ひろしま忌報告

 2001年8月6日、今年もひろしま忌が行われました。
当日はスタッフを含めて150人余りの参加者がありました。
遠くからお越しくださった皆さん、ありがとうございました。
涼しい一日でしたが、雨に降られることもなく、様々な形で「ひろしま忌」を過ごしていただけました。
来年もより多くの方にご参加いただければ幸いです。

お話 石牟礼道子さん
講釈「石に影を灼きつけた男」 緩急車雲助さん
「友の会」ミニギャラリー
「友の会」つどい
ひろしま忌のつどい
美術評論家・ヨシダヨシエさん
コーラス
小川混声合唱団と「コスモス」
都幾川にてとうろう流し
久保俊寛さんのマッチ棒オブジェ
反核の玉
久保俊寛さん
パフォーマンス「平和の祈り」
久保さんの詩の朗読
ひろしま忌のフィナーレ
燃え上がる「反核の玉」
出演者紹介
石牟礼道子(いしむれ・みちこ)
1927年熊本県天草生まれ。のちに水俣に移住。詩人、作家。
『苦海浄土−わが水俣病』(1969)など、水俣病に関する本を多く著す。

「石牟礼さんは小さな人でした。髪をおかっぱにして、花模様のあるハンテンをひっかけて、こたつに入っておられました。(略)わたしのほうはかんしゃく玉、ちょっともろい感じがあります。石牟礼さんはねばっこい、すばらしい女です。いい女がいたもんです」
(丸木俊『女絵かきの誕生』より)
緩急車雲助(かんきゅうしゃ・くもすけ)
1931年広島県呉市生まれ。海軍飛行予備練習生として軍隊に入隊経験を持つ。
終戦後、国営鉄道に就職。退職後の'90年より日本機関紙協会などの活動に従事。
'94年、広島市文化振興事業団評議員に推薦され参与する。
同年、原爆供養など平和を主題にした講釈を始める。
現在も社会派講釈師として口演活動を行う傍ら、テレビ番組のナレーターとしても活躍。
久保俊寛(くぼ・しゅんかん)
 1941年広島県呉市生まれ。
1964年よりヒロシマ平和美術展、二科展などに出品。
1990年、山形県朝日村・注連寺の天井画「聖俗百華面相図」を制作。
1995年から作りはじめたマッチ棒オブジェ〈反核の玉〉は、広島市平和記念資料館をはじめ、国内外に収蔵される。

「“ヒロシマ”から50年目の8月6日から、反核・平和を願って〈反核の玉〉を作ってまいりました。核廃絶の日まで作りつづけるつもりです。いつの日か〈反核の玉〉に火をつけて、パフォーマンス〈平和の祈り〉をやりたいと願ってきました。丸木美術館という最高の場所で実現することは、この上ない喜びです」

making of Hachi-Roku
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