2004.1.6.(火)〜3.6.(土)

作家トーク
2月11日(水・休) 午後2時より

出演:大浦信行・嶋田美子・鷲見純子
司会:針生一郎(美術評論家・丸木美術館館長)

針生一郎・大浦信行・嶋田美子・鷲見純子(左より)
作家トークは、60人の参加者があり、無事に終了しました。
ありがとうございました。


作家トーク会場


トーク後、美術館庭で懇親会

大浦信行(おおうら・のぶゆき)


1949 富山県に生まれる
1975-85 滞米
1997 第2回エジプト国際版画トリエンナーレ展
    映像個展「遠近を抱えて」、ギャラリーマキ、東京
1998-2003 共同企画・制作「工芸的なるものをめぐって」展、ギャラリーマキ、東京
2002 映画制作・上映「日本心中 針生一郎・日本を丸ごと抱え込んでしまった男」、シネマ下北沢・大阪第七藝術劇場
2003 映画「日本心中」上映、金津創作の森ミュージアム・京都造形芸術大学
    「アジア・アートナウ」展、ソウル、韓国
嶋田美子(しまだ・よしこ)


1959 東京都下立川市に生まれる
1982 米国カリフォルニア州スクリップスカレッジ卒業
1993-96 滞独
2002 There、光州ビエンナーレプロジェクト2、光州
    East Asian Women and Herstories、国立女性センター、ソウル
    Empathy, フジカワ画廊、大阪
    Attitude 2002, 熊本市立現代美術館
2003 Seoul-Asia Art Now、マロニエアートセンター、ソウル
    City-net Asia, ソウル市立美術館、ソウル
    Trans-Okinawa, ハイウェイズ パフォーミングアートセンター、ロスアンジェルス
2004 International Symposium on Korean Diaspora Art(仮称),東京経済大学、東京
鷲見純子(すみ・じゅんこ)


1962 東京に生まれる
トキワ松造形美術短大卒、創形美術学校研究科修了
JAALA(日本アジア・アフリカ・ラテンアメリカ交流美術展運営委員)
個展
1990 真木画廊、神田
1996 ギャラリーSHIBAアート、大久保
1997 MSBギャラリー、銀座
2000 ギャラリー舫、銀座
2001 リーブGallery、横浜
2002 画廊MABUI、鶴見
2003 ギャラリー舫、銀座


3人の出品作家について           針生一郎
 大浦信行は1970年代滞米中、自己のアイデンティティを自画像ではとらえきれず、昭和天皇、仏像、浮世絵、レオナルドの人体解剖図、ミケランゼロの群像彫刻など、既成写真をモンタージュした版画《遠近を抱えて》14点を制作した。
これが富山県立近代美術館の〈'86富山の美術〉展に一部展示され、3点が美術館買い上げ、4点が作者寄贈となった。
ところが会期後、富山県議会で「昭和天皇を裸体などとならべて不快な作品」と論議がおこると、右翼が大挙富山に集まり、「大浦作品追放」「美術館長罷免」を叫んだ。

 美術館としては大浦作品の評価を堅持して、県議会から右翼まで説得するほかなかったのに、「大浦作品を資料として収蔵するが、当分公開しない」と曖昧な線で妥協をはかり、その後も右翼の県庁知事室へのなぐりこみ、〈'86富山の美術〉カタログの破りすてが続いた。
結局89年春、美術館は大浦作品を民間の匿名個人に払い下げ、〈'86富山の美術〉カタログ残部を裁断した旨、新聞社の追及に追認した。

 わたし自身は、中国人捕虜と昭和天皇や軍部首脳を対照した山下菊二の連作にくらべて、《遠近を抱えて》は天皇制批判はあやふやだが、天皇を自己の外部ではなく内部に見た点が新しいと見る。
しかも、天皇制批判を含む言論表現の自由は、占領軍指令から新憲法に至って全面保証されたのに、天皇制批判だけは右翼とのトラブルを避けるため、マス・メディアも公共施設も実質上タブーとしている現状はみのがせない。
そこで大浦らとともに原告に加わり、富山県と美術館を告訴したが、一審判決は「非公開」を美術館の宰領としながら、特別許可を得て別室での観覧を拒むのは不当と、県側にわずかな罰金を科するものだった。
だが、これを不服として上告すると、高裁、最高裁とも県側全面勝訴となった。

