これまでの記録

2012年5月5日 開館記念日
2011年5月5日 開館記念日
2010年5月5日 開館記念日
2009年5月5日 開館記念日
2008年5月5日 開館記念日(案内のみ)
2007年5月5日 開館記念日
2006年5月5日 開館記念日
2005年5月5日 開館記念日
2004年5月5日 開館記念日
2003年5月5日 開館記念日
2002年5月5日 開館記念日
2001年5月5日 開館記念日
2000年5月4・5日 丸木俊さんを偲ぶ会
1999年5月5日 開館記念日

開館記念日

当日のスケジュール

ボランティア募集中!
8月5・6日、ひろしま忌の準備と運営を手伝っていただける方を募集しています。
詳しくは丸木美術館事務局にお問い合わせください。(0493-22-3266)

当日高校生以下入館無料
イベント(講演・ライブ)参加費・資料代800円=入館料別途

※丸木美術館の運営難とゲストへの謝礼の捻出等のため、今年からイベント参加費・資料代として入館料とは別途に800円を頂くことになりました。友の会会員の方からも参加費を頂きます。どうぞご了承ください。
12:00〜 丸木美術館クラブ・工作教室
奇想天外な材料を使ったワークショップです。
案内人:石塚悦子さん(画家) 材料費500円
13:00〜13:15 開館記念日の集い
13:30〜14:45 高橋哲哉さん講演
「3.11以後、何が問われているのか―“奪われた野にも春は来るか”という問いをめぐって―」
沖縄米軍基地、福島原発を「犠牲のシステム」と語る哲学者の高橋哲哉さんが、韓国の写真家・鄭周河さんの写真展「奪われた野にも春は来るか」を視野に入れつつ、3.11後の世界を見つめます。
15:00〜16:00 豊田勇造ライブ in 丸木美術館
関西フォーク運動の創世期から一貫してメッセージソングを歌い続ける豊田勇造さん。丸木夫妻をテーマにした「二人の絵描きさん」などの曲を歌う熱いコンサートです。
16:15〜17:30 友の会交流パーティ
どなたでもご参加いただける交流パーティです。


高橋 哲哉(たかはし・てつや)

  1956年福島県生まれ。南山大学講師などを経て、現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。専門は哲学・歴史認識論。大学院では哲学や人間の安全保障などを教えている。2012年10月13日に開催された「さようなら原発集会in日比谷」のステージに立って、「生きていく限り希望がある」と呼びかけて、参加者の共感を呼んだ。単著のほか、翻訳を手がけたものなど著書多数。近著に『犠牲のシステム 福島・沖縄』(集英社)、『いのちと責任』(大月書店)、『原発の「犠牲」を誰が決めるのか』(わが子からはじまる クレヨンハウスブックレット)など。

〈高橋哲哉さんからのメッセージ〉
 米軍基地の異常な集中やオスプレイ配備に喘ぐ沖縄では、本土に対する不信、「沖縄差別だ」という憤りが頂点に達している。今なお16万人が避難を余儀なくされ、多くの県民が放射能の被曝の不安を抱えて暮らす福島からも、「私たちは日本国民なのか。棄民政策ではないか」という声が聞こえてくる。
 「差別ではないか」と問う沖縄の声。「棄民ではないか」と問う福島からの声。
 こうした声は、しかしまた、日本の植民地支配のもとで苦難を強いられた朝鮮民族の人々からの声でもあったはずだ。
 鄭周河氏の写真が問いかける「奪われた野にも春は来るか」という問いから出発して、私たちの現在を問い直したい。

豊田 勇造(とよだ・ゆうぞう)

  1949年京都市壬生生まれ。ボブ・ディラン、ブルーズにインスパイアされ、関西フォーク創世期から一貫してメッセージソングを歌い続ける。関西弁のイントネーションを活かし、時代を見据えた歌づくりと、高度なギターテクニックによって独自のスタイルを確立。日本、タイ、ビルマ、インド、ジャマイカ、ニューヨーク、パキスタン、旅と出会いが歌を生む。日本全国を年間100回ぐらいのライブで巡る。
 2009年6月6日「豊田勇造60歳6時間60曲フリーコンサート」を京都・円山音楽堂で開催。2010年7月「フジロックフェスティバル2010」に勇造&YUZOBANDで出演。2012年7月京都・拾得にて「だいたい40周年記念ライブイン拾得」。最新アルバムは『この海の向こうに』。
豊田勇造公式HP http://www.toyodayuzo.net/

〈豊田勇造さんからのメッセージ〉
 丸木美術館を訪ねたのは20年以上前のこと。
「原爆の図京都展」の打ち合わせに行く友達に誘われたのがきっかけだった。
 ちょうど昼前に着いたから、位里さんと俊さんに誘われて昼ごはんを一緒にいただき、そのあと俊さんが仕事場を見せてくださった。それから美術館に入り《原爆の図》を見た。
 この日のことと、後日佐喜眞美術館で《沖縄戦の図》を見たこととが重なって出来た歌が「二人の絵描きさん」。
「二人の絵描きさん」を丸木美術館で聞いてもらえる日が来るのを、長い間願っていました。