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丸木スマ・大道あや展

命を織りなす絵画


2009年13日−


作家略歴  出展作品


ひまわり(丸木スマ 制作年不詳 原爆の図丸木美術館蔵) しゃくやく(大道あや 制作年不詳 個人蔵)

 2008年夏に相次いで大規模な展覧会が開催され、注目を集めた母子の画家・丸木スマと大道あや。
 ともに人生の老境にさしかかってから絵筆を持ちはじめた二人は、色彩豊かで生命のよろこびがあふれ出るような世界を描き出し、見る人の心を動かしました。
 花や生きものたちに注がれる二人の視点は、一見よく似ています。
 しかし、自然と一体になって心の向くまま奔放に筆を走らせたスマに対し、あやは対象をじっくり観察し緻密な筆づかいで画面の隅々まで気を配るなど、二人の絵には本質的な違いも感じられます。
 今回の展覧会では、約50点のスマの絵画を中心に、丸木美術館近在の方が所有するあやの絵画を数点ご紹介いたします。二人の作品を対比することのできる貴重な機会になることでしょう。

 スマとあやが絵をはじめたきっかけには、丸木位里・丸木俊夫妻の存在が大きく関わっています。
 スマの絵の面白さを見いだし、画家活動を積極的に応援した俊。
 あやに「絵の極意を教えちゃる」と言い、東松山への転居を誘った位里。
 丸木美術館の常設展示室には、位里・俊の描いた《原爆の図》や、個人制作の水彩画、油彩画もならんでいます。
 丸木家4人の画家それぞれの豊穣な絵の世界を、どうぞお楽しみください。

梅が咲く(丸木スマ 1952年 原爆の図丸木美術館蔵)


にが瓜の歌(大道あや 1983年 個人蔵)



作家略歴


広島の丸木家の家族写真(1941年撮影)
前列左端スマ、後列左から俊、あや、1人おいて位里

丸木スマ (まるき・すま)
丸木スマ(1875-1956)は広島県安佐郡伴村(現広島市安佐南区)に生まれました。
幼い頃から野山を駆けまわり、生きものたちと心を通わせて成長した彼女は、20歳で飯室村の丸木金助と結婚。
家業の船宿業や家事のほか、畑を耕し、野草を摘み、魚やカニをとり、蚕を育てるなど目まぐるしく働きながら、長男で水墨画家の位里、長女で後に画家となる(大道)綾子ら3男1女を生み育てました。
やがて広島市内の三滝町に転居し、1945年に原爆を体験。翌年春に夫・金助を失います。
その後、位里の妻・俊に絵を勧められ、70歳を過ぎてはじめて絵筆をとると、常識にとらわれない自由奔放なスタイルで生きものたちや自然の姿を描き、周囲を驚かせました。
1950年に第4回女流画家協会展に初出品、翌1951年には再興第36回院展に初入選。
院展にはその年から3年連続で入選して院友となり、一躍「おばあちゃん画家」として注目されました。1952年には広島の福屋で大規模な個展も行っています。
作家の水上勉は、スマの絵をひと目見て感動し、「ながい歳月を耕して生きた人の暦」「暦の根に雪をかぶって凍てていたものが、春の光をあびて、裂け目から噴出し、素朴な交響曲を奏でている」と絶賛しました。
その大らかで生命のよろこびにあふれた絵画は、今も多くの人に愛され続けています。

大道あや (だいどう・あや)
大道あや(1909-)は、広島県安佐郡飯室村(現広島市安佐北区)に生まれました。
母は後に「おばあちゃん画家」として知られる丸木スマ、長兄は水墨画家の丸木位里です。
安田高等女学校を卒業後、広島市内で美容師や花火屋などをして働きますが、花火工場の事故で夫と死別。
やがて兄の位里に「絵の極意を教えちゃるけん」と言われて埼玉県東松山市の原爆の図丸木美術館に移り住み、畑仕事などをしながら本格的に絵を描きはじめました。
1970年の第24回女流画家協会展に《にわとり》など2点を初出品。翌1971年には《野育ち》で再興第56回院展に初入選。
その後も、1974年に第28回女流画家協会展O夫人賞、1976年に絵本『こえどまつり』で第6回ブラティスラヴァ世界絵本原画賞優良賞を受賞し、女流画家協会会員や院友となって活躍しました。
母スマの絵を思わせるような自然を鋭く見つめる観察眼と、細部まで丹念に描写する独自の表現力は今も多くの人の人気を集めています。
後には栃木県下都賀郡野木町や埼玉県入間郡越生町に転居し、1987年には越生町大満に母スマと自身の絵を紹介する「オッペ美術館」を開館しました(現在は閉館)。
現在は広島市内で孫とともに暮らしながら、今年4月にめでたく満100歳の誕生日を迎えています。


