原爆の図丸木美術館 HOME
利用案内 原爆の図 企画展 共同制作 丸木スマ イベント 美術館クラブ パネル貸出 アートスペース
Shop 友の会 FOR PEACE 略歴 美術館の四季 おもなあゆみ 美術館ニュース Links  美術館データ

2007年
86日[月]
被爆62年
丸木美術館 ひろしま忌

入館無料//ボランティア募集中//模擬店・ フリーマーケット もあります

05年ひろしま忌

被爆六二年を迎えた丸木美術館「ひろしま忌」。
揺れ動く時代だからこそ《原爆の図》に向き合い、戦争の惨禍や生命の重みを感じる時間を、
多くの方々とともに過ごしたいと思います。

当日スケジュール 当日の交通
御案内
午前中〜 とうろう作り 今年のひろしま忌は月曜日なので、市内循環バスが運行しています。
美術館の送迎車は定員が少ないので、できるだけ市内循環バスをご利用いただけるようお願いします。

市内循環バス 唐子コース
(運賃100円)

東武東上線東松山駅東口発
   →浄空院入口
8:15
11:35
14:15

東武東上線高坂駅西口発
   →丸木美術館北
12:07
15:07

復路は利用案内でご確認ください。


丸木美術館無料送迎車

東武東上線森林公園駅南口発
   →丸木美術館
13:30
18:00

丸木美術館発
   →東武東上線森林公園駅南口 13:15
17:45
イベント終了後

その他の交通
丸木美術館利用案内参照

森林公園駅南口よりタクシー(約10分)
森林公園駅北口より貸自転車(約4km)
※貸自転車は東武鉄道クーポン券がお得です。東武の各駅にお問い合わせください。

お車でのご来館は
関越自動車道・東松山インターより小川方面へ約10分 
12:00〜14:00 丸木美術館クラブ・工作教室
ココナッツの実を使って面白い作品を作ります。
案内人:鈴木好子さん
材料費500円
14:00〜14:30 城西川越中学・高校 和太鼓「欅」



城西川越和太鼓「欅」は、生徒会本部役員と和太鼓に情熱を持つ生徒を中心に構成され、学校内外で活発に活動しています。
オリジナル曲「城西太鼓」などを力強く演奏します。
14:40〜15:00 秩父ユネスコ準備会
(飯能高校・秩父高校の生徒と卒業生)
群読「LIFE」
15:00〜16:00 石川逸子さん 朗読/講演
「くすの木の伝言ほか―8・6に寄せる詩」
ヒロシマに取り組む詩人の石川逸子さんが、原爆で死んだ子どもや孤児になった少年についての自作詩を朗読します。劣化ウランや在外被爆者問題についてもお話をして下さる予定です。
16:15〜17:45 寺澤満春さんフォークコンサート
シンガーソングライターとして活躍する寺澤満春さんが、「ひろしま忌」に寄せて《アメイジング・グレイス》や自作の曲などを歌います。
18:15〜18:45 ひろしま忌の集い
丸木美術館役員の挨拶の後、歌唱力豊かなゴスペルユニット「トリニティー」が《主の平和の遣いとして》などの曲を歌います。

(トリニティー)
18:45〜19:15 とうろう流し
夕暮れの都幾川にとうろうを浮かべて、静かに62年前の被爆者の霊を悼みます。

出演者紹介
石川 逸子
詩人。
故江口保氏提唱のヒロシマ修学旅行により、ヒロシマの心にふれ、82年より「ヒロシマ・ナガサキを考える」を編集発行。
在韓被爆者市民会議運営委員。近刊に詩集『定本・千鳥ヶ淵へ行きましたか』など

