〈浄〉 1957(獄中作)テンペラ 33×46.3
帝銀事件死刑囚として、無実を叫び、95歳で無念の獄死を遂げたテンペラ画家の生と死。
戦後占領下の闇の部分にスポットを当て、時代に翻弄された画家の復権の道を探ります。
平沢18歳の若き日の絵、拘束され獄中で描き続けた絵など、約70点を展示いたします。
2000年9月19日〜11月18日
連続講座 9/13 10/15 11/2
ビデオ上映 毎週土曜日

出品リスト
針生一郎
美術評論家
平沢貞通の画業は大正期にもっともゆたかな可能性をはらみ、それはとりわけ北海道の広大な空間ときびしい自然のなかで生きる、アイヌなどの民衆生活を見つめるリアリズムと、水彩画からテンペラ画へと進んだ材質と技法の探求によってもたらされた。

(略)やがて、数年後に、彼の獄中作がはじまるが、平沢の制作過程からみれば、逮捕前との断絶はおおいがたい。
眼前に描くべき何の手がかりもないのに、そのとざされた状況で、彼は記憶と想像だけにたよって、ピアノの鍵盤を手さぐりにあちこち叩くように、自己のアイデンティティにかかわる映像をさぐりだす。

これらの獄中作は、芸術的感動とはやや異質だが、必死で切実ないとなみを続けた人物を、ついにそのまま死なせた根源が権力の負わせた冤罪であったとすれば、これは天人ともに許すことができない。
私の接したわずかな作品群は、怒りや恐怖や焦燥やそれらをのり越えようとする内面の闘いの痕や、のり超えた清明な悟りにも似た穏やかな世界や、そうした心のうごきの活写された、かけがえのない、そして無惨な内的記録としても読むことができる。

このような振幅は、かつての平沢にはあり得なかったものだが、この類稀な世界が、平沢貞通のいう徹底した観照と、その記憶下の状況で想像力として40年間ゆれうごいていたとしたら。

それは、どんな無法が囹圄に囲いこむことができるか。
ヨシダ・ヨシエ
美術評論家
熊井 啓
映画監督
昭和23年8月、逮捕された当時、氏は一流のテンペラ画家で、画業の完成期にあった。
もし事件に巻き込まれてなければ、画家として天寿を全うしたに違いないのに、獄中にあって本格的な創作活動は不可能であった。

芸術家から表現の自由を奪うことは死を意味する。
芸術家として平沢貞通氏は、すでに半世紀前に死刑を執行されていたに等しかったのである。
帝銀死刑囚の汚名のもと平沢は画家としても半世紀の間葬られてきた。
逮捕前の絵画を、持ち主は壁からはずし、それらは倉庫の中にしまわれたり、古美術商などに売られ、各地を転々とし、闇に埋もれてきた。

それらの絵と、獄中で描いた絵に光をあて、悲運の画家・平沢貞通の生涯を見つめ直したい。
平沢武彦
「救う会」
事務局長




9月23日(土・祝) 帝銀事件の背景 旧日本軍の黒い影
平沢武彦(平沢貞通氏を救う会事務局長) 
10月15日(日) 芸術と人権 
針生一郎(美術評論家)
11月 2日(木) 帝銀事件と平沢貞通 
遠藤誠(弁護士)
※いずれも午後2時−3時半 丸木美術館にて





9/30 帝銀事件死刑囚(3時間ドラマ)
1979年/監修・野村芳太郎/脚本・新藤兼人/監督・森碕東
10/ 7 昭和怪事件史 帝銀事件・下山事件
1994年/TBSテレビ/ディレクター・和田尚三
10/14 知ってるつもり!? 平沢貞通 1994年/日本テレビ
10/21 ETV特集 死後再審請求11年目の報告
2000年/NHKテレビ/ディレクター・片島紀夫
10/28 再審模擬法廷 衝撃の毒物証言 1987年/日本テレビ
11/ 4 平沢貞通94歳の夏―GHQ文書 米在住重要証人を追う
1986年/日本テレビ/ディレクター・江田忠雄
11/11 ミステリー帝銀事件
1985年/TBSテレビ/ディレクター・吉永春子
11/18 ETV特集 獄窓の画家 平沢貞通 2000年/NHKテレビ
※毎週土曜日午後1時より、丸木美術館新館ホールにて上映


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