2011年度 企画展

第五福竜丸事件
ベン・シャーンと丸木夫妻

2月26日(土)〜4月30日(土)

第五福竜丸事件を主題にした丸木夫妻の原爆の図第9部《焼津》、第10部《署名》とともに、都立第五福竜丸展示館の協力により ベン・シャーンの「Lucky Dragon」シリーズを展示して第五福竜丸事件を読み直す企画です。
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チェルノブイリから見えるもの
貝原浩『風しもの村 チェルノブイリ・スケッチ』を中心に

5月3日(火・祝)〜6月25日(土)

放射能に汚染された村でつつましく、たくましく生きる人々の暮らしを鮮やかに描いた叙事詩のような壮大な絵巻。
5月5日の開館記念日には、貝原さんと共にベラルーシを訪問した小室等さんにコンサートをしていただきます。
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丸木位里・俊絵本原画展

7月2日(土)〜9月3日(土)

丸木夫妻が手がけた名作絵本の原画を紹介する大々的な絵本の企画展。
同時開催の《ハロー・ディア・エネミー!80作品展》では、ドイツのミュンヘン国際青少年図書館が選んだ、 平和を考える世界の絵本80作品の展示。
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追悼・大道あや展

9月6日(火)〜10月15日(土)

2010年9月14日に101歳で逝去した大道あや(丸木位里の妹、丸木スマの娘)の追悼展示。
県内初の公開作品を多数含む予定です。
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今日の反核反戦展2011

10月22日(土)〜12月3日(土)

画家・池田龍雄さんを呼びかけ人に迎える。
針生館長の遺志を引き継ぎ、誰でも自由に参加できる反核反戦をテーマにした展覧会。
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丸木スマ展

12月17日(土)〜2012年2月4日(土)

70歳を過ぎて絵筆をとった丸木位里の母スマは、約10年の画家生活で天衣無縫な作品を次々と書き上げた。
スマ単独の展覧会は4年ぶりになります。どうぞおたのしみに。
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生誕100年丸木俊展

2月11日(土)〜5月18日(土)

1912年2月11日に生まれた丸木俊の生誕100年記念展。
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これまでの企画展

1999〜昨年までの企画展の案内はこちらのページをご覧ください。


反核反戦2011

出品者リスト  会期中イベント

〈反核・反原発の旗を掲げよう〉 池田 龍雄(画家)

2011年3月11日、東北地方太平洋の沖合で、地球がちょっと身震いした。

地球にとっては、ほんのちょっとだが、人間にとっては‘ちょっと’どころではない、この上なく甚大な災害である。
自然の力というものは、本来そのようなものなのだ。
太古より、人間は自然をそのようなものとして畏敬し、その偉大な力を「恩恵」として受け取りながら、身の丈に合わせ、 つつましく暮らしてきた。
その中で懸命に、芸術を創り続け文化を育て上げたのである。

それが、どこでいつ頃から道を違えたのか、自然を、己れの欲望とその果てしない拡大のために思うまま利用して憚らない、 とする自分本位の反自然的方向に歩きだしてしまった。
近代ヨーロッパが、科学・技術を急速に発達させ、蒸気の力や電気の力を利用することを覚え、地球が数億年をかけて 貯えたエネルギーを遠慮会釈なく掘り出し、それで機械を動かし、物を、より便利な物を、そして更に便利な物を、 という具合に、資本主義制度の下、金儲けにつながる発明発見を貪欲に取り入れ、互いに熾烈な生存競争を繰り返しながら、 遂に今日のエネルギー大量消費型科学技術万能文明を築き上げた。
今や、いわゆる先進国の多くの人々は、「自然」即ち我らすべての生きものを生み育ててくれているこの大自然への、 感謝の心も畏怖の念も何処へやら、神も悪魔も顔負けの、便利で快適で贅沢な、しかし逆に危険が一杯のこの 科学技術文明の中にどっぷり浸かっているのだ。

