2001.4.3.(日)〜6.16.(土)
出展作品
〈神奈川県原爆被災者の会〉より、被災者の詞画約50点
大道あや『原爆の図』9点
丸木俊の『原爆の図のためのデッサン』・絵本『ピカドン』

協力出品
深川宗俊(歌人)、吉野誠(画家)
昭和49年・50年にNHKの募集に寄せられた、市民の描いた絵は2225点。今回の絵はそれとは別に、昨年神奈川県被爆者の人たちが『被爆55年原爆展』のために描いたものです。
「描きながら当時のことが思い出されて涙が止まらなかった」「眠れない夜が続いた」といいます。
丸木夫妻も『原爆の図』を描いたときに、「なぜ思い出すような絵を描くのか」と言われました。
できることなら忘れたい、しかし……「忘れられないあの日」。
座談会「被爆体験を語り継ぐ」
5月5日(土・祝)午後1時半より
丸木美術館開館記念日 高校生以下入館無料

 1945年(昭和20年)八月に広島・長崎に、世界で最初の原子爆弾が投下されました。今から半世紀以上前、第二次世界大戦末期のことです。
 広島と長崎の両市合わせて死者約20万人、その6割以上は子ども・女と年寄りでした。またその四割は未だに行方不明のままです。何千年の人類の歴史の中で、これほど大きく、悲惨なできごとがあったでしょうか。

赤く焼けただれた屍の山。眼球や内臓のとびだした死体。
黒こげの乗客を乗せた電車。
倒れた家の下敷きになり、生きながら焼かれていった人々。
髪を逆立て、ずるむけの皮膚をぶらさげた幽霊のような行列。
その中でわが子や肉親を助けることもできず、生死をさまよう人に水をやることもできなかった、あの日のことを私たちは生涯忘れることができません。

被爆55年にあたり神奈川県在住の被爆者は、その体験した悲惨な事実を、できるだけ多くの人々に理解していただきたく、心をこめてこの画を描き、遺言としての詞書を添えました。
けっしてうまく描けているとは言えませんが、これは被爆者にしか描けない真実の訴えです。

いずれ死に絶える私たち被爆者ですが、丸木美術館で開かれる「詞画展」が、被爆の実相普及と犠牲者の鎮魂の一助となることを望むとともに、核兵器のない平和な21世紀への小さな礎となることを願ってやみません。
神奈川県原爆被災者の会

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