原爆の図丸木美術館 HOME
利用案内 原爆の図 企画展 共同制作 丸木スマ イベント 美術館クラブ パネル貸出 アートスペース
Shop 友の会 FOR PEACE 略歴 美術館の四季 おもなあゆみ 美術館ニュース Links  美術館データ





美術館ニュース一覧に戻る


2003.7.11.発行 第77号

イラク戦争・有事法制を考える「何よりも大切なことは」/水原 孝

来館者の声〜感想ノートから

リレーエッセイ・9/若本武志


イラク戦争・有事法制を考える 「何よりも大切なことは」
水原 孝(丸木美術館理事長)
ブッシュ米大統領が胡散臭い人物の故か、イラク侵略戦争は判りにくい戦争である。
米軍はハイテク兵器を駆使して、首都バグダッドをはじめイラクの主な都市をまたたく間に制圧したように見えた。
ブッシュはカルフォルニア沖を航行する空母艦上で、イラク戦争の戦闘終結宣言を行った。
しかしイラク攻撃の理由となった大量破壊兵器は未だに発見されていない。
小泉首相が世論の反対を押し切って米国のイラク侵攻を支持したのも、大量破壊兵器の存在にあった。
イラクの大量破壊兵器についてはスコット・リッター元国連大量破壊兵器査察官の次のような証言が正しかったことを 裏付ける結果になるのではないだろうか。
『イラクの大量破壊兵器の ― パーセントは廃棄されました。それは事実です。残りの5― パーセントが必ずしも 脅威になるわけではないということです。それだけでは兵器開発計画さえ成り立たない。』
しかもサダム・フセインが死んだのか生きているのか消息は不明である。
それだけではない。イラク国内のどの地域も治安が不安定でいつテロや戦闘が起きるかわからない状態だという。
政府が自衛隊派遣のイラク復興支援特別措置法案を国会に上程しようとしたとき、どういうわけかタイミングよく アーミテージ米国務副長官が来日し、記者会見で「日本は入場券を払って観客席にいるだけじゃなくフィールドに出て プレーせよ」といってのけた。

イラク国内は自衛隊を派遣できる状態ではない。しかし米政府の露骨な圧力を受け、自民党政府は同法案の国会成立を計る という。日本は主権をもつ独立国である筈だ。情けない。
有事法案も国会を通過成立した。「有事法制は国民の生命・財産を守るためつくられた」といわれるが、私のように 国家総動員法を身をもって味わった戦争体験者から見ると「本当にそうかね」と質したくなるのである。
原発問題一つを例にとっても明らかではないのか。わが国はこの狭い国土に、原子力発電所が 基ある。原発四、五基がミサイル攻撃を受けた場合、国民を避難させる安全な場所がこの日本にあるのだろうか。
小泉首相は「備えあれば憂いなし」と呑気なことを言っているが、「備えあっても憂いあり」なのである。
有事とは戦時のことだが、何が戦時かを決めるのは平和憲法をもつ日本ではなく、米国である。米国が有事といえば、 それが有事になる。今回のイラク攻撃も、対北朝鮮も米国が攻撃しなければ戦争は起きない。北朝鮮の先制攻撃は体制の 消滅になるからありえない。
日本にとって何よりも大切なことは、正気にかえってアジアの平和、とりわけ北朝鮮との国交正常化を実現することに あるのではないか。

ページトップへ


来館者の声〜感想ノートから
◆彫刻家 T・Sさん(4/26)
ここに入った時、こわかった。
色々な人の魂の声がするようで、作品と向き合うのがこわかった。
まるで、自分が責められているようで、逆に、作品の中の人になりそうで、のみ込まれそうで。
こわくて、入れない……。
すごかった。平気じゃない。

◆G・Tさん(4/30)
さいたま市から来ました。
数年前からの願いがようやく叶いホッとしています。
丸木夫妻や我々の訴えもむなしくイラク戦争(イラクリンチというべきでしょうか?)が始まりました。
石油、宗教、思想……この戦争の原因は一言では言えないと思います。
ただ、一つだけ言えることはやはり「殺すな」ということです。
行動に移すことだけが全てとは思いません。
ただただ戦争のない世を願うだけでもそれはそれで意味のあることなのではないかと思い始めています。

◆M・Aさん(5/4)
被爆者を親族に持つ身です。
絶対に、戦争の被害者の苦しみや悲しみ、怒りを風化させないためにも、皆にここを訪れてほしい。
そして二度と同じ苦しみを世界の人々に増やさない事を切に願います。
No! Du, No! War!