更に言えば、その生存競争の中での極悪の手段である「戦争」に勝つために、より一層効率よく人を殺し物を壊す武器を 出現させたのも、やはり同じ科学技術に他ならない。
いや逆に、むしろ戦争が、つまり、新しい武器の開発や、勝つための戦略・戦術・作戦上の必要性が、科学技術の急速な 発達を促した、と言うべきかも知れないが……。
電信、電話、そしてコンピューターによるIT技術の目覚ましい進歩、はたまた、地球上のあらゆる情報を瞬時にやりとり できるネットワーク、それら今日の恐るべき科学技術発展の裏には、殆ど戦争の影が付きまとっていると言っても過言では あるまい。

だが、もっと恐るべきは、前世紀半ばのあの戦争が、遂に、禁断の領域とも言える原子の内部、その核が内包している 膨大なエネルギーに目を付け、たった一発で大都市一つわけもなく壊滅させ得る威力を持った究極の爆弾を完成させたこと だろう。
日本人であるわれわれは、既に勝利を確実にしていたアメリカが、殆ど「試験的」もしくは「威力を誇示するため」という 程の理由で、それを「ヒロシマ」と「ナガサキ」に投下したことを断じて忘れるわけにはいかない。
あれは卑劣な不意打ち、一瞬にして数十万の無辜の市民を殺傷した史上最大のテロともいうべき残虐な行為であった。

にもかかわらず、戦後、そのような魔力を秘めた「核」を「平和的」に利用する、と称して「原子力発電」なるものが 開発され、推進されたのである。
ヒロシマを経験したわが国としては、当然、それを拒むべきであった。
事実、心ある人々は断固として拒絶・反対に立ち上がったし、終戦直後、広島の惨状をこの眼で見て、核エネルギーの 凄まじさを実感していたわたしもまたその一員だった。
「広島には向こう二十年放射能が残って草木も生えないだろう」と聞いた言葉が耳にこびりついていたからである。
如何に「平和利用だから」とはいえ、永久に死なない人間はいないのと同様、絶対に壊れない機械や装置などこの世には ありえないのだ。
むろん、自然現象に「想定外」もまたありえない。それなのに「安全です。絶対安全」と言いくるめるのは、当事者の 自己保身のための無責任な嘘であり、ごまかしでしかないのは明らかであろう。

1960年代以降、原子力発電所の建設地とされた地元では、身近に危険を予知して激しい反対運動が起きた。
しかし、アメリカの世界戦略に乗ぜられてか、はたまたその後の電力需要の増大を見越してか、その両方合わせてか、 いずれにせよ時の政府は、原発推進の政策をとって電力会社を後押しし、金をばらまいて反対運動を押さえ付けた。
わたしの見るところ、その構図は基地反対闘争の場合と全く同じである。
その意味でも「原発」には、放射能の危険の後ろにまた別の危険が潜んでいると考えなければなるまい。

ところで、この度の事故で、放射能のこのような恐ろしさ――ひとたび崩れ出し暴れ始めたら、容易に人の手を 寄せ付けないという、自然の奥底、原子核の内に秘められた恐るべき力――が、「ヒロシマ」から六十有余年を隔てた 「フクシマ」で、再び白日の下に曝け出されたことになる。
これは、紛れもなく戦争と同列の人災である。

だから「反核・反戦」の旗を掲げたこの展覧会としては、これを機に、はっきりと「反核・反原発」すなわち、全ての 核爆弾の廃絶と共に、全ての原発の廃止の声を上げるべきではないか。
その際、「では電力はどうするのか」などという、政治家や財界のお偉方のするような心配は無用だ。
そのようなことに頭を悩ます前に、おのれ自身の生活を原発などはなかった頃に戻すことを考えればいいのである。
歴史を逆行させよという意味ではない。
当時も、人間は今と同じくしっかり生きていた。
無理に原子の領域にまで手を出したりしないでも、それでもまともに生きてきた。
だから、できない話ではない、そのような地点に素足で立って質素、謙虚に仕事をすればいいのである。
思うにそれこそが、われわれ美術に携わる者に可能であり且つ為すべき役割ではなかろうか。
また、それこそが、この大災害に遭遇した人々、なかんずく、原発事故によって二重の被害を蒙った人々と、 深く心を通わし励まし合う道ではなかろうか。
たとえ、長く遠い道であろうとも……

たぶん、去年あちらに旅立った針生一郎も、同じその道に立って声援を送ってくれるに違いない。
(2011年4月21日)

