――――この21世紀の世に暮らすようになって、どのくらいの時間が過ぎたのだろう。
 最初の生き様はサーヴァントとして。第四次、第五次聖杯戦争を戦い抜いた。
 その次の生き様はただ一人と見定めた主の騎士として。彼のため、己の全てを賭して彼の剣になると誓った。
 そして今。彼女は数えきれぬほど乗り越えてきた戦いに、再び向き合う。
 負けを知らぬ騎士。常勝の王。それが彼女の得た肩書きだ。世界の後ろ盾を必要とせず、英雄と呼ばれるほどの。
 今この世界で、かつて用いたアーサー王の名はいらぬ。ただ王の誇りがあれば良い。しかしどんな戦であれ、負けることは我が名と故国に泥を塗ることとなる。今も彼女に敗北は許されない。
 立ち上がれ、勝利のために。戦え、勝利のために。そう、彼女が有する剣の名はエクスカリバー。約束された勝利の剣。
 かつての戦いは国のため。その次の戦いは聖杯のため。そして今の戦いは主のため。
 ただ今回の戦だけ、彼女は己のために全力を奮う。
 さあ、いざゆかん、戦いの場へ――――!


 がっしょん。


 道場の床に、金属質の音が響き渡る。
 まるでそれを待っていたかのように、道場の扉からひょっこりと一人の少女が顔を出した。同時に頭の両側でしばったツインテールが揺れる。
「…………セイバー。道場で武装なんかして、なにやってんの?」
「無論、バレンタインデーという戦いに挑むための精神集中に決まっています」
「………………………………ばれんたいんでー?」
「はい。バレンタインデーです」






「いや、気合を入れるのはいいんだけどね…………」
 遠坂凛は心底呆れた、という口調で溜息をつく。どうやらその態度は、セイバーのお気に召さなかったらしい。むぅ、と彼女の眉根にしわが寄った。
「聞いたところによると、この国ではバレンタインデーなる行事があるとか。大切な男性に女性がチョコレートを贈るのだということです。大河いわく、これは乙女の聖戦だとか」
「うん、間違ってないわ。でもねえ、それってもっとこう―――
 恋するオトメが、いつも思いを寄せている男性に初々しい恋心を告げる日であって、決してこんな、勇ましい日じゃないと思うんだけど」
「む……」
 セイバーの眉のしわがますます深くなる。
 この世界で18年間生まれ育った凛にそう言われてしまったら、己の認識が間違っているのだと認めざるをえない。
「それで? やっぱりセイバーは士郎にチョコあげるの?」
「もちろんです。最低限シロウが落胆せぬ程度のチョコレートを、と思っているのですが…………」
 そこで不自然に言葉を切る。
 彼女の言い淀んだその先を、凛は目敏く読み取った。
「別にそんな悩まなくても、セイバーのあげたものなら士郎はなんでも喜ぶと思うけど?」
「あ……………………」
 シュン、と空気の抜けるような音をたて、セイバーの服が武装姿からいつもの白ブラウスと青スカートに戻る。寒冷色の服装の中で赤くなった頬の色は一層際立って見えた。
「そ、そうでしょうか。シロウは喜んでくれるでしょうか…………」
 小さく噛み締めるように呟くセイバー。その期待と不安の入り交じった顔は凛の保護欲といたずら心をくすぐるのに十分だったが、ひとまず個人的な感情は置いといて凛は言葉を続ける。
「セイバーは、士郎から何かもらったら嬉しい?」
「ええ。シロウからは目に見えないたくさんの物を貰いましたが、やはり普通の物品を貰っても嬉しいと思います」
「でしょう? 間違いなく士郎も同じよ。
 不安なら今日か明日にでも一緒に買い物行きましょ。わたしも士郎やアーチャーにあげる義理チョコくらい作ろうかと思ってたし」
 凛の提案にセイバーは目を輝かせる。まるで飼い主を見つけた迷子の子犬のように。
「ありがとうございます、凛。やはりかつての貴女との共闘は賢明な判断だった。
 ――――しかし先ほど、凛は作ると言いましたか?」
「まあね。どんな時でも一番を目指すのが遠坂の当主の務めだし。同じ義理チョコだったらたくさんの中に埋もれないように、しっかり目立つの作らなくっちゃ」
 なるほどそれは凛らしい、とセイバーは思った。本命チョコでなくとも、彼女は常に手を抜かないのだろう。
 ―――と、それはいいのだが。
「たくさんの中、とはどういう意味ですか? 凛」
 セイバーにしてみれば、単に疑問点を聞いただけだったのだが。
 凛は一瞬固まり、しまったという顔をする。
 その挙動不審さは直感スキルAなどなくとも怪しいと感じさせるのに十分だった。
「…………凛」
「う、わ、わかったわよ。……まあどうせ、当日になったらイヤでもわかるんだし……」
 観念して凛は話し始めた。
 穂群原三年生女子の間で囁かれるウワサのことを。




