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2006年21日[火]―24日[金]

 核開発が始まってから60年以上が過ぎましたが、世界には、アメリカによる広島、長崎への原爆投下で生み出された被爆者以外にもたくさんのヒバクシャがいます。ヒバクシャは、アメリカ、旧ソ連(ロシア)、イギリス、フランス、中国などが行った核爆発実験と原子力発電所の事故、核兵器の製造と原子力発電の核燃料製造のもとであるウラン鉱石の採掘などでも生み出されています。
 ヒバクシャは放射能と放射線によって健康だけではなく心もむしばまれ、故郷の地を放射能で汚染されることで暮らしや伝統、文化なども失っています。
 私は、1978年以来、マーシャル諸島やアメリカ、カザフスタン、ロシア北極圏とオーストラリアの核実験場、事故を起したスリーマイル島原発とチェルノブイリ原発、アメリカやカナダ、オーストラリアと旧東ドイツなどのウラン採掘地と、日本をはじめ世界各地で開かれたヒバクシャ会議を取材してきました。しかし、放射能と放射線が眼に見えないことと同じようにヒバクシャの被害の実態も見えません。眼には見えませんが、ヒバクシャはいまなお放射能と放射線の被害にむしばまれ続けています。
また、世界のヒバクシャの実態はいまなお隠され、明らかではありません。
 生み出されたヒバクシャを救済し、これ以上のヒバクシャを生み出さないためには何をするべきかがいま問われています。
豊ア博光



南オーストラリア州中部の砂漠の真っ只中にある聖地ロクスビーダウンズで、
ウラン採掘に反対して座り込んだコカダ部族アボリジニの人びと
(1983年8月撮影)




マーシャル諸島クワジェレン環礁メジャト島
生まれつき心臓に障害のある子供をあやす
被曝者ナミコ・カーラル・アンジャイン
(1991年5月撮影)
豊ア博光(とよさき ひろみつ)
フリーランス・フォトジャーナリスト。日本写真家協会(JPS)会員。
「アトミック・フォトグラファーズ・ギルド」(1987年、カナダの写真家ロバート・デル・トレデシィが設立した核問題を撮影する世界の写真家グループ)会員。

1948年1月27日、横浜生まれ。1968年に東京写真専門学校(現、東京ビジュアルアーツ)報道写真科二部を卒業後、フリーとなる。
1969年から1970年まで、返還前の沖縄や在日朝鮮人・韓国人などを取材し、1973年にはアメリカ先住民族インディアンを取材、1978年から核問題の取材をはじめる。
1992年11月、横浜市で開かれた「第6回国際非核自治体会議」にコーデネイター兼スピーカーとして参加。
1995年12月、写真集
『アトミック・エイジ―地球被曝 はじまりの半世紀』(築地書館)で第1回「平和・協同ジャーナリスト基金賞」受賞。
2005年8月、
『マーシャル諸島 核の世紀』(日本図書センター)で「日本ジャーナリスト会議(JCJ)賞」を受賞。

展覧会関連企画
豊ア博光・作家トーク 『核の風下の人びとを追う』

3月11日(土)午後2時
丸木美術館企画展示室

参加自由(当日の入館券が必要です)

※当日午後1時、東武東上線森林公園駅南口に美術館の送迎車が出ます。

ネバダ実験場 
1962年7月、地下約190mで爆発された
水爆セダン(104kt。核融合爆発)実験で
できた直径約384m、深さ約96mのクレーター
(1980年6月撮影)