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オリーヴ・プロジェクト


Olive Project >> KEEP HOPE ALIVE

パレスチナ「オリーヴの樹キャンペーン」に応えて

  

2008年 46日[日]− 628日[土]

4/6オープニング 5/11イベント 出品作家一覧

オリーヴの木に寄せるプロジェクト
針生 一郎(丸木美術館館長)
ナチスのホロコーストに至る、多くの国々でのユダヤ人差別・迫害は忘れられないが、イスラエルの建国以来今日までの歴史もまた、それ以上にゆゆしい問題をはらんでいる。
19世紀末、ユダヤ人国家の夢をいだいたシオニストの一群が、アフリカや南米などになるべく人口の少ない候補地をさがしまわったあと、伝説上の「約束の地」とはいえ、130万以上のアラブ系住民が現にいるパレスチナを選び、帝国主義と同じ植民という手段で建国にむかう。
その間、西欧、東欧、ソ連などの列強は、自国からの厄介者払いのためそれを支援し、1948年のイスラエル建国を承認した。
だが、初代首相ベン・グリオンが「イスラエルに国境はない、必要な土地は奪いとるのだ」と言明したように、そのときすでにアラブ諸国と戦争中で、この中東戦争は1956年、67年、73年と第4次まで続き、いずれもアメリカの援助で近代装備を誇るイスラエルの勝利に終わった。
しかも、その占領地に居座って国内とともにユダヤ人の入植を促し、79年エジプトとの平和条約でシナイ半島からは撤退したが、東エルサレムとゴラン高原の併合を一方的に宣言した。

その間、パレスチナ人集落の襲撃はしばしばで、かつてはユダヤ人のローマ帝国からの追放と四散を意味した「ディアスポラ」を、パレスチナ人に運命のように強制した。
さらにイスラエルは1980年代に南アフリカと協定を結んで、ウラニウムを輸入して核武装をととのえたばかりか、秘密警察モサドの指令で核兵器をおどしに使う民衆弾圧のノウハウを、軍事独裁政権の多かった東南アジア諸国に売りこんでいることを、わたしは当時ドイツの週刊誌『シュピーゲル』の特集で知った。

だから、アメリカのブッシュ政権が国内のユダヤ人勢力に抗しがたいとはいえ、イスラエルの核武装は黙認した上で、「大量破壊兵器温存」のいかがわしい情報により、反イスラエルの急先鋒であるイラクに9・11への「報復」攻撃をむけたのは、おそるべき錯乱としかいいようがない。

もう一度パレスチナ人に戻ると、イスラエル占領以来彼らのせめてもの願いは、ユダヤ人とパレスチナ人の共存する国だったが、それはことごとく裏切られた。
だから、彼らの抵抗ないし自立の表現手段は、石を投げるくらいの「インティファーダ」しかないが、それとてイスラエル軍が出動して何倍もの犠牲者を出す始末だ。
しかも近年、イスラエル政府は長大な壁を築いて、パレスチナ人を狭い西岸地帯に追いつめるための工事中である。
ところで、壁の問題よりもっと知られていないのは、ローマ時代以来といわれる古木も多く、オリーヴ・オイルをとるための生活資財でもあるオリーヴの木が、イスラエル軍によってすでに50万本も引き抜かれた事実だ。

それに対して2002年、パレスチナYWCAと東エルサレムYMCAの共同事業として、オリーヴ畑に苗木を植樹するキャンペーンがはじめられた。
アメリカや日本を含む外国に住むものが、残留パレスチナ人への連帯を表明するには、さしあたりこのキャンペーンを支援するしかない。
そこで国際組織〈占領に反対する芸術家たち〉の呼びかけ人八鍬瑞子が、2004年各国のメンバーをパレスチナ現地に集め、樹齢千年をこえるオリーヴの古木や新しく植えた苗木を取材して、その経験を絵画、版画、彫刻、陶板、写真、ヴィデオ、インスタレーション、詩などの作品になるのを待ち、2006年東京のキッド・アイラック・アート・ホールで展観し、2007年パレスチナ各地を巡回した。
同年、広島市大の教員・学生を中心とする実行委が、ヒロシマで被爆した樹木とパレスチナのオリーヴを結びつける展覧会をひらいたように、一本または数本のオリーヴの木を通してイスラエル占領以来のパレスチナ人の運命を思うのが、出品作の特徴だ。
今度丸木美術館で展観されるのは、早くもその第6回だが、出品作家も30名に増え、作品もますます充実している。

