周辺施設の紹介

八怪堂

位里さんも一緒になって建てた舞台兼休憩所。
名前の由来は中国の「揚州八怪=揚州の優れた文人画家たち」にちなんで「藝州八怪=広島の……」としたことからです。


流々庵

丸木夫妻が晩年にアトリエとして使った移築建造物。
来館者のための休憩室として開放されています。


宋銭堂と痛恨の碑

1972年12月の水道敷設工事の時に美術館敷地内から出土した5万枚の宋銭(開元通宝、景炎通宝)を供養するため、1979年に建立。
手前には丸木位里の書による丸木スマの言葉「ピカは人が落とさにゃ落ちてこん」の石碑が建てられています。
向かって右側に立つのは「痛恨の碑」。1923年の関東大震災の後、朝鮮人が虐殺された事件を悼み、1986年に建立されました。
《沖縄戦の図》取材のおりに知った、日本軍に虐殺された久米島住民と朝鮮人の名前が刻まれた「痛恨の碑」にならったものです。

2階の展示室

丸木美術館外観

美術館の受付を入って左側の階段(赤矢印)を上がり、2階からが順路です。
上がってすぐの小さな展示室アートスペースでは位里・スマ・俊の作品を展示するほか、 企画展と連動した特別展示も行います。
また貸し画廊としてお使いいただくこともできます(詳細はこちら)
原爆の図展示室1では年間を通して原爆の図を展示しています。

1階の展示室

新館ホール

青矢印の階段を下りて、手前の部屋から順路が続きます。
原爆の図展示室2、3は原爆の図常設の部屋ですが、企画展が拡大されることもあります。 冬季の原爆の図休養期間には位里・スマ・俊の作品を展示します。
展示室4、5は企画展や、位里・スマ・俊の作品を展示します。
企画展示室は年4回程度の企画展に使用されます。
1階の一番奥にある新館ホールには《アウシュビッツの図》、《南京大虐殺の図》、《水俣の図》、 《水俣・原発・三里塚》という4点の丸木夫妻共同制作が常設展示されています(右写真)。
いずれも原爆の図よりも大きな迫力ある作品群です。

館内の休憩施設など

小高文庫

2階アートスペースの南側に休憩室があります。見晴らしのよいベランダからは都幾川、比企丘陵、秩父連山が見え、 晴れた日の眺めはすばらしいです。
1階展示室4からは休憩室兼図書室として開放している小高文庫に上がれます (緑矢印)。窓からは桜の枝越しに都幾川の自然が眺められます。
武州松山本陣小高家(現在の埼玉県東松山市本町)の書庫で、1970年に地元の有志が丸木夫妻との交友の証として寄贈したものです。
丸木夫妻はこの和室をアトリエ兼書斎として長く愛用していました。
小高文庫のページでは、ボランティアの方が整理してくれた蔵書(原爆関連)の リストを公開していますので、ぜひご覧下さい。
1階奥の新館ロビーには、交流のある施設の資料や署名用紙が置かれています。講演会や上映会の会場にもなります。
壁には歴代の丸木美術館企画展のチラシが展示してあります。また、地元の松山女子校から寄贈された広島県産業奨励会館(原爆ドーム)の 復元模型もご覧いただけます。

ロビーでの物品販売

出入口のロビーでは丸木夫妻の著作、絵本や美術館の制作した図録、物品を販売しています。
通販もお受けいたしますので、ショップページをご覧ください。