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1999.7.21.発行 第64号

ひろしま忌に思う

来館者の声〜感想ノートから


ひろしま忌に思う
理事長 水原 孝
8月6日ひろしま忌を迎える。

丸木位里・俊先生の『原爆の図』の前に立つと、在りし日の位里先生のあたたかいほほえみに包まれた厳しい眼差しが、 脳裡にあざやかに甦ってくる。

そして劫火に焼かれ、身を焦がした広島の二十万の市民が「水ヲ下サイ。水ヲ、水ヲ……」「助ケテ下サイ」と、 か細い、静かな言葉で訴えるその言葉が聞こえてくる。
原子爆弾はいけない。戦争はダメだ。核のない平和を、と迫ってくるのである。

『南京大虐殺の図』は、「天にかわりて不義を討つ……」「東洋平和のためならば、なんで命が惜しかろか……」 という歌声に送られた天皇の軍隊―皇軍が、中国で犯した惨害を、怒りと悲しみをこらえて描かれた反省の作品である。
東洋鬼とか、蝗軍といわれた天皇の軍隊が、中国をはじめアジア各地の侵略戦争で何をしたのかを象徴する絵なのである。

その結末が「広島」「長崎」の悲惨である。
位里・俊両先生は『南京大虐殺の図』を描くことによって、われわれがあの戦争の被害者であると同時に 加害者であったことを、片時も忘れてはならない、と説いているのである。

ご承知のように、美術館には位里先生の水墨画、俊先生の油絵と水彩画が展示されている。
並みはずれた才能をもつお二人の優れた作品を目にすることができる。
お二人が本来の画業に走る心を押さえて、『原爆の図』を描かれた心情を想うと、あらためて平和がどんなに 尊いものか、かけがえのないものであるのか、身にしみて感ずることになると思う。

しかし、核のない平和への願いとうらはらな狂気の世界が、われわれを脅かしている。
国会を通過し成立した「周辺事態関連法」が、それである。

日米安全保障のための新ガイドラインに基づいて、周辺有事で米国が戦争を起こせば、日本が自動的に参戦し、 後方支援を受けもつ。
どういう支援をするのか規定した法律である。
まことに物騒な法律である。「戦争法」とか「戦争のマニュアル」と呼ばれるのもこのためだ。

世界の覇権を握る米国が、アジア太平洋の“ならず者”をこらしめなければならないとしてその気になれば、 戦争を起こし、日本が参戦する。
政府、自民党は、これによって日米安全保障体制を強化することが可能となり、戦争を抑止することができる。
また後方支援は直接戦闘に参加することを意味しないから心配はない、という。

しかし現代の戦争では、前線も後方もない。一体である。第二次世界大戦で日本国民は、家を焼かれ、命を失い、 あげくの果てにはピカの洗礼を受けたのではなかったか。

憲法よりも安保条約が優先し、その安保条約よりも新ガイドラインが優先する。
米国の“従属国”とはいえ、日本は主権をもった独立国であるはずだ。
主権者である国民は、こんな無法行為を許すわけにはいかない。

臨戦体制を仕上げるため、衆参両院で過半数を制した自民、自由、公明の三党は延長国会で、憲法違反の盗聴法、 日の丸を国旗、君が代を国歌とする法案を強引に通過させようとしている。
主権者のプライバシイと表現の自由を犯す法案と、主権者が国民の時代に天皇よ永遠なれとする天皇讃歌を認めることはできない。

ひろしま忌を機会に、位里・俊両先生の業績をわれわれ自身のものとして、平和を守るため立ち上がるときがきている、 と思う。

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来館者の声〜感想ノートから〜
◆群馬県 T・Iさん
ぼくは小6です。
戦争などそのあとのことを考えないでみんなやりたいことを思いついた時してしまうからすごいと思いました。
かった国はいいけどまけた国のことを考えるとぼくは赤紙がきてもせんそうにはいきません。
なぜかというとぼくがしりゅうだんやなんかなげるだけでおおぜいの人がしんでしまうからです。
もしお母さんがしんだらぼくは自分のなみだだけではものたんないです。  
みんな命というものは、ぜったいに一つしかないのです。
それにほかの人々にもひがいをあたえるとかわいそうだからです。

◆無記名
みなさん、殺人の絵ばかり見て熱くなり過ぎていたりしています。
人が、生き物が戦うことは、生命の宿命なのです。
人が人を殺す事はこれまた仕方のない事です。人が豚を殺すのと同様です。
ただ、人には権利があります。ですから戦い方をもう少し理性的に行えばいいと思います。
これからは戦いを否定すれば、征服される日々が来る時代です。

◆大学生 C・Pさん/在日朝鮮人
からす―第14部を見て私の考えは変わりました。
原爆をおもに自分たちだけが被害者だという感じをうける日本人作家の歴史書を見ながら、 戦争についての恐ろしさや悲しさを感じたとしても、日本人に対しての同情はなかったと言える。
なぜかと言うと、現代の日本人、青年たちは、戦争や歴史について知らなさすぎる。
そうさせているのは日本政府であるが、朝鮮を植民地にし多くの被害者についてなにもしていない。
ましてや植民地であったことすら否定しているではないか。
しかし、戦争中どの国がどの国を支配したかということよりも「人間」と自分の中で変えなければならない と思うことができた。
それによって自分の中でこれらの絵画を見て感じ方が変わったといえる。
また、絵は描くものではなく流すものと言った位里さんの言葉に心をうたれ、丸木スマさんの自由な絵を見、 自分が絵に対する接し方を変えなければこれ以上前に進まなくなることがはっきりとわかった。
絵を通して21世紀に伝える。
現代の絵画は社会と遠く離れてしまっているが、ここに人を動かせる絵画が存在している。それはすばらしいことである。
私はここで絵画を見る視点を変えなければならないことを学んだ。
南京大虐殺の事実は、日本政府は未だに否定しているのではないか? 私も戦わなければならない。

◆Mさん
私の祖父も戦争に行き、そして生きる力を失って余生を過ごしました。
お酒を呑んでしか自分をさらけ出せない人でした。働きもしませんでした。
けれど子供は5人作りました。祖母が働きました。
子供たちはそんな祖父を受け入れませんでした。祖母もです。
私の母も家庭をもつことに自信がなく、未婚で私を生み、死にました。  
私はそうして戦争の傷はいやされていないんだと日々思っているのです。どうして戦争はなくならないんでしょう。

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