 それは士郎や凛が一年生のバレンタインの時。
 始まりは、何でもない事だった。
 ただあるクラスの女子が、同じクラスの男子に義理チョコを渡しただけ。
 女子の名は関係ないので割愛するが、男子生徒の名は衛宮士郎といった。
 なんでもその日の少し前に、商店街で困っていたところを助けてくれたお礼らしい。
 とはいえ女生徒も士郎も、その件は大した事ではないと思っていた。
 単にお金が足りなかった彼女に、通りすがりの士郎がお金を貸しただけ。そのお金もとっくに返却されていて、通常ならそれで終わっていてもおかしくない話だった。
 だからそれは、女生徒のほんの善意の気まぐれ。渡したチョコも、せいぜい市販の安物でしかない。
 だが、時はバレンタイン。渡されたものはチョコレート。「まああいつだって男ってことだよね、僕なんか毎年女の子からたくさんもらってるけど、あいつ初めてだったんじゃないか。浮かれちゃって見てらんなかったよ」、と言ったのは彼の友人であり、自称学園の男子アイドルな優男の言葉。ちなみにもう一人の友人は、「衛宮は浮ついてなどいない。あいつは自身のことがもっと評価されてしかるべきだ。喝」と語ったという。
 今となっては当時、衛宮士郎がどれだけ喜んだのかは不明である。だが多少なりとも嬉しかったのは事実だろう。なにせああいう結果を生んだのだから。
 そして一ヶ月後。
 女生徒の手には、衛宮士郎謹製アップルタルトが、「友達とでも食べろよ」という言葉と共に渡ったという。

 その日から。
 穂群原の歴史に、新たな伝説が加えられることとなる。
 いわく。
 衛宮士郎にチョコを送ると十倍返し。




「………………………………」
「まあ士郎らしいといえば、らしい話よね」
「………………………………」
「ほら、去年のバレンタインは聖杯戦争中だったじゃない? それでなくともライダーと慎二のせいで、学校は休校だったし」
「………………………………」
「だから今年はみんな、そのウワサを確かめるために、アイツにチョコを渡すと思うのよ。まあ一年や二年にこの話があんまり漏れていないのが幸いといえば幸い―――ってどうしたのセイバー、さっきから黙って」
「……………………凛」
「なに?」
「今からでも教えて下さい。貴女の目指すような、大多数の中にチョコを埋もれさせない方法を!」
「――――え?」
「いかに私の不得意分野とはいえ、そのようなお返し目当てのチョコなどに負けることは決して許されません!」
 セイバーの後ろには決意のオーラが炎となって見える。しかもなんとなく熱い。
 たとえどんなに不出来なものであろうとも、両想いの恋人が送った物が義理チョコの中に埋もれることなどあり得ないのだが、凛はあえてそれを教えなかった。彼女の決意に水を差すことになるし、精進するのはいいことだ。
 凛なりの優しさであり、そして、
(……それに面白そうだし)
 彼女はどこまでも遠坂凛であった。