 大浦自身はこの裁判中に、自分の性慾史を例によってモンタージュして、映画《遠近を抱えて》を製作した。
そして裁判に敗訴後、戦争中は右翼で天皇絶対、戦後は左翼で天皇制廃棄論となったわたしに貫流するものを認め、映画《日本心中―針生一郎 日本をかかえこんだ男》を製作した。
とはいえ、伝記映画のつもりはなく、わたしの言説を日韓の文化風俗とモンタージュして、観客に自由に物語を紡ぎ出させるのが大浦の意図で、「圧巻は大野一雄・慶人親子のわずかな舞踏だ」、あそこに戦後思想の肉体化がある、という鶴見俊輔の指摘もある。


 嶋田美子は大浦より約十歳年下だが、カリフォルニアの大学時代フェミニズムのめざめとともに、人種差別、とくに西洋人の東洋蔑視を体験したらしい。
それらの自覚を女性の戦争責任というテーマに包括する上で、彼女がはからずもイタリアとドイツという日本の同盟国に留学したことは、たぶん大いに役立ったと思う。
ともかく嶋田は戦争中の女を従軍慰安婦と軍国の母、被害者と加害者にわけるだけでなく、どちらにも加害・被害の二重性が含まれていることに気づいた。
すると、支配体制は変わっても、今日まで女は変わらず面従腹背のヴェイルを、戦略的にかぶりつづけてきたこともみえてきただろう。
だがそういうヴェイルが国家戦略に組みこまれるまで強化されるのは、やはり民族対立が激化・深化するときである。

 そこで近年の嶋田は、在日の家系図そのものの作品化もこころみる。
2002年の光州ビエンナーレで「コーリアン・ディアスポラ(韓民族の世界四散)」の部に招待された彼女は、一室にいくつかの在日家系図をならべた最後に、現在パチンコ屋ならパチンコ機実物、韓国料理屋なら料理のサンプルを配し、ひとつだけ日本人の家系図で、曾祖父が関東大震災時警官で朝鮮人虐殺に加わったことを認めたと記してある。
わたしは国際審査員の一人として、こういう綿密な調査の上で日本人の恥部までえぐりだした作品を高く評価すると語ったが、すぐ嶋田作品を見直しに行った審査員のだれ一人、わたしに続いてこの作品に票を入れなかった。
おそらく、彼らはひと眼見て分らず、こんなに長い説明文を読む時間と根気を強要するものは、現代美術として欠陥があるという気分だろう。
わたしはそれを全面肯定はしないが、国際展などでは不利になることも作者はふまえておく必要がある。


 鷲見純子は嶋田より三歳年下で、JAALA(日本アジア・アフリカ・ラテンアメリカ美術家会議)に属し、以前にも一度“Piece For Peace”展に参加したことがある。
前二者のように外国生活の経験がなく、そのためか前二者のように調べて(あるいは異質な諸要素をモンタージュして)制作するタイプでもない。
一貫して反戦平和の主題を、感覚と経験のなかで深め、もともと描ける作家だけに、急速に宗教や神話の世界に近づいてゆく。
わたしはそこに、大きな期待とともに若干の不安を禁じえない。

 今日の戦争はアフガン戦争、イラク戦争、あるいはさまざまの局地戦争も、それぞれ特殊でとても戦争一般として概括しえない。
したがってそのなかで平和への努力も、社会条件、プロセス、目標がそれぞれ別々である。
これらを現代の戦争一般として概括し、神話や宗教に結びつけるのは、まさにキリスト教の神と正義がイスラム教の神と正義とたたかう、ブッシュとビンラディンの論理であって、戦争をこえる道はそこに含まれていない。
むしろどの地域のどの紛争かに焦点をしぼって、手に入るかぎりの情報を集め、綿密な調査の上に想像力を加えて解決を模索する方が説得力をますだろう。
京都駅に近い東本願寺の塀に、近年「ばらばらでいっしょ」と書かれている。
これも宗教の言葉だが、さすがに凡夫や悪人もくぐり抜けてきた教えだけに味わい深い。個人にかぎらず民族や宗教も、個別性と差異を徹底的に自覚してこそ、和解と協同の道をみいだすことができる。
そういう目標は遠くかかげて、まず鷲見純子に個別状況を調べる芸術家へと転身してほしい。




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