「八・六に想う」
 はじめてヒロシマの地を踏み、平和公園内外に点在する追悼碑の前で、わが子を失くしたお母さんたちの、積もる悲しみにふれてから、32年の歳月がながれてしまいました。
 月日がいくら経っても、わが子を無惨に奪われたお母さんたちの胸の痛みは薄らぐことなく、むしろ深まっているのを知り、また、口々に「どうか、このことを少しでも多くのひとに伝えてください。二度とこのようなことが起きないために」と訴えられるのを聞いて、小誌「ヒロシマ・ナガサキを考える」を1982年、一人で発刊、この夏、89号になります。
 その間、少人数に分かれて遺族・被爆者のお話を聞くヒロシマ修学旅行を提唱・実践された江口保さんも世を去られました。『いいたかことのいっぱいあっと』という著書が、遺言のように残っています。
 荒神堂境内で、本川べりで、平和橋のたもとで、あるいは動員学徒の碑の前で、語ってくださった方たちも大方逝かれてしまいました。
 昨年の夏には、在韓被爆者で、親しかった金分順さんが亡くなられました。負っていた赤ちゃん、和子ちゃんが目をパッチリ開けて自分を見ながら死んでいくのに、重傷のため、抱いてやることもできなかったことを生涯の悔いにされていた分順さん。帰国後、負った怪我と後障害のため自殺寸前まで追いこまれた苦難を乗り越え、在韓被爆者のために奔走される日々を送っていられました。
 広島の医師で詩人の御庄博実さんと共編の在韓被爆者の手記『引き裂かれて私は書いた』をお届けするのが間に合わなかったのが残念です。
 二度と起きないように、との被爆者の方たちの悲願をよそに、日本を戦争する国にしたいための第九条改悪がもくろまれ、イラクでの劣化ウラン弾被害は、なかなか報道されません。
 書き溜めた詩篇のいくつかを読むことで、ヒロシマの想いをかみしめたいと思っています。

(丸木美術館ニュース90号 '07.7月発行より転載)
寺澤満春
シンガーソングライター。
街中での「ベンチライブ」や出前ライブで活躍。

「ひろしま忌に歌う」
 みなさん、こんにちは、こんばんは。
 ときのまほろばを求めて歌うシンガーソングライター、寺澤満春です。
 この度、丸木美術館の「ひろしま忌」に出演させていただくことができ、たいへんうれしく思っております。わがライフヒストリーの中でも画期的なことになりそうです。
 わたくしは、青き春の季節、1960年代半ばの中学生の頃からギターを抱え、趣味の世界で詞や曲を作り、弾き語りを始めました。愛や恋の歌はもちろんですが、ベトナム戦争や公害など、内外の時代の風を受けて社会的なメッセージを込めた歌も作って来ました。
 朱き夏の季節、仕事の傍ら、歌の世界を広げ、少数先住民族への思い、地球環境への思いなどを歌にしてきました。
 白き秋の季節間近、齢五十を過ぎたことから、何を思ったか、突然、たった一人街に出て「ベンチライブ」をはじめ、道ゆく人々とのコミュケーションを交わしながらの活動を続けています。最近では、高齢者や障害を持った方々のお宅を訪問しての出前ライブなども行っております。
 さて、今年のひろしま忌のイベントに参加するに当たって、五十数年間のライフヒストリーを振り返ってみたところ、「丸木美術館」につながる「げんばく」「広島」との接点がいくつかあったことに改めて気がつきました。
・1950年代半ば、幼稚園の頃、友だちが描いた「げんばく」の絵と出会う。
・1970年代、ジョルジュ・ムスタキの「ヒロシマ」と出会う。
・1978年8月、初めて「広島原爆資料館」(広島平和記念資料館)を訪れる。
・1978〜2002年、仕事の中で「広島」「原爆投下」にしばしば触れる。
・2004年10月、初めてのライブコンサート「ときのまほろばを求めて」で「ヒロシマ」を歌う。
・2006年10月、丸木美術館理事長・小寺隆幸氏と出会う。
・2006年12月12日、初めて丸木美術館を訪問する。
・2007年5月5日、丸木美術館開館40周年記念イベントに参加する。
 そして、2007年8月6日、寺澤満春はひろしま忌で歌います。

寺澤満春ブログ「そう!水のように」
 http://laotao.way-nifty.com/islikewater/

(丸木美術館ニュース90号 '07.7月発行より転載)

参考:2004年 ひろしま忌報告