2013年度 特別展示

鄭周河写真展 奪われた野にも春は来るか

2013年4月16日(土)〜5月5日(日)

韓国の写真家・鄭周河による原発事故後の福島の風景写真。タイトルは、植民地時代の詩人・李相和の詩からとられている。震災から2年、福島県南相馬市、埼玉県東松山市、東京都内の3か所をめぐる写真展。



これまでの企画展

1999〜昨年までの企画展の案内はこちらのページをご覧ください。


鄭周河写真展 奪われた野にも春は来るか 2013/4/16-5/5

2011年3月11日、日本の東北地方を千年に一度といわれる大地震と津波が襲い、その翌日、福島県にある東京電力第一原子力発電所で水素爆発が起こった。その後、炉心溶融という「過酷事故」に至り、十数万人の人々が故郷を捨てて避難することになった。
私が韓洪九教授、高橋哲哉教授などと原発事故被災地をまわったのは2011年11月のことだ。その小旅行に、写真作家・鄭周河さんが韓国から参加した。この時から、鄭さんは何回か現地を訪れて撮影した作品を1冊の写真集にまとめ、ソウルの平和博物館で展示会も行った。そのタイトルは、植民地時代の詩人・李相和の詩からとって「奪われた野にも春は来るか」と題されている。李相和の時代、朝鮮の土地を奪ったのは日本帝国主義であった。いま、福島の人々は自国の政府と企業によって土地を奪われた。はたして前者で後者を比喩することは許されるのか?…これは、日本人と朝鮮人に投げかれられたきびしい問いである。
鄭さんの作品には、人物がほとんど映っていない。郡山朝鮮学校のグランド、萱浜の海岸、老人ホームの壁、錦繍を身にまとった霊山の山々までも、写された光景はみな美しく、どこか空虚である。まるで観光絵葉書と見まちがうような華麗な風景を見つめながら、私たちはぎこちなさや不安を感じることになる。ここにいた人たちに何が起こったのだろう?その人たちはどこに行ったのだろう?…放射能という目に見えないものを写すという、不可能ともいえる仕事に彼はこういう形で挑戦したのだ。
この度、福島県南相馬市、埼玉県東松山市、東京都内の3か所で、この作品の展示が実現することになった。日本の人々が鄭さんの作品に接した時、その心の中になにが起きるだろうか?震災と原発事故からすでに2年。時は確実に巡り再び春は来る。あれほどの出来事を経験したというのに、もう忘却の気配が色濃く漂いはじめている。鄭さんの作品と李相和の詩に導かれて、ひとりひとりの痛みと苦悩に改めて想像を馳せてみる時である。
             徐 京植 (作家・東京経済大学教授)

鄭周河氏の作品が原爆の図丸木美術館で展示されることの深い意味を予感しています。瓦礫の浜が朝焼けに燃え、大空を烏が乱舞する1枚の写真。そこに、大地を覆う放射能と捜索さえされず埋もれた骸を、フクシマ後の世界を、私たちは「視る」のです。丸木夫妻は、髑髏が埋め尽くす「原子野」としてヒロシマ後の世界を描き、死んでなお差別された朝鮮の人々を「烏」で描きました。人類が生み出してしまった二つの世界が交差する空間で、「奪われた野にも春は来るか?」という歴史的な問いに、今私たちが向き合わなければならないのです。
             小寺 隆幸(原爆の図丸木美術館理事長)


オープニングトーク

4月16日(火)午後2時
鄭周河さんをお迎えします。東海林勤牧師の講演も予定しています。
参加自由(当日の入館券が必要です)
当日は、午後1時に東武東上線森林公園駅南口に美術館の送迎車が出ます。