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2001.7.15.発行 第71号

役員・評議員改選

訃報

リレーエッセイ・3/鈴木倫子


役員・評議員改選
5〜6月に行われた理事会・評議員会において、任期満了に伴う役員及び評議員の改選が行われました。
また、関屋綾子前館長が勇退され、新館長に針生一郎氏(丸木美術館理事)が就任されました。
関屋前館長はじめ、退任された方々には、これまでのご尽力に深く感謝しますとともに、 今後とも丸木美術館を応援してくださいますよう、お願いいたします。

館長 針生一郎
丸木美術館は創設以来、丸木夫妻が積極的にかかわった市民運動の人びとに支えられてきた。
こういう美術館は日本にほかにはなく、その伝統は今後も尊重したい。
だが反面、ここを訪れた美術家、美術愛好家は少なく、美術界への影響は微弱だ。
戦後日本人が回避できない社会的主題を、丸木夫妻だけが一貫して共同制作でとりあげたのに、 1970年代以降の日本美術は社会的主題を一切喪失している。
わたしはその点を改善すべく、新館長をひきうけた。
むろん、老朽した木造建築、学芸員の不在、資金不足などの困難はつきまとうが、 りっぱな建物に名作ばかりならべても観客は少ない時代だ。
ここでこそよき伝統を生かして、学芸員の代わりに理事・評議員が智恵をしぼり、近くの学校・公民館への巡回展、 丸木賞コンクール、子どものためのワークショップ、若い美術家のグループ展などを、 事務局と友の会が手足となって実現し、資金を補う体制をぜひとも作りたい。

美術館を平和のとりでに
理事長 水原 孝

こんどの役員改選で引き続き理事長として美術館の運営にあたることになりました。よろしくお願いします。
生き難い難儀な時代です。
ブッシュ米大統領は、平和より核ミサイル戦争体制の強化、地球温暖化阻止よりも米経済の利益優先を公然と主張しています。
米国に追従する小泉内閣は〈平和〉のために日米軍事同盟の強化を、国民のいのちと暮らしよりも資本の救済を唱え、 小泉首相に至っては「靖国神社を参拝してどこが悪い」と啖呵を切り、開き直る始末です。
戦争の惨害を繰り返さないために、丸木位里・俊両先生が核も基地も公害もなくし、平和な世界を実現したいという願いから 設立された原爆の図丸木美術館は、光を求める国民にとってますます貴重な存在になってきた、と思います。
志を同じくする新旧役員、事務局職員、友の会の皆さんと力を合わせ、一人でも多くの国民に両先生の絵を見て いただくことに、全力を挙げたいと思います。よろしくお願いします。

7月8日、開催中の企画展「丸木位里生誕100年展」のオープニングセレモニーとして、 新館長に就任したばかりの針生一郎氏の講演が行われました。
梅雨とは思われない暑い午後、40人余りの方が聴講に訪れ、丸木美術館のうちわを片手に参加されました。
針生氏は丸木位里の水墨画家としての取り組みのみならず、市民社会と積極的にかかわった姿も語ってくださいました。
講演会の終了後、役員及び評議員の懇親会が行われました。
出席者でもある監事の北村さん、評議員の鈴木さんをはじめ、たくさんの方が食事と会場の準備にご尽力くださり、 小さいながらも心づくしの手作りの会になりました。
役員、評議員はもちろんのこと、講演会にご参加いただいた一般の方も交えて、美術館の今後についての意見交換も されました。
懇親会に参加した新役員・評議員の「ひとこと」をご紹介いたします。

西園寺一晃(理事)
1996年度朝日賞の事務局長をしておりました。50人ほどの候補が挙がりましたが、ぜひ丸木夫妻にという気持ちで おりました。
中国や韓国など、もっとも近隣の国との友好を考えていかなければと思っております。

鶴田雅英(評議員)
去年までは友の会の一員として理事・評議員については外側から批判していればよかったが、自分がその立場になって しまって後悔しています。今日出会った方々を含め、新しい輪をつなげていければと思います。

中村哲治(評議員)
子どもが保育園の頃から、美術館をたびたび訪れて、位里さん、俊さんにお話をうかがっておりました。

野原智子(評議員)
何ができるかわかりませんが、精一杯務めたいと思います。

盧興錫(ロ・フンソ 評議員)
丸木夫妻の絵には力がありました。しかし、現在の美術は消費物になり、発言力をうしなっています。 また力を取り戻さなければならないと痛感しています。

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訃報
丸木位里さんの弟、丸木広雄さんが4月27日にご逝去されました。87歳でした。

反戦を訴え世界的に活動された
川田泰代さん(元丸木美術館評議員)が5月11日にご逝去されました。84歳でした。

水野仁三郎さんが5月25日にご逝去されました。91歳でした。
水野さんは丸木美術館初代理事長を務められ、その後は顧問として美術館を支えてくださいました。
「水野さんがどんな形で丸木夫妻と出会い、美術館の理事長になられたのか、直接の事情は知りませんが、 岩手県大船渡の人が、遠く離れた広島の人の意気を感じて力を添えた。しかもそれは美術館ができる、 一番最初の大切なときだったわけです」(袖井理事談)
岩手県で酒造会社を営んでいた水野さんは、『丸木俊さんを偲ぶ会』の折りには、俊さんの描いた鳩と母子像をあしらった 特製ラベルの生酒を差し入れてくださいました。

お三方のご冥福をお祈りいたします。

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リレーエッセイ//3
鈴木倫子(丸木美術館評議員)
リリアン・J・ブラウンの「猫が……」シリーズ(ハヤカワ文庫)にはまってます。
気の利いたお菓子みたいなもので、腹の足しになるわけじゃないし、年中そればっかりじゃ飽きるけれど、 「猫」というだけで、新刊が出るとつい手を出してしまうというような具合です。

 カナダに近いとある地方都市、引退した新聞記者と同居のシャム猫「ココ」が主人公のミステリィ。
この町の住民たちの暮らしぶりがなかなかおもしろい。
市民サークルの演劇集団があったり、図書館や博物館のボランティアがあったり。
向こう三軒両隣のおつきあいの日常の中に、地域社会のさまざまな活動が織り込まれています。
こういうのを市民社会≠ニいうんだなんて、けっこう「いいお勉強」になります。

 図書館とか博物館(美術館だったかな?)の評議員や理事たちがチャリティバザーを開いたりして 熱心に資金づくりをやっている場面を読んでいると、つい、丸木美術館の理事・評議員、友の会の役割について、 なんていうことをマジで考察してしまいます。
そして、まいど行き着くところはただ一つ。やっぱ、美術館のために金稼がなくちゃあな。

 至って単純かつ即物的な「考察」ですが、傷んだ壁やトイレ前の天井の雨漏りのしみをみるたびに、 「それにつけても金のほしさよ」と、落語の「雑俳」が口をついて出る私の頭の中には、それっきゃないのです。

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