オープニングイベント 講演とパフォーマンス

日時:10月23日(日)
 午後2時

講演:池田龍雄(画家・「今日の反核反戦展2011」呼びかけ人)
パフォーマンス:奈良幸琥、佐藤誠抱、小林芳雄、フォークグループあじさい、山田裕子、+【南阿豆+濁朗】

当日の入館券をお持ちの方はどなたでもご参加いただけます。
※午後1時半に森林公園駅南口に送迎車が出ます。

特別出品 平野亮彩

平野亮彩さんは2011年6月1日に88歳で逝去されました。
生前、丸木位里と親しく、「東松山に来たら」と誘われたのがきっかけで、東松山に引っ越しました。
この作品は3.11以降描いた作品です。どんな想いで描いたのでしょうか……。
亡くなるまで位里・俊と同じく社会を見つめ、理不尽なことに怒り、絵を描いていました。
この絵にも自分の最後の想いがこめられていると思います。
平野さんのアトリエは、いつも大きな絵で埋まり、私達が訪ねると絵のことを夢中になって話してくれたのを思い出します。

平野亮彩
劫火3.11
2011年

出品者

相本 みちる
蓮華紋
2011年 100*1000*10cm
青山 穆
黒い水
2011年 90*65cm
畔蒜 克則
風の儀式
2011年 10*15cm
飯田 俊人
Las amigas(友よ!)
2011年 60*80cm
井口 通太郎
black story ―間―
2011年 68*115cm
池田 龍雄
「蝕」―津波―,「壊」―原発―,「萌」―復興―
2011年 53.5*38.5cm*3点
市川 かおる
甘 蕉
2011年
稲垣 三郎
気の軋む
2011年 80*60cm
※写真は参考作品「動乱前夜」
井上 活魂
つながれた入居者
2011年
※写真は参考作品「ヘルパーさん」
上野 秀一
風20111(Breeze of faint pink)
2011年 91*72.7cm
潮田 友子
堆積作用/Green
2011年 82*82cm
江口 シュウ
ふたり
2011年10月 72.7*91cm
大津 年雄雄
〜それから66年、またもや核禍、その陰では、一時政変で休眼したものの蠢かせ、大手を振って戦争・ 人殺しが出来る憲法にしようと、一歩一歩すゝめている現実。見逃してはならない。太陽暦 '11年
※写真は参考作品「人人の悲願、尊い平和、その希究を未来へも」
大平 奨
景 N-31
2011年 53*45.7cm
※写真は参考作品「景 N-30」
小川 猛志
破滅の種子
2011年10月 100*100*60cm
※写真は参考作品「破滅の種子」
小畑 和彦
廃棄された左手
2011年 100*100*30cm
※写真は制作途中
影山 あつこ
2011.3.11. 14:46
2011年 50*50*70cm
加藤 世紀
シクラメン
2011年 91*73cm
上條 明吉
レクイエム
2011年 縦30号
※写真は参考作品「暗い空」
喜屋武 貞男
沖縄の雲
2011年 51.5*73cm
草薙 静子
彼岸花
2011年 90*70cm
※写真は参考作品「彼岸花」
國重 陽子
鳥―窓
2011年6月 73*91cm
黒田 オサム
ちんぷんかんぷん
2011年 B3
※写真は参考作品
光山 茂
ゴールドニア・アキシラリスのある非日常4
2011年 73*91cm
小林 成行
通りすぎた記憶
2011年 72.9*90.8cm
小林 政雄
捧げる
2011年10月
※写真は参考作品「草の中」
小林 芳雄
両面的心象風景 Double-sided Landscape
2011年 100*100*100cm
※写真は丸木美術館でのパフォーマンス(2002年)
小堀 八千代
誕生
2011年9月 91*91cm
小堀 令子
THE Net(今 何時?)
2011年 91*61cm
近藤 あき子
No Nukes. Sorry for the cows.
2010年 92*73cm
斉藤 禮子
脳写―脳がシャッターを切った瞬間
2011年 90.9*72.7cm
酒向 節子
壊れる
平成21年 74*92cm
佐々木 徹
少女
2011年 65*53cm
佐藤 誠抱
『父と暮らせば』前口上
井上ひさし作『父と暮らせば』より
2011年 90*70cm
