アウシュビッツの図 (1977年)
340×1610(cm)

ワルシャワに飛び、乗りかえてクラコフに着く。
1泊してタクシーで西へ走る。
淡い緑の起伏。草原か、麦畑か。
チェコスロバキアとの国境近く、この地帯は少し低い。
アウシュビッツはドイツの言葉。
ポーランド語でオシフェンツムと呼んでください。
やさしげな若者は言いました。



ヒットラーの命令で、ヨーロッパの29ヶ国から集めて運ばれたユダヤ人、
アウシュビッツだけで400万人が殺されました。
はじめは機関銃で、
一度にもっと大量にと、毒ガスに変わったのだという。


ガラスを取られた眼鏡の山が展示されていました。
髪の毛の山がありました。
金髪、栗毛、白髪。
その中に赤いリボンをつけた子供の髪がありました。


人間の髪で作った織物が飾ってありました。
当時のヒットラー政府は、ドイツの家庭に配給したという。
ギプス、杖、靴の山。
これらをはぎとられた人はガス室に入れられたのです。



ふりだした雨は、たちまち、しとどに濡れて流れ、
処刑台、首つり台のあたりは早や、
夕暮れせまるにぶい明るさの中に包まれていました。




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