「ともかく、たくさんのライバルの中で目立つには、なにかひとつでも他より抜きん出る。これが大切よ」
「ふむふむ」
「昔、戦国時代の武将の兜に色んな飾りがついてたのは、戦場の混乱の中で目立つためなの。大きな三日月だったり、愛って漢字がついてたり」
「なるほど、たしかに戦場で目立つことは、後の論功にとても響いてきます。中には目立つことを優先して命を落とす者もいましたが、乱戦の中では目立たねばならない。その理屈はわかります」
「さすがセイバーね。じゃあ具体的に、その目立たせる方法だけど――――」
 凛は目を閉じ、じっと考え込む。
「まずひとつ。やたら高価なもの」
「却下です」
 一刀両断。まさしく敵を屠る騎士王の、躊躇も情け容赦もない一撃であった。
 もっとも凛とてこの答えは予想していたから、別に堪えない。
 一方のセイバーは不機嫌そうな顔で凛を見る。
「凛。そのようなものを私が買えるだけの持ち合わせがあると思うのですか?」
「思わない。まあこれは言ってみただけね。衛宮くんが高級チョコレートの値段がわかるとも思えないし。
 味の違いだったらわかるんでしょうけど」
 面白そうに笑って、凛は二つ目の指を立てた。
「そこからふたつめ。味の良いもの」
「む……そうですね。普段から料理をするシロウであれば、味の善し悪しには敏感でしょう」
「料理と舌の敏感さは必ずしも関係しないけどね。まあそういうこと」
 だがセイバーは、ここでまた腕を組んで考え込む。
「…………。しかし味の良いもの、というと…………」
「う〜〜ん、まずは堂々巡りになるけど、さっき言った高いもの。
 市販のものじゃなくて味のいい物っていうと…………」
「手作り――――ですか?」
 本当に? と聞きたそうな懐疑的な表情で、セイバーは凛を見た。
 凛も苦笑しながらセイバーを見やる。
「…………やっぱ無理?」
「残念ながら。そもそも私は菓子を作った経験がありません。そのような不出来な物ではとても、シロウの舌に適うとは言えない」
 無理な物は無理と言い、無意味な虚勢を張らない。いくら負けず嫌いのセイバーとて、見栄っ張りではないのだ。
 凛は空を睨みながら、
「じゃあ、チョコの質はペケ、と。他の部分ね」
「他の? チョコレートを贈る行事で、他の要素があるのですか?」
「セイバー。食べ物をプレゼントするからって、相手に食べてもらうことだけ考えてちゃダメよ。
 見た目も大切な要素なの」
 セイバーの肩に、ぽん、と手を置いて、凛はゆっくり諭す。
「チョコの形もそうだし、パッケージやラッピングなんてのも見た目の大切な要因よ。
 手作りでない、市販のものなら尚更。味が平凡でもラッピングの特徴を言えば『ああ、あの』って言ってもらえるぐらいにするのだって、印象づけってことなら一つの手法なんだから」
「むぅ…………」
 考え込むセイバー。食べ物を贈るのに見た目が大切、とは思ってもみなかった。
 そういえばこの時代の料理というのは彼女が育った時代に比べ、非常に彩りも鮮やかである。まさかあれも狙ってやっているのか。だとしたら料理の世界はどこまで奥深いのだろう。
「あとは正攻法じゃなくて、変化球を投げてみるっていうのも手段かもね」
 凛の話題はセイバーが思考をめぐらせているうちに次へ移っている。
「変化球?」
「普通の形のチョコや普通のラッピングじゃ、やっぱりどうしてもインパクトが薄いでしょ。だからよっぽど綺麗にやらないと目立つところまでいくのは難しいわ。
 そういう時はアイデア勝負よ。たとえばチョコの形をドクロにしてみるとか。ラッピングの包装紙に漢字がびっしり書いてあるものを使うとか」
「…………それでシロウが喜ぶのでしょうか?」
「うーん……人によっては喜ぶ、というかインパクトは与えられるんだけどね。よっぽど相手の事をわかってて、そこをついてくれば嬉しいんでしょうけど、見当違いのものを出すとヘンな奴って思われる危険性もあるわ」
 となると、よっぽど彼の事を熟知していないといけないわけか。
 セイバーは再び考える。彼の好きそうなものを。
 …………………………………………。
 ………………………………。
 ……………………。
 …………。
 ――――――――――剣とガラクタいじりと家事。
「う〜ん、ちょっとそれはねえ……」
 セイバーの出した答えを聞いて、凛は苦笑する。しかし否定しないところを見ると、答えが外れているとは思っていないらしい。
「まあ使えそうなのは剣だけど、剣の形のチョコなんてさすがに売ってないし、剣の柄の包装紙もちょっと難しいわね」
「そうですか…………」
 提案を聞いた時は、使えるかもしれないと思ったのだが。
 凛も再び天井を見て考える。
「あとは、チョコ以外のものを贈ってみる」
「は? しかしチョコレートを贈るのが慣習なのではないのですか?」
「日本では一応、そういうことになってるわ。
 でもチョコっていうのはM社の販売戦略の賜物だっていうし、別に女の子からって決まってるわけでもないのよ? 外国では男女問わず恋人に、チョコに限らず贈り物をするのが一般的なの。日本だってチョコ以外なら、手編みのマフラーとかよく聞くわね」
 なるほど、と頷くセイバー。
 生真面目な彼女の顔を見ていた凛の表情が、ふいに歪んだ。
 ……口の端を吊り上げた、笑みの形に。
「そうねえ…………。セイバー、どうせなら他のものプレゼントしてみたら?」
「む……たとえばどのようなものでしょう」
「そりゃもちろん、どっかの大人な本みたいに――――」
 こそっと凛がセイバーに近寄り、耳打ちをする。
 ごにょごにょごにょ。
 ――――ぼんっ。
 音がしそうなほど急速に、セイバーの顔が紅潮した。
「りりりりりり凛!! あああ、貴女は何を破廉恥な事を!!!」
「ハレンチ、って久しぶりに聞いたわね」
「そのような事は論じていません!! ななな何ですか、裸身にリボンを巻き付けて『私を食べて』などと、それではまるで、まるでっ…………!」
「ぶっちゃけ『抱いて♪』って言ってるのと同じよね。いいじゃない、どうせわたしたちがいない晩にやってる事と結果は一緒でしょ?」
「あう……………………」
 それはそうなのだ。そうなのだが。自分から誘った晩も決して少なくはないのだが。
 未だかつて、そのようなおかしな方法で誘った事など一度もない。
 それではまるで変態ではないか。
「いいじゃない。士郎は案外喜ぶかもよ?」
「なっ……そのようなことはありません。シロウにそのような嗜好はない」
 断言するセイバー。とはいえ根拠は『彼にかぎって』という今イチ信憑性に欠ける物のみだったが、彼女にとってはそれが絶対だった。
 凛は口の端をニシシ、とつり上げ続けていたが、ふいに元の顔に戻る。
「まあ、さすがに真面目なセイバーにコレはムリとして。
 他にインパクトのある方法としては…………」
 凛は再度、セイバーに耳打ちをした。





