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2004.4.22.発行 第79号

世界社会フォーラム(WSF)に参加して/銀林美恵子

企画展報告

美術館日誌

リレーエッセイ・11/水島恵理さん


世界社会フォーラム(WSF)に参加して
銀林美恵子(丸木美術館理事)
今年一月中旬インドで開催のWSFに被団協から派遣を要請されたとき、隣国パキスタン と核開発を競い合い、カシミール地域で一触即発危険視されているそんな国の様子を見てきたいという気持でした。
この会の憲章や様々な情報を得て、理念と規模の大きさを知り、期待と不安を感じながら出発。
超大国が一極支配する歪んだ世界情勢を憂い、これを変えようとする人権・環境・戦争・核などの問題に取り組む 10万人以上の人々が130ヶ国から集まるフォーラム。
会場では、朝から晩まで、大小多くの集会やイベントが繰り広げられ、砂塵と熱気が渦巻くお祭り騒ぎのような一週間でした。

私が参加した分科会「いま、核兵器の廃絶を!グローバル被爆者は語る」で、印象に残ったのはパキスタンの核実験場近くに 住む青年の話。
政府は放射能の影響はないと言うが、実験時の恐怖や強制移動させられた遊牧民のこと、家畜が死に絶え人も住めなくなって いる生々しい実態の報告です。
次のインド側の発言と合わせ両政府は互いに相手国を非難し、ナショナリズムを煽って核開発を競い合っていることがよく 解りました。
他に核廃棄物処理場・ウラン鉱山のヒバク情況や住民の見事な闘いの話などもありました。

丸木美術館との関わりでは、ピースボートが「原爆の図」パネル数点を、展示すると聞いて会場を訪ねたところ、パネルの 説明と丸木夫妻の人柄などを話す機会を得ました。
ピースボートは三ヶ月の旅程中に、このフォーラムも組み込み、船中やその他の停泊地でもパネル展をされるとの事、 有り難いことです。

閉会行事の出会いが私には最高の感動。
地べたに座ると左側がインドの若夫婦と三才の可愛い女の子、プレゼントした鳩の飛び交うピンクのハンカチを振って その子が踊りだしたとき、周りから思わず暖かい拍手がわき、右側にいたパキスタン人夫婦とも親しくなり、国境を超えて 両家族と意気投合し、まさにフォーラムの象徴のように思え幸せな一時でした。
美術館の鶴田さんとも会い、正面に飾られたパッチワークの中に美術館の井上さんの刺繍があることを知りました。
舞台には三体の特大人形が手を繋ぎ、その脇に大きな件の布が飾られていたのです。
出席できない人たちにもこんな形の参加呼びかけに、インドの方たちの、フォーラム成功に向けての行届いた準備の一端を 見る思いでした。

WSFが、今年初めてアジアで開催されたことの意義は大きいです。
私はこの会の中で、国境を超えて民衆が連帯すれば「もう一つの世界は可能だ」と、ここに地球が生き残る未来があると肌で 感じ希望を持って帰国しました。
日本から参加した300人もの人たちが、それぞれの収穫を感動をもって伝え、環が広がり、新しい世界の実現のための地道な 活動も進んでいます。
この世界的な運動に丸木美術館の果たす役割も大きいと信じます。

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企画展報告 
Piece For Peace 2003〜戦争をこえるために
1月6日〜3月6日

天皇の肖像をコラージュした作品と針生一郎館長のドキュメンタリー映画を制作した大浦信行さん、慰安婦問題や戦時下の 女性をモチーフにした嶋田美子さん、アフリカをはじめ第三世界と戦争を描く鷲見純子さんを招いての展覧会でした。
2月11日に針生館長の司会で行われた三人の作家のギャラリートークでは、それぞれの作品制作の視点などが話されました。
約60人の参加者の多くは美術館を初めて訪れた人で、アンケートでは「イラク戦争の最中、いいタイミングだと思った」 「こういった企画が公立美術館では不可能なことが悲しい」などの他に、「初めて原爆の図など見ました。いろいろ新しく 知り、感じました」という意見もありました。

絵を描くチカラ〜大塚直人と仲間たちの展覧会
3月9日〜5月15日

大塚直人さんは、知的障害がありながらもユニークでダイナミックな絵を描きます。
彼の後見人弁護士・海老原夕美さんとの出会いは、私に多くのことを教えてくれました。
私は心の病持つ仲間のためのアトリエを主宰し、学校や施設等にワークショップを頼まれますが、単独で教えるのは嫌でした。
しかし彼がアトリエに通い出すと、サポート仲間達は、絵がはじめての人さえ次から次へと楽しい作品を、どんどん 描き出しました。
大塚さんの作品から、彼の心の世界のキラメキが大きなエネルギーとなって他者へと伝わり、又輝きを増すのです。

