1901年、広島の太田川のほとりの農家の長男として生まれる。 田中頼璋、後に川端龍子らから日本画を学ぶ。 青龍展などに意欲的に出品を続けながら水墨画に抽象的表現を持ち込み、独自の画風を打ち立てる。 戦争前後は戦争に批判的なグループ、美術文化協会、前衛美術会などで日本画の旗手として活躍する。 戦後は現代日本美術展、日本国際美術展などに雄大で繊細な水墨画の発表を続け、从展に毎年、俊との共同制作を出品。 1995年10月19日午前11時15分自宅にて、94歳の生涯を終える。
1912年、北海道雨龍郡の寺の長女、赤松俊として生まれる。 女子美術専門学校で洋画を学び、二科展に出品する。 戦前はモスクワ、ミクロネシアに長期滞在し、スケッチ多数を描く。 1941年に位里と結婚し、美術文化展、前衛美術展、さらに女流画家協会展に精力的に出品を続ける。 数多くの絵本を手がけ、「日本の伝説」でゴールデンアプル賞、「おしらさま」「つつじのむすめ」「ひろしまのピカ」など民話、創作、記録のあらゆる分野の絵本で数々の賞を受ける。 2000年1月13日、敗血症による多臓器不全のため永眠。87歳。