2000年9月、イスラエルのリクード党首、シャロンの、エルサレム旧市街「ハラム・アッシャリーフ」強行訪問に端を発する第二次インティファーダ(*1)以来、引き抜かれたオリーヴ樹は50万本(2005年3月末)に及ぶ。
小豆島のオリーヴが7万本とのことだから、その全部が7回根こそぎにされたことになる数字である。

オリーヴ・プロジェクトは、イスラエル軍によって引き抜かれたオリーヴ畑に苗木の植樹を推進するパレスチナYWCAと東エルサレムYMCAの共同事業、「オリーヴの樹キャンペーン」支援のために2004年に立ち上げられた。
当時、東エルサレムYMCAの幹事だったジュデ・マッジャージの強い要望に「占領に反対する芸術家たち」が応えたものである。

2004年10月、世界各地から「占領に反対する芸術家たち」メンバーがパレスチナに集まり、ローマン・オリーヴ(*2)と呼ばれる古木をいくつも取材した。
作品になるのを待って、2006年5月、その1回展を東京、キッド・アイラック・アート・ホールの協力で開催、2007年1月から4月まで、ベツレヘム国際センター、ビルゼイト大学美術・博物館、東エルサレムのアルホーシュ画廊とパレスチナを巡回、同年7月、ヒロシマに遺った被爆建築のひとつ、旧日本銀行広島支店を会場に、被爆樹とパレスチナのオリーヴを結ぶ展覧会を、広島市立大学の教官・学生有志で構成する実行委員会が主催した。
丸木美術館展は第6回となるが、回を重ねるごとに新たな参加者を得、充実の度を増している。

絵画、版画、彫刻、陶板、写真、ヴィデオ、ドキュメンタリー、インスタレーション、詩と多様な表現を包含しつつ、ただひとつ「パレスチナのオリーヴ」にスポットをあてるこの国際展を、イスラエル建国から、つまりはパレスチナ人にとっての災厄、ナクバから60年の季節も今、オリーヴオイルさえ食卓から消えたガザで進行するジェノサイドとともに、多くのひとに観て欲しい。

ウラディミール・タマリ(東京) 
「彩色の空に紙鳥、オリーヴの枝」(コラージュ)



メアリー・テューマ(シャルロッテ、アメリカ)
「過去のオリーヴの魂を慰めるものたち」(彫刻)



スレイマン・マンスール(エルサレム) 絵画



吉川晶子(東京)「侵蝕」(写真)
占領に反対する芸術家たち  八鍬 瑞子
*1) ハラム・アッシャリーフに建つモスクの名から「アルアクサ・インティファーダ」と呼ばれるパレスチナ民衆蜂起
*2) ローマ時代のオリーヴかどうかわからないが、樹齢千年は珍しくない



〈オリーヴ・プロジェクト〉会期中イヴェント
◆4月6日(日) オープニング
14:00-15:00  講演『オリーヴェの樹キャンペーン』
                     川端国世(日本YWCA総幹事)
15:00-16:00  講演『パレスチナ現代美術事情』 八鍬瑞子
16:15- 乾杯・軽食(美術館前庭にて)


◆5月11日(土) 映画上映会
14:00-14:45  映画上映『レインボー』
          (41分、第14回地球環境映画祭大賞受賞作品
15:00-16:00  講演『パレスチナ映画事情』
     ナジーブ・エルカッシュ(ジャーナリスト、アラブ・アジア文化交流協会代表)



【出品作家(五十音順)】
遠藤大輔(東京)
大榎淳(東京)
フリーダ・ガットマン(モントリオール、カナダ)
リチャード・グレハン(東京/ベルファスト)
ミノル・コリン(パリ)
バーバック・サラリ(モントリオール、カナダ)
アブドゥッサラーム・シェファダ(ガザ)
セルヴァ・タジアン(プロヴァンス、フランス)
田島和子(東京)
ウラディミール・タマリ(東京)
ヴェラ・タマリ(ラマッラー)
常木みや子(東京)
クリスティン・ティルティナ(ベルファスト)
メアリー・テューマ(シャルロッテ、アメリカ)
ターレブ・ドゥエイク(エルサレム)
ペギー・パーウェル・ドビンズ(アトランタ)
ファテン・ナスタース(ベツレへム)
ラウィ・ハッジ(モントリオール、カナダ)
サーミア・ハラビー(ニューヨーク)
ナタリー・ハンダル(ニューヨーク)
レゼック・ボシュナック(名古屋/ガザ)
ベンジャミン・ヴォルタ(フィラデルフィア)
リサ・ヴィルタ(フィラデルフィア)
スレイマン・マンスール(エルサレム)
八鍬瑞子(東京)
吉川晶子(東京)
インガル・ヨナサン(ベツレヘム/ブルグスヴィーク、スェーデン)
ホスニ・ラドワーン(ラマッラー)