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主な新聞記事等

「原爆の図」虫食いに泣く 丸木美術館、新館建設へ寄付募る
 ―2017年4月16日付『朝日新聞』朝刊


Famed Saitama art gallery kicks of fundraising campaign to preserve Hiroshima Panels
 ―Apr 30, 2017 The Japan Times

『論』 原爆の図丸木美術館50年 他者の痛みを知るために
 
―2017年5月4日付『中國新聞』朝刊


「原爆の図保存基金」へのご協力のお願い


《原爆の図》は、近年、ますます歴史的・社会的意味が大きくなり、国内外で高く評価されつつあります。将来的には、人類普遍の財産として、重要文化財や世界遺産に選ばれる可能性もあるでしょう。
一方、丸木美術館は、建物の老朽化や、展示室・収蔵庫の温湿度管理および紫外線・虫害・塵埃対策の未整備などの問題に直面し、絵画には深刻な被害が表れています。
そこで、2017年5月の開館50周年を期に、「原爆の図保存基金」を立ち上げました。


作品管理のできる新館建設

 基金の目的のひとつは、《原爆の図》保存展示のための新館建設です。美術館の東側敷地内に、作品管理の可能な100㎡程度の展示室や地下収蔵庫を備えた建物を建設します。新館完成後は、《原爆の図》を、年4回程度の展示替えをしながら順次公開。現在の展示室では、《原爆の図》14点の原寸大複製を作成し、常設展示を続けます。


アーカイブの整理

 もうひとつは、アーカイブの整備です。現在も、丸木夫妻関係資料の保存収集を行っていますが、一般に公開できるだけの整理やデジタル化の作業はできていません。こうした資料は、作品理解を深めるために必要です。将来的にはインターネット・アーカイブの確立、ウェブサイトの多言語化・海外発信の充実を目ざします。


未来に歴史をつなぐために

 基金の目標金額は5億円です。丸木美術館にとって例のない大規模な募金活動となります。この美術館は、行政や企業の支援に頼ることなく、市民の力に支えられてきました。これからも《原爆の図》を中心に、自由で自立した活動のできる美術館として、歴史をつないでいきたいと願っています。
 
 どうぞ、お力をお貸しください。
 公益財団法人原爆の図丸木美術館


・寄付金額は任意ですが、1万円以上寄付された方には記念誌をお送りします。
・10万円以上寄付された方のお名前は、新館に掲示いたします(希望制)。
・寄付は税額控除の対象となります。遺贈・相続財産のご寄付も受け付けています。
・お問い合わせは、原爆の図丸木美術館(0493-22-3266)まで。
・基金についての経過報告は、丸木美術館Webサイトまたはfacebook「原爆の図 丸木美術館」のタイムラインで適時行っています。


【郵便振替口座】
口座名称:原爆の図保存基金
口座番号記号:00260‐6‐138290

【他金融機関からのお振込の場合】
口座名称:原爆の図保存基金
店名(店番):〇二九(ゼロニキユウ)店(029) 当座預金 口座番号:0138290


応援メッセージ (50音順)





会田 誠
 美術家


《原爆の図》は仮にそのイデオロギーを抜きにして、純粋に絵画として見ても、戦後日本美術の代表作であるだけでなく、特異点だと思います。あの時代、あそこまではっきりと国際社会に向けてアピールしようとした絵画作品は他になかったのではないでしょうか。あのサイズの巨大さと、連作を続ける執念からは、人類的使命感と個人的野心が渾然一体となった、アーチストとしての最良のエゴを感じます。また丸木夫妻(特に位里?)が、近代に作られた「日本画」というジャンルに属しながら、その花鳥風月的枠組みから大きくはみ出して行った点も興味深いです。


新井 卓 写真家

原爆に関する情報がGHQの検閲下にあった時代、丸木位里・俊は、みずから《原爆の図》を背負い、全国を行脚して広島の現実を伝えようとしたという。芸術とはなぜ、誰のために存在するのか──《原爆の図》は、わたしたちにそう問いつづけて止まない。美醜を超越した比類ない表現のみならず、日本の現代芸術の源流として、この作品を守り、世代を超えて引き継いでゆく責任が、わたしたちにはある。


安藤 榮作 彫刻家

我欲やエゴや策略が渦巻くこの世界にあって、愛が結晶化したものってそうそうない。《原爆の図》はまさしくその結晶だ。この大作の前に立つ者は、怒りや悲しみ、憤りや嘆きの嵐に翻弄され、そしてふと自分の内側深くに無条件の愛の灯が揺れていることに気付く。この50年、原爆の図はそうやって何千億という人達に愛の結晶をプレゼントし続けてきた。そしてこれからの50年、僕らにできることは原爆の図保存基金という僕らの愛の結晶を生み出すことだ。


ピーター・ヴァン・デン・デュンゲン 平和のための博物館国際ネットワーク総括コーディネーター

核兵器や戦争の廃絶という被爆者の願いは未だ実現していません。人びとが戦争の残酷な現実や核の脅威を深く認識し、抗議の声を上げ、核軍縮と戦争のない世界を目ざす国際的なキャンペーンに参加することが重要です。《原爆の図》は、意識、教育、行動のプロセスにおいて大きな役割を果たしています。多くの来場者にとって、この作品はすべての偉大な芸術のように、人生を変えるものです。



おしどり ケン 漫才師

原爆の図の保存基金大賛成です!僕は2011年の原発事故の後マコちゃんの足手まといになりながら取材を続けています。事故前は社会の事はだれか任せにしていました。だから自分が無知だという事も分かりませんでした、情けないです。今も大勢の人の命を奪うための道具に大金が投じられています。知らないでは済まされない。どんな社会に生きたいか自分で考え決めるためにも。《原爆の図》を守りましょう!


