静岡編


豊橋  1998年07月05日(日)
【二川陣屋】(ふたかわじんや)

 豊橋から東海道線の上り(浜松・静岡方面)で1駅約6分の二川駅から徒歩15分……のはずだが、さんざん歩いた挙げ句に辿り着けず一度振出し(二川駅)に戻ったので30分以上かかってしまった。(^^;) 駅員さんに道を聞いてからの再チャレンジではちゃんと15分くらいでつけた。暑い中をうろうろしないで最初から素直に聞いてから出発すればよかった。反省。

 江戸時代の東海道の二川宿の本陣を公開している。本陣とは大名とか高級武士・公卿が旅をするときに使用した宿屋さんのこと。二川は豊橋に近い関係で宿泊施設として利用されるよりも休憩や昼食に利用されることが多かったそうだが、それなりの格式の作りにはなっているようだ。本陣を見るのは今回が初めてなので他との比較ができないのでその辺はよく判らない。
 物好きは私くらいかと思っていたら、30分くらいの見学中に他に10人程の見学者があったので少々驚いた。
 本陣そのものの公開と、江戸時代の旅の資料館があり、なかなか興味深く見学が出来た。東京から京都へ歩いて旅するなんて昔の人はすごいと感心。私は二川陣屋を探し当てる45分でまいってしまった。(^^;)

静岡  1998年07月06日(月)
【臨済寺】

 徳川家康が元服前の竹千代と名乗っていた少年(幼年?)時代に学問に通っていたお寺。当時ここにお住まいの雪斎という方に薫陶を受けて成長した、家康くんにとっては想い出の地、のはず。ここでの数多の経験が後々の天下取りの下地となったであろうと推測される。
 現在は一般拝観は停止しており、山門から中をのぞいたのみで帰途につく。静岡駅から循環バスで20分ほど。循環バスは内回り・外回り(とは言ってなかったが)の2系統あり、そのどちらに乗ってもかかる時間はほぼ同じ。(とバスの運転手さんに教えてもらった。)


【静岡浅間神社】

 静岡県内の浅間神社の総社(元締め=本社ってこと)。家康くんが幼少時代を静岡で過ごし、参詣にも訪れたといわれる関係から江戸幕府に厚く保護され、幕末頃火災で焼失した後、豪華絢爛名神社建築で再建されている。同じ神社建築で江戸時代初期に造営された日光東照宮と比較すると、建築様式の違いなどがあり面白いのだそうだ。
 最近といっても10年ほど前になるならしいが、修復作業が行われたために色彩が建築当初の極彩色に蘇り実に美々しい。本当に手間と暇とお金をかけて幕府の威信の元に作った感じがする。

 境内の散策は自由。特別拝観のみ500円。特別拝観だと普通は立ち入りできない所を見学できるのだろうし、京都などで社寺を拝観するときは500円前後かかるので取りたてて特別なこととも考えずに、社務所の巫女姿の女性に特別拝観を申し込む。すると巫女さんに30分程時間がかかるがそれでよいかと尋ねられた。おかしなことを聞くものだと首をかしげつつ、1周する時間的余裕があるかどうか確認しているのかと思い、うなずくと、「では、神職が参りますので少々お待ち下さい。」な、なんですってぇ!!! 驚きのあまり茫然と立ちすくむ。つまり、神職=神主さんがガイドしてご説明してくださるのだ。しかも私1人に神職お1人のマンツーマン。(絶句)
 神職にご案内していただき静岡浅間神社の由来や歴史を伺いながら、建物をまわる。とてもよく判ってありがたいのだが、反面、お話を一言一句もらさずに伺っていないと失礼にあたるのではないかと常に緊張して聞いていたので息が抜けずに困った。(^^;)
 それにしても、観光客1人に神職お1人がガイドに当たってくださるとは、なんというか………なんというかである。
 私の質問にも快くお答えくださった神職さんに感謝している。暑い中ありがとうございました。m(_ _)m


【駿府公園】

 駿府城=徳川家康が将軍職を2代将軍秀忠に譲った後、この地で死亡するまでの10年間を過ごした城……の城址に作られた公園。現在は静岡市民の憩いの場となっている。……らしい。静岡県庁のすぐ近くにある。

 櫓が復元されていたり、城址の発掘が行われていたりする。公園内には隠居後の家康くんの鷹狩を楽しむ銅像があったりするので、臨済寺の幼少時代の家康くんと考え合わせる対比が面白い。