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2002.12.25.発行 第75号

館外展報告「21世紀と人権(丸木編)」

リレーエッセイ・7/水原孝


館外展報告 「21世紀と人権(丸木編)」展
針生一郎(丸木美術館館長)/岡村幸宣(丸木美術館学芸員)
韓国アジア文化センターを名のる男女が来訪して、《原爆の図》をソウルで初公開する展覧会とともに、大江健三郎、徐京植 (ソギョンシク)、わたしと韓国側パネリストによるシンポジウムを開催する、という計画を聞いたのは昨年秋である。
わたしは大江が来てくれれば申し分ないが、日本の左翼とは一線を画したいらしく、わたしが電話すると近年はいつも断られる ので、そちらから直接依頼した方がいいだろうと助言した。
そのときは会期が2002年1月下旬とのことだったが、1月をすぎても何の音沙汰もなかった。

夏の終わりごろ、丸木美術館の理事会で、ソウルの〈原爆の図〉展が10月末から11月はじめにきまったと聞いたが、わたしの 方には依然連絡がないから、正直いってまだ半信半疑だと答えた。
やっと10月に入ると、この話を仲介した韓国文化研究者の西中君から電話がきて、大江にことわられただけでなく、予算の都合 で11月4日午前のシンポには日本からわたし一人、他は韓国人被爆者だけとなり、搬入、飾りつけのため丸木美術館職員を 招くのも困難という。
それに対してわたしは、美術館から最低一人行かなければ、作品の安全管理と展示に責任がもてないぞ、わたし自身は11月2日 大阪にいるので、翌日関西空港から発つ方が便利といったら、両方ともその通りになった。

こうして、わたしは飾りつけに行った岡村学芸員とはすれ違いにソウル入りしたが、空港からソウルまで自家用車で送って くれたのは、民衆美術協会ソウル支部長になった古い知人安星金(アンサンクン)で、彼女によれば民美協はアジア文化 センターの若い事務局員をあまり信用しないから、シンポジウムにはだれもこないだろうとのことだ。
翌朝また安君が迎えにきて送ってくれた会場は、ソウルのさかり場仁寺洞(インサドン)にある最大の画材店5階の画廊と、 同地下1階のホールだった。
展覧会は《原子野》《救出》《からす》の原作3点とその他の作品写真パネル4点のほか、丸木夫妻のデッサン、広島の被爆 状況と夫妻の写真をならべ、わたしの文章を含むりっぱな図録をそなえ、多くの観客が訪れて成功したと思う。
だが、韓国では午前のシンポは普通だと事前に聞かされたにしろ、シンポ聴衆は30名ほどで、パネリスト予定者中の被爆者一世、 二世は体調不良で今日出られず、「この種の会合では避けがたいことだ」と司会者が告げて、わたしと郭貴勲(カクキフン) だけになった。

わたしは丸木夫妻の原爆の図制作中の思想的変遷と世間の評価の変遷にふれて、被爆直後にはだれにも二世三世にわたる放射能 被害を含めて惨禍の全貌がみえず、《原爆の図》を貴重な先駆として全貌究明はなお今後の課題であることを述べた。
郭貴勲氏は師範学校在学中徴兵されて広島で被爆し、98年治療のため来日して被爆者手帳と5年間の健康管理手当を受けたが、 同年帰国すると74年の厚生省公衆衛生局通達で外国に移住した故に手当を打ち切られて大阪地裁に提訴、一審で勝訴したが 日本国が控訴して大阪高裁で係争中であることを語った。
わたしも意見を求められて、郭さんとの出会いが今回の訪韓の最大成果でわたしも全面支援するが、長崎の三菱造船で戦争中 労働し被爆した韓国人の補償要求訴訟を労組が代行してきた闘争記録を、日本政府は日韓条約の外にいくつもの通達、指令、 判例をかさねて、外国人には一切補償しないよう法網を完備していると、同労組副委員長が慨嘆しながらわたしに手渡した ことに言及した。