おしどり マコ 漫才師

「広島と長崎に原爆の落ちた日本だからこそ、被ばくの恐ろしさを分かっている日本だからこそ、福島第一原発事故の被ばくは問題ないと世界に発信することは効果的。セールスの良いモデルケースになる」原子力推進の国際シンポジウムを取材していて、この言葉を聞いたときクラクラしました!被害者が声をあげることは、次の被害者を無くすため。そうしなければ被害者は、未来の加害者になってしまう、と気付きました。原爆の図を守らなければ、私たちは未来への加害者になりますね。私は絶対に素敵な未来を作ってみせます!できることは全部やりたい!丸木美術館のみなさま、大切なプロジェクトに参加させて頂きありがとう存じます!


小沢 節子 近現代史研究者/『「原爆の図」 描かれた〈記憶〉、語られた〈絵画〉』著者

《原爆の図》は1945年の原爆被害を描いた絵画であるとともに、1950年から現在にいたるまで「同時代の戦争画」でありつづけた。それ故に、新たな地平を切り開き、様々な他者との出会いを私たちに促してきた。政治と芸術の狭間で翻弄されながら《原爆の図》が背負ってきた悲しみと苦痛が、いつか希望に生まれ変わることを信じて、未来へと手渡したい。次の長い航海のために箱船をつくろう。


小室 等 歌手

あれほどの個性と才能を持った者同士の合作など考えられようもないことなのに、なぜ位里先生と俊先生の合作はあり得たのだろうか。互いの表現を激しく受け止め合い、激しく否定し合うことから生じる厳しい批評性が、作品をさらに強固な芸術作品に高めたのかもしれないと、僭越にも思う。厳しくて優しかった俊先生、位里先生にお会いすることは叶わないけれど、残された作品を通して僕たちはいつでもお二人にお会いすることができる。


椹木 野衣 美術評論家

原爆の図丸木美術館が50周年を迎えるという。もちろんめでたいことだが、他方では《原爆の図》のような歴史的・文明史な意義を持つ芸術が、国公立の美術館のように恵まれた展示・収蔵のための設備を持たぬまま、半世紀にも及ぶ時の経過に耐えてきたことに驚きもする。しかし、このままの状態で次の50年を迎えるのは極めて厳しくもあるはずだ。《原爆の図》を丸木夫妻が愛した土地で守っていくには、今がギリギリのタイミングなのだ。


水沢 勉 キュレーター/美術史家

丸木位里さんと俊さんの《原爆の図》シリーズの第一部「幽霊」が完成し公開されたのが1950年。ヒロシマ、ナガサキへの原爆投下から5年の歳月が流れている。それからさらに半世紀以上の時間が経過した。今度はわたしたちが作品を守り、未来に残すために努力する番である。


本橋 成一 写真家・映画監督

丸木美術館で位里先生と俊先生に出会ってから40年以上経った。生き生きとしたおふたりの暮らし、集う人びととの交流、その全てが《原爆の図》の制作と展示の源泉であったのだといま改めて思う。つまり、丸木美術館という場なくしては今日の《原爆の図》はないとも言えるのだろう。ぼくらに残された作品からは、いくつものメッセージが聴こえてくるようだ。おふたりが語り続けたメッセージ、これからはぼくたちが継がなければならないのだ。


山本 唯人 東京大空襲・戦災資料センター主任研究員

寄付を呼びかけてみて、分かることがあります。論理と構想力と応援と仲間がそろってはじめて、何かを呼びかけることができる。これらの要素が全部そろう場所なんて、そうはありません。丸木美術館は民間で闘ってきたぼくらにとって灯台のような存在であり続けてきました。保存基金ができて、新館が立ち上がるまで。不安で押しつぶされそうになりながら、最高にわくわくしながら、このプロジェクトに立ち会っていたいと思います。


ジャン・ユンカーマン 『劫火 ヒロシマからの旅』映画監督

40年以上前に丸木美術館を初めて訪れた時、強烈な衝撃を受けました。原爆に関心を持っていて、広島と長崎へ行ったこともありましたが、《原爆の図》を見て、被爆の本当の姿を初めて見たと感じました。一人ひとりの人間にとっての被爆。その姿が私の脳に、心に焼き付いて、忘れたことがありません。私の人生を変えたと思います。これからも、原爆を投下した国の若い世代にも、同じように人生を変えられる衝撃を与えるために、《原爆の図》を永久に保存し、展示する必要があると思います。


吉永 小百合 俳優

「原爆の図 丸木美術館」に行きたいという願いが叶ったのは、2015年の11月。想像していた以上に、強い感動を覚えました。あの日、亡くなった人達の叫び、悲しみが胸に飛び込んで来たのです。美術館の絵を多くの方達に見て頂く為に、皆で力を合わせましょう!今、私達に出来ることは、丸木夫妻の絵をしっかりと受け止め、次の世代に伝えていくことです。