関連館外展

7/1〜8/13  丸木スマ展「おばあちゃん画家の夢」
一宮市三岸節子記念美術館
丸木スマ作品62点を展示

8/26〜11/5 「生命の美の物語 LIFE−楽園を求めて」
富山県美術館
原爆の図《救出》を展示。

※詳細は各地にお問い合わせください。



これまでの企画展

1999〜昨年までの企画展の案内はこちらのページをご覧ください。


2017年4月22日(土)〜7月17日(月・祝) 開館50周年特別展示 本橋成一写真展
「ふたりの画家 丸木位里・丸木俊の世界」



 炭鉱やサーカス、上野駅、築地魚河岸など市井の人々の営みを撮り続けていた写真家の本橋成一(1940〜)は、1980年代なかばに丸木美術館へ通い、二人の画家の共同制作の現場や生き生きとした暮らしの風景を撮り続けました。 丸木美術館開館から半世紀が過ぎてもなお、《原爆の図》の力強い表現は力を失わず、その鋭い問題意識は、今も続く「核の時代」に想像力を拡散させます。その哲学の根源にある丸木夫妻の生命の営み、そして丸木美術館という場の意味を、本橋の写真によって見つめ直し、未来に向けての礎にしていきたいと考えています。

【詳細ページ】  本橋成一写真展 ふたりの画家

2017年7月22日(土)〜9月2日(土) ジミー・ツトム・ミリキタニ展
路上の画家が見た世界―9.11、日系人強制収容所、原爆―



1920年にアメリカで生まれたジミー・ツトム・ミリキタニは、母の故郷・広島で育ち、日米開戦前の1938年にアメリカへ戻りました。その後、1942年から約4年間「敵性外国人」としてカリフォルニア州ツールレイクなどの日系人強制収容所に拘留。戦後、料理人などの職を経て、晩年はニューヨークの路上で暮らしながら、猫や花の絵を描きました。しかし、2001年9月11日に「同時多発テロ」が起き、アメリカ国内でアラブ系の人たちへの風当たりが強くなると、70年近く前の記憶がよみがえり、強制収容所の絵を描きます。また、広島の産業奨励館(原爆ドーム)が炎に包まれる絵を描き、道行く人が目を止めると、待ち構えたように原爆の話をしたそうです。
「グローバリズム」のもとに弱者を切り捨て、「ナショナリズム」のもとに他者を排斥する荒んだ現代社会の中で、異国の路上に生きた彼の身体的思考が、私たちに何を伝えるのか。ぜひこの夏、多くの方に体感して頂きたいと思います。


【詳細ページ】 ジミー・ツトム・ミリキタニ展


2017年9月9日(土)〜11月18日(土) 丸木スマ展



丸木スマは、1875年に広島県伴村(現・広島市安佐南区)に生まれました。結婚後は飯室村(現・広島市安佐北区)で船宿業と農業に従事しながら、画家となった位里をはじめ4人の子どもを育て、働き詰めの毎日を送りました。その後、「年をとってなにもすることがなくなった」とこぼしていると位里・俊夫妻に絵を描くことを勧められ、1948年頃から絵筆をとるようになります。1951年には俊が出品していた女流画家協会展で初入選を果たしますが、その際、創立会員の三岸節子がスマの作品を高く評価したと言われています。
 美術教育を受けることもなく「おばあちゃん画家」と呼ばれたスマの絵は、遠近法や透視図法などとは無縁で、身近な動物や魚、四季の花々等を題材に配色や構図に独自の工夫がなされています。晩年になって花開いた、色鮮やかで自由奔放な世界をお楽しみください。

【詳細ページ】 丸木スマ展 おばあちゃん画家の夢

■同時開催 アートスペース特別展示 富丘太美子展 鋳物工場


埼玉県川口市の富丘太美子さんは、小学校教諭を退職後、油彩画を描きはじめました。しかし、やはり小学校教諭を退職後に鋳物工場を描いていた夫の三郎さんが1992年に急逝。夫の描いていた工場を探し当て、キューポラの輝きに魅せられて、15年以上も鋳物工場や鋳物師を丹念に描き続けています。
今回は、100号を超える大作を中心に、11点の油彩画を紹介します。
富丘さんの絵画を観ると、どんなに時代が変わっても、労働の記録には色褪せない魅力があるのだと、再確認させられます。ぜひ丸木スマ展とあわせて、ご覧ください。


2017年11月23日(土)〜2018年1月13日(土) 今日の反核反戦展2017

実行委員形式で開催される自由参加の「反核反戦展」。今日の問題意識が多数の表現者によって浮かび上がる。

2018年2月3日(土)〜3月4日(日) 石川真生展「大琉球写真絵巻」

沖縄の抵抗の歴史を再現し、絵巻として撮り続ける写真家・石川真生の写真展。

2018年3月10日(土)〜4月21日(土) 横湯久美展

祖母の生と死を静謐な写真と言葉で表現する現代美術展。