原爆の図丸木美術館 HOME
利用案内 原爆の図 企画展 共同制作 丸木スマ イベント 美術館クラブ パネル貸出 アートスペース
Shop 友の会 FOR PEACE 略歴 美術館の四季 おもなあゆみ 美術館ニュース Links  美術館データ






美術館ニュース一覧に戻る


第53号 1995年11月13日発行

●丸木位里 死去

   1995年10月19日午前11時15分位里先生は自宅にて94歳の生涯を終えられた。
死因は脳梗塞。
4ヶ月あまりの入院生活から9月25日には退院され、一時はベットのうえで絵筆を持ち、絵を描くまでお元気になられていたが、突然呼吸がとまり、そのまま眠るように息をひきとられた。
俊先生は、位里先生の手を握り、冷たくなっていく位里の顔を色紙に描いた。
さよなら 位里

位里は静かに寝ているようでした。
私は位里の手をとり、顔を覗き込むと、いつものあの穏やかな位里の
顔がありました。
この顔を描いておこうと思い色紙に描き始めましたが、不思議と心は
落ち着いていました。

位里は人気のある人でした。人に愛される人でした。
時には、そんな位里を私は恨んだりしたときもありました。しかし、
耐えて、添い遂げてやるぞと決めたのです。
そのうち位里も齢をとり、静かになりました。とにかく、人に好かれる人でした。

絵を描くときも私が描いた絵に位里は墨を流しかけました。
そのままほおっておく、乾くまで自然にまかせたままでした。
大胆というか、好き勝手というか、それは位里の性格が、そのまま絵を描くときにも出たようにおもいます。
しかし、二人で描いた絵は、不思議と私の想像を超え、おもしろく、深みのある物になって行くのでした。
共同制作をした頃のことは、懐かしく、いまでは楽しかったのだとおもいます。

ここ数年、一緒に散歩をさそっても「わしはテレビを見とる」といい、部屋からでなくなりました。
足が弱ったのでしょう。
それでも94歳まで生きたのですから大往生といえるとおもいます。
来年になったら外国に絵を描きに行こうとおもいます。
19日には丸木美術館で最後の位里との別れをいたします。
今まで、私たちを支え、励ましてくれた人達に感謝しています。
                           丸木   俊

ページトップへ