◆Mさん(5/4)
以前、もっと幼い頃に見て、肌で「戦争はキライ、コワイ」と感じて、十年以上たち、また再会。
あの時とは違っていろんなことを知り、改めて感じたこともあったが、初めてみた時の「戦争キライ、コワイ」は今も同じ。
戦争を知らない子ども達、戦争を知らない大人のままでありたい。
ただのヒューマニズムでも、平和ボケでもない。
今まで先代が守ってきた平和を、私達も守りつづける。

◆Y・Fさん(5/4)
ここに来るのはもう何度目になるかわからないが、来るたびに胸がはりさけそうな思いにさせられる。
核兵器も戦争もなくならないという人がいるが、そういう人たちは、核兵器や戦争の被害についての想像力が乏しい のだと思う。
自分の住む街、家族や友達などの愛する人たちが住む地が戦争の惨禍にあうとはいったいどういうことなのか。
私たちは、そうした戦争の被害に対する想像力を深める努力を、もっと積み重ねるべきではないか。
それこそが戦争をなくす最大の力であり、出発点になるのだと、私は信じてやまない。

◆H・Iさん(5/31)
私の父は戦争体験者で、中国満州とソ連の国境付近の戦地にいたと言います。
大ケガをし、ノモンハンの野戦病院へかつぎこまれ、日本へ帰ってきた、と言葉少なに話してくれました。
今でも敵の戦車にひかれ死んだ戦友の夢を見ることがあり、うなされると言います。
私は戦争を知らない世代なので父に語ってほしいのですが、思い出すとつらいと言い、八月頃になるときまって 自室にこもりきりになり、涙ぐんでいるようです。

◆無記名(6/5)
いま自分たちが立たされているところ、見ないように感じないようにして生きているんだ。
丸木さんはそこのところをするどくつく。
どうしてこんなにも人間は学ばないのだろう。
そしてどうしてこんなにもすごい生き方ができる人間がいるのだろうか。
私に何ができるのだろうか。

◆K・Mさん(6/11)
六月末に日本を立つ。
アメリカの大学に行ってビジネスを学ぶため、Bigになるために……。―中略―
経済の授業でイラク戦争について討論した。
僕の中で、結局この戦争に反対はできないという結論に達していた。
理屈ではなく、現地の人々の苦しみを、本当に自分は肌で感じようとしていたのか自問した。
もちろん、歴史の中には大きな流れがあって、戦争をする諸事情がある。
分かったような顔をして、これはやむを得ない戦いだという人、反対を願っていても何もできずあきらめてしまう人。
いろいろだと思う。
「北朝鮮を民主国家にする」といって戦争が始まったとする。
一体どれだけの人が反対して、ひとりひとり声をだすだろう? 
今日ここに来たことで、僕は反対を叫べる人の一人になった。
理屈じゃない、たくさんの人が苦しみ、死んでいくんだ。
世界がどういう方向に動こうとも、それは悲しむべきことであると世界中が胸を痛めなきゃいけない。
もし自分が、戦争で自分の愛する人を失ったら「仕方なかった」じゃすまない。
人の痛みが分かるひとになりたいと思った。
そして、人の喜びも分かるひとになれたらと思う。

◆千葉市 主婦(6/18)
この前は、俊さんがたびだたれたばかりの桜の頃、初めてまいりました。
いろいろ本では見ていましたが、本ものの絵を見て、その迫力に衝撃を受けました。
今まで来なかったことが恥ずかしくなりました。
いつか夫を連れてこようと思い、今日まいりました。
夫は在日コリアンです。
この前はなかった「カラス」を二人で見ました。
胸をつかれました。
今、アフガン・イラクと戦火が続き、つらい日々です。
今、もう一度ここにきて、戦争を一日も早く止めさせなくてはと改めて強く思いました。

ページトップへ


リレーエッセイ//9
若本武志(丸木美術館評議員)
小高文庫が休憩室兼図書室として4月5日にオープンして以来、約650人の方がここを 訪れています。(6月30日現在)

土日、ワープロやら仕事の道具を持ち込み、数回程文庫番を経験しました。
その間、実に色々な方と話す機会が得られて、僕の暮らしの中では、文庫番はもはや欠くことのできない大切で楽しい時間と なっています。

はるばる新潟から、丸木美術館のためだけに訪れた女性。
もっと小さな美術館だと思っていたので、大きさにビックリしたそう。
最初は、一室・二室しかなかったことや、畑仕事をしながら、入り口の鐘が鳴ると土の付いた長靴のまま戻って、入場券の もぎりをしていた頃のことなどを話していたら、急に風が強くなり、桜の花吹雪が起こった。
窓の外からハラハラと、花びらが小高文庫に舞い込んできた。(4月13日、文庫番記録ノートより)

小高文庫にいると、かつて味わったことのある感覚が鮮やかに蘇る。
丸木位里・丸木俊が健在な頃、なかなかよそでは生き生きできないでいる人が、ここを訪れ、再び笑顔を取り戻した日。
それは、ある日の僕であり、あなたかもしれません。

例え考え方のベクトルが多少違っていたとしても、丸木美術館という場を大切にしたいと願う者、その思いの中心は、 このあたりにあると思いませんか。

友の会のみなさん、評議員・理事のみなさん、どうか小高文庫にあがってみてください。
そして文庫番をしてみてください。
大切なものは、特別な日ではなく、全ての日々の中に散りばめられ、輝くもの。
僕は丸木位里・俊が大事にしていたものの一つが、確かにこの小高文庫にあると感じています。

ページトップへ