帰国後に「在韓被爆者問題市民会議」の運営委員でもある銀林美恵子さんからも、郭貴勲裁判の重要性を知らされて注目して いると、12月5日大阪高裁判決は一審通り手当打ち切り不当となった。
その後郭さん自身が政府に控訴断念をよびかけた記事を新聞で読み、この文章を書いている12月17日昼のニュースで、坂口厚 労相が控訴断念の方向で検討中、明日決定と語ったので、官僚の抵抗に一抹の不安をいだきながら決定発表を注視している。
(針生一郎)

10月30日から11月5日まで「21世紀と人権(丸木編)」展(主催・韓国アジア文化センター)が行われました。
ソウルに原爆の図が展示されたのは今回が初めてで、韓国国内では2000年の光州ビエンナーレに続いて2回目になります。

仁寺洞はソウル旧市街の骨董・画廊街。
若者や外国人観光客の姿も多く、アジア文化センターの崔裕景(チェユギョン)氏の報告書によると会期中およそ3000人の 観客が訪れたそうです。
会場の正面には、日本に強制連行された朝鮮人被爆者の問題をテーマにした原爆の図「からす」が展示されました。
絵の前で思わず足をとめる観客に、アジア文化センター代表の朴成昊(パクサンホ)氏が近寄って声をかけ、作品の背景に ついて丁寧な解説をするという光景も見られました。
絵の中の人物に向かって「この人は私の兄です」といって涙を流した在韓被爆者や、大ぜいの生徒を連れてスケッチに来た 中学校の教師がいたという話も聞きました。
直前まで準備が進まず心配ごとの多い展覧会でしたが、日本に関心を持つ若い学生が多く訪れて熱心に絵を見てくれたことに 何より救われる思いがしました。
同時に、世代や国境を越えて観る者に大きな衝撃を与える作品の力を目の当たりにし、改めて原爆の図の普遍性について 考えさせられました。

館外の展覧会は課題も多く簡単に開催はできませんが、実際に絵の前で心を打たれる観客の姿を見ると、こうした機会を 少しでも多く実現させたいと思うのです。
(岡村幸宣)

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リレーエッセイ//7 「ノンといって立ち上がるとき」
水原 孝(丸木美術館理事長)
月刊誌公評の11月号の特集「善と悪」に、「パックス・アメリカーナ(注) は世界の安全を脅かす」というエッセイを書いた。
22枚の原稿を、「9月20日付の朝日新聞によるとブレア英首相にイラク攻撃反対の書簡を届けた女優スザンナ・ハーカーさんは BBCに『大量破壊兵器を作るのがいけないなら、米国こそ最悪の罪人でしょう。まずそっちの方をなんとかすべきでしょう』と 述べている。正論である。」と結んだ。

米国がならず者国家の筆頭にあげているイラクに対し、大量破壊兵器開発の疑惑があれば米軍が先制攻撃をしかけると している。
平和共存を否定し、国際法を無視して、核兵器の使用を含めた先制攻撃をするというのである。
ならず者は米国ではないか。そんな声すらではじめている。
米国は強引に米国中心の世界軍事支配を進めようとしている。

10月26日、サンフランシスコの戦争反対デモの集会で11歳の少年サモア君が「石油のために戦争なんかしてはいけない」と、 10万人の聴衆に訴えたということだ。
子どもでも分かるように米国のイラク攻撃の狙いはイラクの石油資源の確保にある。
被爆国であり平和憲法をもつ日本は、今こそイラク攻撃に反対し、平和のために全力を挙げなければならない。
それにもかかわらず小泉政権は米国に盲従し、対戦能力の高いイージス艦をインド洋に派遣し、米国のイラク攻撃支援に 乗り出している。
われわれがノンといってブッシュの戦争に反対ののろしを上げるときが来ていると思う。
(注)パックス・アメリカーナ=米帝国支配下の平和    

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