佐藤 俊男
2011.3.11 East Japan
2011年 200*100cm
塩川 吉廣
原爆ドーム
2011年9月 91*72.7cm
篠島 実
…多くの「オノダマサエ」さんを忘れないように…
2011年 A1
鈴木 文枝
瞬間
2011年 F15号
鷲見 純子
土下座する原子力
2011年 30*42.5cm
清野 光男
メタルレイン 11-B フクシマ
2011年
セキ ジュン
復活の技法
2011年 72.7*90.9cm
千正 博一
大量死
2011年
武田 美通
大き骨は……
2011年9月 90*80*30cm
田島 和子
灰色の虹―欲望のゆくえ、大地は、海は、命のサイクルは?
2011年 109*79cm
橘 良子
2011春〜そして……
2011年 45*60cm
建畠 朔弥
HORIZONTAL 3BOXES
2002年
田中 栄一
碑(風化)
1995年 116.7*91cm
谷口 僚
3.11 JAPAN・富獄眩景『北災』
2011年 65.1*91cm
出店 久夫
仏陀の華
2011年 80.5*99cm
中谷 美弥
なくそう原発
2011年9月
中村 安子
3・11後、岩手県にて
2011年9月 90*30cm
永松 健
平和に暮らしているのに……
2011年9月 80.3*65.2cm
奈良 幸琥
白き龍に捧ぐ(3.11への想い)
2011年 150*150cm
※写真はパフォーマンス
ノブキ ソウイチロウ
戦災口伝
2001年から2011年 26分/100*100*100cm
原 健吾
廃炉にて
2011年 91*46cm
※写真は参考作品「ゆめゆめ」
原 弘
'011 内面空間C
2011年
ヒーロー 伊藤
I loved this sea.
2011年 91*72.7cm
平松 利昭
緑の太陽
2011年 61*74cm
藤谷 美貴雄
あなたは私を見ている
2011年 52*90cm
+[南阿豆+濁朗]
アリアドネの糸からのエチュード
10月23日オープニングでのみパフォーマンス
※写真は2010年発表作品「コダマ」、撮影:志ん弥
古田 由美子
時の門
2011年
星野 文昭
五月 雨の日、帰る道の会話(他1点)
2010年 25.7*36.4cm
堀川 紀夫
一つの眼
2011年10月 60*45*6cm
本多 和夫
3.11 福島
2011年 72.7*90.9cm
本多 文代
鹿島灘ハマナス公園海岸
2011年 60.5*72.7
前山 忠
核の視界2011
2011年 30*40cm
町田 昌之
幻影
2000年
※写真は参考作品「赤い月」
松浦 延年
BLUE173 the earth
2011年 51.5*73cm
万年山 えつ子
20年前に原発のお葬式をやったのに!
2011年10月
写真協力:今井明 写経協力:古畠邦芳
※写真は参考作品「死をむだにしないで」
三木 祥子
eARTh #204
2011年 42*59cm
水谷 イズル
レクイエム
2004年 46*92cm
※写真は参考作品「カンボジアキリングフィールドより『彼の体は闇に喰われた』」
満窪 篤敬
黒いスケッチブックシリーズより 鳥
1999年 100*80.3cm
南 照子
SHIN化―2011
2011年 90*60cm
宮下 泉
ルート16
2011年 66.4*90.1cm
宮部 真知子
乱舞
2001年
村田 訓吉
※写真は参考作品「私達は愛と平和と青い地球が大好きです。この指とまれピースタワー」
望月 裕子
核―2011
2011年
薬師寺 波麻

2011年
八鍬 瑞子
汚染台地
2011年 56*25cm*2枚
柳 賢男
「わ」は平和の輪
2011年 91*73cm
山川靖夫
臣民U
2011年 F20
山口 カンナ
捨てられる多くの物達
2011年 66*90cm
※写真は参考作品「子供」
山田 實
不戦の記号
2011年 91*73cm
山田 裕子
笑い猫とめぐちゃんズ
2011年 M30
山内 佳子

2011年 60.6*72.8cm
山本 文子
歴史に学ぶ
2011年 73.5*92.9cm
横前 裕子
あの日
2011年 65.2*50cm
吉岡 セイ
時の棺
2011年 92.3*74cm