ララバイまたは百年の子守唄〜ハッシャ・バイより〜

2000.02.18 (金) 紀伊國屋サザンシアター (19:00〜21:00)


 「ララバイまたは百年の子守唄」
 私にとってもこの芝居の3回目にして最後の観劇は2月18日だった。千秋楽を翌日に控えたこの日、仕事帰りに劇場に足を向けた私が劇場のトイレへ向かうと、反対側からTOKIOの山口くんが歩いてくる偶然に巡りあった。握手会等をのぞいて、芸能人とこれほどまでに近づいたのは生まれて始めてであり、すれ違った場所が、私がトイレに行こうとしていたことからすると至極当たり前な、女性トイレの前だったことも手伝い、忘れ得ない出来事となった。

 ここ最近の観劇パターンとして、初日近くの土日休日に1回、千秋楽近くの土日休日に1回の計2回が定着していたが、今回の「ララバイ……」は敦啓くんの初舞台などの様々な思惑が重なっての3回の観劇となった。
 最初に舞台の全体像を押さえ、2回目で把握するのが通常の観劇ペースになっていたので、今回もそのつもりでいたのだけれど、とうとう今回の芝居だけは最後まで、(?_?)???な部分が残ってしまった。
 それは舞台展開上は気にしなくてもよい、私だけの拘りなのかもしれない。いや、もしかしたら、結論がでているのかもしれないのに、私がその結末の付け方に気づいていないだけなのかもしれない。
 そうは思うが、どうしてもマザーランド、母のいない国、etcの”母”をキーワードとする事柄への結末に釈然としないものを感じている。このキーワードへの結末はそもそもあったのか?ここでメビウスの輪に迷い込む。
 芝居を見ながら、途中でその芝居の言わんとすることを理解しようとするのを放棄した初めての作品となった。どのように理解しようとそれは見る側個々の見方・感じ方であり、正解があるわけではないのだろう。それでも、自分なりの理解を試みていると、頭で理解しようとする癖のある私は、言葉のひとつ、伏線のひとつに拘って、そこでがんじがらめになってしまい、身動きが取れなくなってしまったのだ。
 そこで理解を放棄し、楽しむことだけを主眼に切り替えた。これは演出家・鴻上氏からしたら邪道な観客だろう。理解力の不足か想像力の欠如か、どちらにしろ申し訳のない観客であったろう。しかし、そうとしかなり得なかったのだ。
 ?な部分は残るとしても、それにさえ固執しなければ見ていて楽しい芝居であった。

 個々の役者さんについての感想をつらつらと述べさせていただく。

 まず筧さん。筧さんが出演されているテレビドラマなどを、じっくり拝見したことがないので、今回、ほとんどはじめまして状態で何の先入観もなく芝居を見せていただいが。第一印象は芝居とは関係ないが、”すっごい汗っかき”。あの溢れ出る汗はどこからくるのだろうか。
 シリアスなシーンもコメディタッチなシーンも無難にこなしてらした。思いっきりどちらかのシーンだけの芝居も見てみたい役者さん。

 石田さんは、う〜ん、もう少し滑舌と発声を舞台に上がる前に勉強された方がより芝居を芝居として魅せることができただろう。長ゼリフが結構あったが、長ゼリフをしゃべりきることに精一杯でセリフに振り回されていた感があった。

 佐藤正宏さんは、ついつい登場していると、敦啓くんではなく正宏さんに目がいってしまう……特にコメディたっちの笑わせる芝居のところでは……存在感ある舞台で生える役者さん。いい味を出して、舞台を盛り上げるスパイスになっていた。

 若手3人……男優さん1人、女優さん2人……、きっと若手の有望株なのだろう。そう推測するに十分な演技を見せてくれた。発声、滑舌、声の通り、文句なし。きびきびとした演技と、役になりきる、もしくは、のめり込んでいる姿はいっそ気持ちがよかった。

 最後に敦啓くん。劇団員の平井純と劇中劇「ハッシャバイ」の役であるモリヤマユキオと2つのそれぞれについて、全く異なる感想になった。
 純くんは、石田さん扮する女座長にあこがれる熱血純情ボーイ。言ってみればごく普通の青年。そのセリフ回し、演技は初舞台ということもあり、日々これ進歩のようなので、これからの成長が楽しみだ。
 モリヤマユキオは、これはもうまさに敦啓くんが演じるためにあるような、ピッタリの役であり、その妖しげなムードと言い、台詞回し、視線の落とし方、歩き方、どれを取ってもなりきっていた。モリヤマくんに関しては及第点どころか、満点を差し上げても悔いはない。
 トータルとしては及第点の出来だろう。

 敦啓くんのそれぞれのシーンについての感想は、初日の感想で煩悩とともに吐露しているので、今回は省略させていただく。
 初舞台。そこで様々なものを体験しただろう。楽しい事、ツライ事、好評、酷評、etc。
 それらを、それぞれ吟味して、それぞれからこれから伸びていくために必要だと思われるものを自ら取捨選択して、己の糧とし、成長し、より大きくなって次の舞台に立ってほしいと願ってやまない。