹に拾われ利用されサーカスの道化に。
そこから助け出され、お役所の偉いさん宅に預けられ、人と共に生活することを学ぶピノ。最初はもちろん失敗だらけで家族からは邪魔物扱い。追い出されそうになるのを心優しき末娘ナーナの愛の手で救われ、徐々に人間の心を理解していく。そして音楽をきっかけにそれまでのロボットの無表情の表情から、表情のある表情へと変化を遂げる。
心の行き違いから偉いさん宅から出奔したピノはピエールの母の死に遭遇し、人の死の悼みを理解する。
そして戦争勃発。ピノは叫ぶ。「僕を生み出した人間(ひと)がどうして、人間(ひと)同士で殺しあうの?」 このセリフは人間にとって重たい命題を突きつけるもの。私は舞台に向かってこう心の中で答えた。「それは人間(ひと)だから。純粋に真理を探究するのも、純粋さ故に狂気に走りうるのも、人間(ひと)が人間(ひと)であるが故だから。」 答えになっていない答え。でも今の私はそれ以外の言葉を持たない。
この戦争を通じて、自らの愚かさを悟り改心する小悪党兄妹。家族が揃い、思いやることの大切さを改めて感じあうピノを引き取った偉いさん一家。
そして時代(とき)は流れ……、一家は戦争孤児たちを家に引き取って育てるナーナとピノとナーナの家の執事とメイドとなった小悪党兄妹をのぞき、一家は天に召され、年老いたナーナも身体が不自由な身となっていたが、ピノだけは初めてナーナの家に来たときと同じ少年のままだった。ピノに看取られ生涯を閉じるナーナ。
名誉市民のメダルを授与された晴れの日。ピノはクルマに引かれそうな子を助けるために自らの身体を傷める。そして修理されることを拒みその機能を停止する。ピノは語る。人間(ひと)は限りある生を力いっぱい生きるからこそ素晴らしいのだと。死のない自分は死のある人間がうらやましいのだと。
それから、また月日は経ち、銅像となったピノの由来を知る市民もいなくなったことを憂え、その由来を語る老人たちこそ、年老いた小悪党兄妹だった。
しっかりばっきり、究極のネタバレをしてしまったけれど、それもこれも、このストーリーの流れなくしてはピノが語れないから。
最初は、ピエールの身代わりの人型ロボットとして生み出され、姿形こそ人型だが、ただ人の命令を受けて命令通りに実行するだけの、感情を持たない”機械”であったはずのピノが、人々との心の接触を重ねるうちに、人の感情を理解し、いつか自身が感情を持つに至る、その過程こそが大切ではないかと思うから。
ロボットの演技もこちらの心配は全くの杞憂で、正直言っていい意味で裏切られた芝居を魅せてくれた。人間ではないロボットの動きも、細かいところまで気配りされて演じられていた。ごくごくたま〜に演技がロボットにしても柔らかく人に近くなっていたのはご愛敬。それをいちいちあげつらうのは愚の骨頂だろう。
ピノがロボットとして感情を持たないうちは、ピノの表情は当たり前といえば当たり前な無表情。これは可笑しいとか、悲しいとかの感情がないのだから、その表情が変化しなくて当然のこと。それが、ナーナに音楽を教えられたときから、顔に表情が生まれ始める。
それと同時にそれまでのロボットとしての固体の動きから、スムーズな曲線の動きにと少しづつ、心が感情が芽生え、成長する過程に併せるかのように、心の動きに伴って身体の動きも変化していった。
それをしっかり身体と顔とで表現していたのではないだろうか。
ミュージカルにつきものの歌。最初に山本くんが歌い出したときにはそれまでの歌手としての山本くんの声の出し方と違うことに驚いた。これがミュージカルプレイヤーとしての歌なのか。
踊りは、もっともっとすっごく踊ると思っていたのが、ロボット役であるがために、踊りまくるというところまで行かずに少々残念。もっと汗が飛び散るほどに踊ってほしかったが、それは役柄からいって無理な願いだったかな。(苦笑)
ただひとつ言うなら、ボイストレーニングを積んでもっともっと声量をつけてほしいということだろうか。トレーニング次第、経験次第で、顕著に結果が表れるであろうものだろうから、この点を留意点として、着実に力を伸ばしていってくれたら何も言う事はない。
この芝居、生のオーケストラが入っていたのだ!S席\3800で、生オケ付には驚天動地の感動ものだった。!(^^)!
ファミリーミュージカルゆえに、判り易さを旨としたストーリー展開と人物設定。けれどそこには人間の根底にあるものを問うものがあった。
ピノの叫びに、登場人物の心に、素直に泣けた。涙することのできるピュアな部分があることが嬉しい。
当日券が発売されているし、夏には地方公演も予定されているようなので、涙をぬぐってもファンデーションで染みにならない濃い目の色のハンカチを持って、この作品を見てはいかがだろうか。
山本くんは、この舞台で確かにひとつの新しい扉を開けた。少なくとも私はそう確信している。それを1人でも多くの方にが観てくれたらと切に願うのみ。