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武田美通展 戦死者たちからのメッセージ


2010年 17日−

協賛:武田美通・鉄の造形「戦死者たちからのメッセージ」を広める会

出展作品  会期中イベント 


被爆、そして黒い雨が……(2010年 鉄 130×40×50cm) 軍馬は還らず(2010年 鉄 90×40×45cm)

水ヲクダサイ(2005年 鉄 30×40×30cm)

遥かわが祖国、日本の皆さまへ

私たちは、かつての太平洋戦争中、天皇陛下のため、
お国のためにと戦場に駆り出され、戦死していった兵士たちです。
当時はみな二十歳前後の前途あるはずの若者でした。
空に、陸に、海に、いま思い出すのさえ恐ろしい、あの地獄の戦線で、
私たちは、武器弾薬はおろか、食料さえもが補給途絶するなか、郷土の名誉を担って、
最後の一兵となるまで鬼神も哭く壮絶な戦いをしました。
無謀、不条理な作戦命令のもと、私たちは圧倒的な銃砲火にさらされ、
病にあるいは飢餓のなかで斃れていったのです。
トカゲや蛇、サル、昆虫などは勿論、わが身の銃創にわく蛆まで食べつくしての戦いでした。
私たちの骨は、いまなお、南方の島々や、東南アジア、中国大陸、沖縄や硫黄島、
そして太平洋の海底に散らばっています。
私たちは、みな祖国日本が二度と戦争のない、
戦争をしない平和な国であれと祈りながら最期を遂げました。
敗戦後、日本に新憲法が制定され、その非戦の誓いのもと繁栄を続けてきたと聞いています。
これなら私たちは安心して後世を託し、
安らかな永遠の眠りに就くことができるものと思っていました。
ところが最近になって、私たちが愛してやまない故郷日本が、
再び戦争のできる国になろうとしているとの気配を感じ、
私たちの眠りは破られました。私たちはあなた方に問いたい。
他国に数千万人の犠牲を強い、私たち兵士二百五十万人民間の方々を含めれば
三百四十万人にのぼる命で購ったはずの教訓を忘れてしまったのでしょうか。
何を血迷っているのか!
再び日本が戦争の道を歩もうとするなら、
私たちにとってこれほどの悲しみ、嘆き、怒りはありません。
かつての激戦地に散乱するわが身の骨片を拾い集め、
白骨の鬼となって、私たちは愚かなものに向かって決起します。
どうか私たちの愛する後世の若い人々よ!私たちの死を無駄にしないでください。
そして遥かなる故郷の平和な風景を夢に見ながら、
なつかしい父や母、兄弟姉妹、友人たちの面影に暖かく抱かれながら、
どうか安らかに眠らせてください。


武田 美通
たけだ・よしとう

 1935年北海道小樽市生まれ。皇国の少年として育ち、国民学校(小学校)1年生のとき太平洋戦争に突入、4年生で敗戦を迎える。幼児期から少年期にかけての体験が、その後の人生の原点となる。
 ひとつの時代、ひとつの社会がつくられていくメカニズムを学ぼうと早稲田大学で社会学を専攻。
 自分の目で真実を確かめたくて、ジャーナリストを職業に選び、「60年安保」取材を皮切りに激動の昭和の後半のできごとを目撃してきた。
 36年間のジャーナリスト生活のなかで、とくに自衛隊やアメリカ海兵隊の従軍的取材に力を入れ、少年の頃からのテーマ「戦争とは…国家とは…軍隊とは…」を問い続けてきた。
 60歳を機に、鉄を打ちたくて造形作家の道を歩む。作品群「戦死者たちからのメッセージ」は、これまでの制作活動の集大成であり、次世代へのメッセージでもある。


会期中のイベント
◆7月17日(土) 午後2時より
企画展オープニングイベント
対談「戦死者の声をどう聞くか」
武田美通×杉田明宏(大東文化大学・平和学)
※参加自由。当日の入館券が必要です。
※当日13時30分に東武東上線森林公園駅南口に美術館の無料送迎車が出ます。

◆8月6日(金) 12時より
丸木美術館ひろしま忌
被爆体験者の講演・野外合唱コンサート・とうろう流しなど
※当日は入館無料です。


靴を喰う兵士(2003年 85×90×74cm)



出展作品一覧


作品名 制作年 寸法 材質/技法 備考
1 白骨街道 2009年2月 145×85×80 個人
2 飢餓地獄 2008年11月 155×40×60 個人
3 一瞬の閃光が少年と犬を貫いた 2005年6月 90×58×50 個人
4 残された数秒の母子のいのち 2003年5月 65×45×37 個人
5 茨木のり子の詩「木の実」に寄せて 2007年4月 100×35×37 個人
6 帰還兵 2007年11月 160×43×60 個人
7 軍馬は還らず 2010年1月 90×40×45 個人
8 特攻兵士の問いかけ 2004年3月 170×50×55 個人
9 陸軍兵士の問いかけ 2003年2月 160×110×80 個人
10 出陣学徒兵士の問いかけ 2003年11月 160×85×53 個人
11 靴を食う兵士 2003年8月 85×90×74 個人
12 遥か祖国を目指して 2006年5月 70×70×75 個人
13 歌い継ぎ語り継ぎゆかん沖縄戦の地獄を 2007年5月 80×40×55 個人
14 いまなおジャングルの奥深く 2005年6月 150×60×40 個人
15 別れ、餞別に一口の水を 2006年12月 45×65×68 個人
16 別れ、餞別は自決用手榴弾 2006年11月 84×55×70 個人
17 被爆、そして黒い雨が…… 2010年4月 126×45×45 個人
18 飢えて土を掘る 2006年2月 30×40×40 個人
19 いまなお太平洋の底深く 2005年10月 70×100×110 個人
20 一滴の水を求めて 2004年1月 60×50×70 個人
21 自決 2004年9月 20×73×48 個人
22 水ヲクダサイ 2005年3月 30×40×30 個人