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出展作品一覧

大道あや (会期中展示替はありません)
作品名 制作年 技法 所蔵 備考 展示期間
にわとり 1970年 紙本着彩 学校法人塩原育英会 1970年女流画家協会展
にわとり 1975年 紙本着彩 個人蔵
蛇祭り 1978年 紙本着彩 小山市立博物館
にが瓜の歌 1983年 紙本着彩 個人蔵
しゃくやく 制作年不詳 紙本着彩 個人蔵
いが栗 色紙 個人蔵
色紙 個人蔵
お人形 色紙 個人蔵
子供たち リトグラフ 学校法人塩原育英会
古池に咲く リトグラフ 学校法人塩原育英会
丸木スマ (前期展示は6/13-7/12、後期展示は7/14-9/5、無記述は全会期展示作品)
作品名 制作年 技法 所蔵 備考 展示期間
わたしとクマ 1951年 油彩・紙 原爆の図丸木美術館
なすときゅうり 制作年不詳 水墨彩色・紙 原爆の図丸木美術館
二本の竹の子 制作年不詳 水墨彩色・紙 個人蔵
カッパ二人連れ 制作年不詳 水墨彩色・紙 個人蔵
河童 制作年不詳 水墨彩色・紙 原爆の図丸木美術館
太田川のかに 制作年不詳 水墨彩色、鉛筆・紙 個人蔵

カーネーションとにわとり

制作年不詳 水墨彩色・紙 個人蔵
すすきと太陽 制作年不詳 水墨彩色・紙 個人蔵
黒い鳥にあやめ 制作年不詳 水墨彩色・紙 個人蔵
夕立 制作年不詳 水墨彩色・紙 個人蔵
白い母猫 1 制作年不詳 水墨彩色・紙 個人蔵
白い母猫 2 制作年不詳 水墨彩色・紙 個人蔵
白い犬 制作年不詳 水墨彩色、鉛筆・紙 個人蔵
ほうせんかとくま 制作年不詳 水墨彩色・紙 個人蔵
母猫 1951年 水墨彩色・紙 原爆の図丸木美術館 1951年女流画家協会展 前期
おはなし 制作年不詳 水墨彩色・紙 原爆の図丸木美術館 後期
夏木立 1952年 水墨彩色・紙 原爆の図丸木美術館
稲刈り 制作年不詳 水墨彩色、鉛筆・紙 原爆の図丸木美術館
もみじ谷 1953年 水墨彩色・紙 原爆の図丸木美術館
1950年 水墨彩色、鉛筆・紙 原爆の図丸木美術館 前期
椿の咲く庭 1955年 水墨彩色・紙 原爆の図丸木美術館 後期
村の夕暮れ 1954年 水墨彩色・紙 原爆の図丸木美術館 1954年丸木スマ個展
柿もぎ 1949年 水墨彩色、クレヨン・紙 原爆の図丸木美術館 1954年丸木スマ個展 前期
ばくろう 1955年 油彩・カンヴァス 原爆の図丸木美術館 1955年女流画家協会展 後期
一粒百万倍 1950年 水墨彩色、鉛筆・紙 原爆の図丸木美術館
花と猫 1954年 水墨彩色、鉛筆・紙 原爆の図丸木美術館
にわとり 1953年 水墨彩色、クレヨン・紙 原爆の図丸木美術館 1954年女流画家協会展
梅が咲く 1952年 水墨彩色、鉛筆・紙 原爆の図丸木美術館 1953年女流画家協会展 前期
仙人A 1952年 水墨彩色、クレヨン・紙 原爆の図丸木美術館 後期
鳥の林 1952年 水墨彩色、クレヨン・紙 原爆の図丸木美術館 1952年院展
やさい 1953年 水墨彩色、鉛筆、クレヨン・紙 原爆の図丸木美術館 1954年女流画家協会展 前期
海の幸 制作年不詳 水墨彩色・紙 原爆の図丸木美術館 後期
内海の魚 1954年 水墨彩色・紙 原爆の図丸木美術館 前期
池の友達 1952年 水墨彩色、鉛筆、クレヨン・紙 原爆の図丸木美術館 1952年院展 後期
1955年 水墨彩色・紙,
屏風(二曲一隻)
原爆の図丸木美術館 1955年院展 前期
鳥まんだら 制作年不詳 水墨彩色・紙 個人蔵 後期
暮れる畑 1952年 水墨彩色、クレヨン・紙 原爆の図丸木美術館
花かげ 1953年 水墨彩色・紙 個人蔵
おんどりめんどり 1955年 水墨彩色・紙 原爆の図丸木美術館 前期
白い鳥 1951年 水墨彩色、鉛筆・紙 原爆の図丸木美術館 1952年女流画家協会展 後期
白椿 1952年 油彩・紙 原爆の図丸木美術館
あじさい 1949年 水墨彩色 原爆の図丸木美術館
黄菊白菊 1952年 油彩・紙 原爆の図丸木美術館
夏みかん 1951年 油彩、彩色・紙 原爆の図丸木美術館
つつじ 白 1952年 水墨彩色、鉛筆・紙 原爆の図丸木美術館 前期
実のなる花 制作年不詳 油彩・紙 個人蔵 後期
ゆりの花 制作年不詳 油彩・紙 個人蔵
カンナ 制作年不詳 油彩・紙 個人蔵 前期
ひまわり 制作年不詳 水墨彩色・紙 原爆の図丸木美術館 後期
生けた南天 1953年 水墨彩色・紙 原爆の図丸木美術館 1954年丸木スマ個展
ダリア 1952年 水墨彩色・紙 原爆の図丸木美術館
黄色い花 1954年 水墨彩色・紙 原爆の図丸木美術館
つわ蕗の葉 1952年 水墨彩色・紙 原爆の図丸木美術館