オープニングパーティーの準備も皆楽しみながらできました。
知的障害の子たちの太鼓公演も深澤美津代さんの協力で実現。木村房枝さんたちのオカリナBGMもステキでした。
鈴木好子さんと本川なおこさんは、大塚さんリクエストのハッシュドビーフを大鍋に作ってくれました。
60個のケーキは岡村淑子さん作。そうそうフルーツパンチもありました。
額縁を作ってくれたのは、谷口幹郎さん、荻野真平さん、河野浩さん。
その作業中に何回もおにぎりを届けて下さった木村正義・多喜子ご夫妻。
毎週送迎係の生活支援サービスにじの方々。
何回もアトリエに通い素晴らしいチラシを作って下さった丸木の宮沢賢治こと学芸員の岡村幸宣さん。
大塚さんが描いた大木のまわりに、虫や葉や人や太陽、色々なものを多くの人々に描いてもらうワークショップを先導して くれた池田南美子さんや石塚悦子さん。
大変な展示作業をして下さった鈴木潤・重永文恵夫妻、田中実花子・秀成夫妻、若本武志さん。
インターネットで協力してくれた鈴木陽子さん。
展示の折に天井高く活躍してくれた奈良間さんや倫子さん。
本当に沢山の方々がこの展覧会をささえて下さいました。
大塚さんとの出会いが個に終らず色や形を変え、とても楽しい風となってキラキラ光り出しました。
めんどうみる人みられる人ではなく生を共有できたことが一番の喜びです。
みなさんのご協力に心から感謝いたします。

万年山えつ子(美術館理事)

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美術館日誌
12月18日(木)
東京都現代美術館学芸員の藤井さん、加藤さん来館。
4月から開催される「再考:近代日本の絵画」に、「原爆の図・第一部幽霊」の出品をお願いしたいとのこと。
「ヒロシマの事実を伝えるだけでなく、“生”の生きている感覚が定着されている。
圧倒的な人体のボリューム、絵画としての魅力…」と語ってくれる。

12月30日(火)
内装工事のためにしまっておいた作品の再展示作業が終了。
1月6日から始まる企画展のセッティング作業。
年末休みを返上し手伝ってくれたボランティアの人達の中には、旅行中のアメリカ人青年アンディの姿もある。
みんなで市内の居酒屋で忘年会。
ボランティアのW氏より忘年会カンパあり。様々なことに感謝。

1月12日(月)
自由の森学園高校の藤原先生、生徒と韓国の高校生たちを案内し、30数名で来館。
2つのグループに分かれ、評議員の若本さんと学芸員の岡村が館内説明。
語り部の堀田シヅヱさんは小高文庫にて日韓の高校生を前に、被爆体験や草の根の平和活動について話してくれる。

1月13日(火)
俊先生命日。
原爆観音堂と宋銭堂に花を捧げ、手を合わせる。

1月24日(土)
熊谷ドームにて3000人規模の日教組全国教研集会。
会場警備の必要上、前日に評議員の鈴木さんと搬入しておいた原爆の図写真パネルを展示し、図録、絵はがきなどを販売する。
「今いってきましたよ」と声をかけてくれた人達は、会場を抜け出し、タクシーに分乗して、片道1時間近くかけて美術館を 訪れてくれたとのこと。

2月10日(火)
前日、自衛隊のイラク派遣承認案が参議院を通過する。
役員と連絡を取り合い、反対のアピール文を新聞社にFAX。
美術館のホームページに掲載し、メールで配信するとともに、入口のドアに張り出す。

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リレーエッセイ//11
鶴田雅英(丸木美術館評議員)
WSF(世界社会フォーラム)に私も行っていました(銀林さんの報告記事参照)。
そして、そこには当然のように、戦争や新自由主義グローバリゼーションと対抗するアートの展示がありました。
アートは社会運動に媚びるでもなく、それ自体として、そこに存在していました。

針生館長から日本ほど芸術家が社会的な状況から切断されている国はないと聞いたことがあります。
アートが社会的な活動のプロパガンダの道具としてしか位置付けられないなら、すごく嫌ですが、他方でアートをめざす人が 現実の社会から乖離しているとすれば、まったくうんざりする話です。
日本のアートシーンを、生身の人間が呼吸する地上に引きずりおろすために、丸木美術館が果たすべき役割があるはずです。
それは位里さん・俊さんの絵を展示する美術館「だから」できることであり、また、「だから」問われていることだと思います。

もちろん、社会的なテーマを追求する作家の企画だけをやって欲しいということではありません。
現実に呼応する想像力を喚起するアートに触れたいのです。
そういうのがぼくは好きだということを言っているに過ぎないかもしれませんが。
そのぼくの好みで言えば、現在開催中の企画展(〈絵を描くチカラ〉展)、大好きです。
HPやチラシでは伝わらない表現の力がそこにあります。

冒頭に紹介したWSFの合言葉は「もうひとつの社会は可能だ」というものです。
戦争や暴力、あるいは、とてつもない不公正の中で殺されつづける人びとが存在します。
そのようではない、「もうひとつの社会」をめざして、丸木美術館には、そのためになくてはならない存在であって 欲しいし、ぼくに出来ることは少ししかないけど、その少しだけの出来ることはやりたいですね。

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