2015/04/25 特別企画 1950年代 幻灯上映会



協力:神戸映画資料館、人形劇団プーク

スクリーンに静止画像を大きく映し出す映像装置である「幻灯」(Laterna magica, Magic lantern)は、映画に先行する重要な映像メディアとして、17世紀から19世紀にかけて世界的に普及しました。日本でも18世紀に輸入されて「写し絵」(関西では「錦影絵」)の名称で親しまれ、明治期には「幻灯」の訳語を与えられ、教育と娯楽と兼ねたイベント「幻灯会」が全国で開催され、大勢の観客を集めました。

従来、幻灯は20世紀初頭の映画産業の発展によって歴史的役割を終え、衰退した「映画以前」のメディアと考えられてきましたが、実際には戦時中に国策・軍事教育の目的で復興が進められ、敗戦後も官庁や学校、公民館での視聴覚教育に活用されたほか、1950年代には誰にでも作り、人を集めて上映できる映像メディアとして、社会運動の場においても自主製作・自主上映が盛んに行われました。

今回上映する1950年代の幻灯作品は、いずれも社会運動に関連して自主製作されたもので、現場での貴重な記録であるばかりか、その後さまざまなジャンルで活躍したアーティストが、それぞれに創意を発揮した作品としても重要な価値をもつものです。



●2015年4月25日(土)午後2時開演
料金=大人1000円、18歳以下500円(入館料別途)

当日は東武東上線東松山駅東口11時12分発、13時12分発、または高坂駅西口12時7分発の市内循環バス唐子コースをご利用ください。
※その他の交通手段:お車または森林公園駅南口からタクシー、つきのわ駅南口から徒歩27分(駅窓口で地図がもらえます)。


【作品紹介】

 

『松川事件 1951』(1951年)
製作:人民幻燈協会、(日本労農救援会)
福島大学松川資料室所蔵オリジナルプリントから複製したニュープリントを上映

1949年8月17日未明に福島県松川町付近で発生した列車転覆事故の犯人として、東芝松川工場及び国鉄の労働組合員20名が逮捕・起訴され、翌50年に死刑を含む有罪判決を受けた「松川事件」の被告救援運動の一環として製作された。松川事件に関連する多数の映像作品の中でも最初期に属し、事件のイメージの原型を描き出した作品といえる。
フィルム及び説明台本に作者名は一切記されていないが、画家の桂川寛自伝『廃墟の前衛』に、1951年に都立大学「歴研」の学生と「「松川事件」のための紙芝居絵やスライド画」を描いたとする記述があり、一部のコマの画風が桂川のものと一致することから、桂川と都立大歴研の学生たちの共作により、1951年に製作されたと考えられる。


 

『野ばら』(1952年)
原作:小川未明
製作:人形劇団プーク
配給:光影社
脚色:高橋克雄
演出:川尻泰司
美術:田畑精一、石井マリ子
撮影:佐竹晴雄
制作:厚木たか
神戸映画資料館所蔵フィルムを上映

光影社の依頼により人形劇団プークが製作した「世界名作物語」シリーズの1本。人形劇の舞台の実況を撮影したものではなく、当時のプーク劇場の裏手にオープンセットを手作りして撮影され、実在する植生や本水を使ったリアルで立体的な空間デザインが印象的な作品となっている。大画面の映像に対応した屋内セットの細かい作り込みも見事である。鮮やかな色彩はモノクロポジフィルムに手で着色することにより作り出された。
第4回世界青年学生祭文化コンクールで名誉賞受賞。


 

『山はおれたちのものだ』(1954年頃)
製作:奥多摩山村工作隊
配給:日本幻灯文化社
神戸映画資料館所蔵フィルムを上映

1951年、反米武装闘争路線に傾斜する日本共産党の非公然組織として結成された山村工作隊は、立川米軍基地へと電力を供給するための「軍事ダム」とみなされていた小河内ダムの建設阻止と、封建的地主からの山村民解放のため、西多摩へと派遣された。山村工作隊が、アジビラ、新聞といった印刷物のほか、紙芝居と幻灯を活用した文化工作を行ったことは知られているが、本作はそうした文化工作の実態を伝える数少ない貴重な現物資料である。
小河内ダムの建設状況についての台本中の記述から、1952年3月の小河内ダム建設阻止のための破壊工作が失敗に終わり、工作隊の活動が、地元住民に向けた医療衛生及び文化芸術中心の工作へと路線を転じて以降に製作されたことが推察される。また、台本及びフィルム上には製作年の表記はないものの、フィルムの製造年を示すエッジコードは“1954”とあるため、おそらく1954年以降の製作と考えられる。


 

『平和のかけ橋 李徳全女史来訪記録』(1955 年?)
製作・配給:日本幻灯文化社
神戸映画資料館所蔵フィルムを上映

1954年10月、当時の衛生大臣・李徳全を団長とする中国紅十字会代表団10名が、日本赤十字社、日中友好協会、平和連絡会の三団体の招聘により訪日を果たした。当時、中華人民共和国と日本の間には正式な国交がなく、李徳全以下紅十字会代表団は、新中国成立後最初に日本を訪問した要人として、各訪問先で熱狂的な歓迎を受けた。この幻灯は李徳全一行の日本での全行程の記録写真を構成したもので、説明台本中の記述から、おそらく1955年に完成したものと考えられる。
松川事件の武田久被告の母と李徳全の握手、平塚らいてうの挨拶、当時争議中だった日鋼室蘭の労働者による歓迎など、興味深い情景が多数含まれているが、とりわけ赤松俊子(丸木俊)が李徳全に贈った油彩画『鳩笛』のショットが、モノクロではあるが、現在は所在不明のこの作品の存在を伝える貴重な記録といえる。

●上映後、トークセッション「1950年代文化運動と幻灯」
出演:鷲谷花(早稲田大学演劇博物館招聘研究員)、鳥羽耕史(早稲田大学)、道場親信(和光大学)