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「――――――――」
「…………」
 ……一体どうしたんだ。セイバーは。
 今日は2月14日。聖バレンタインデー。
 恋する人間は男女とも、一番浮き足立つ時期である。
 実を言えば俺も、彼女のいる一般的な男子として、どうにも心穏やかではいられない。
 あー、そういえば俺にとって、この日は初デートの記念日でもあったような気がするが…………。
 …………他にも色々あったけど。
 ともかく、バレンタインデー。彼女のいる男なら、当然彼女からのチョコが気になるというもので。
 セイバーがそういう世間一般の行事を知っているかは判らないが、勝手に期待をするのはいいんじゃないかと思う。
 でも。
「――――――――」
「…………」
 これは予想外だった。
 朝食の席に現れた彼女は、びっくりするぐらい表情が硬かった。こう、なにか思い詰めてますってオーラを全身にまとって。
 朝食が始まっても表情は柔らぐことなく、黙々と食べている。もしかして味もわかってないんじゃないだろうか。その証拠に、いつものコクコクという頷きがない。
「…………セイバー?」
「はッ!?」
 声をかけると、驚いて顔を上げた。まるで今俺がここにいると気付いたように。
「シ、シロウ。何か用ですか?」
「いや、今日どうしたのかなって」
 心配になって聞いてみると、セイバーは露骨に慌てだした。
「い、いいえ、どうにかなどと、どうもしません。一体私の態度のどこが、貴方に気取られる結果となったのでしょう」
 テンパってるなセイバー。言葉が支離滅裂なうえに、自分からバラしてるぞ。
「どこが、って……。ほら、たとえば食事中に、いつもみたいに頷いてないし」
「む……。いつもみたいに、とはどういう意味でしょう。それではまるで、私がいつも食事中に頷いているようではないですか。
 そのような子供じみた事など私はしません」
「へ?」
 セイバーは本当に気分を害している。……まさかアレ、自分では気付いてなかったのか?
 失礼です、とプリプリ怒って、セイバーは食事に戻っていった。
 みんなと顔を見合わせると、やはり皆きょとんとした顔をしている。そしてセイバーを改めて見ると。
 ―――はむ……もぐもぐ……こくこく…………
 …………やっぱり頷いてるじゃないか。いつもみたいに。
 なんだか釈然としないものを感じつつ、しかし元に戻ってくれたのならいいか、と俺も食事を続けることにした。




 朝が過ぎた。
 学校に行って帰ってきた。
 夕飯が終わった。
 それでもセイバーからチョコは渡されていない。
「やっぱり無理か…………」
 仕方ない。彼女の生まれ育った時代にまだバレンタインデーはなかったし。
 夜になるとさすがに俺も気が焦り、つい食事中も何度かセイバーを意味もなく見てしまった。一方彼女も、朝の挙動不審ぐあいは相変わらずで、たまに俺と目が合ってしまって慌てて逸らす。俺も同時に逸らした先に遠坂のあくまの笑顔があったのは、すごく居心地が悪かった。
 そろそろ時刻は零時。土蔵でいつもの鍛錬を行う時間だ。
 よっこらしょ、と腰を上げようとした時。
「シロウ。よろしいでしょうか」
「セイバー? ああ、いいぞ」
 聞き慣れた声に返事をする。セイバーはいつもと同じく音もたてずに障子を開けて入ってきた。
 ――――開けた障子の隙間から、彼女の隣の包装された小箱が見える。それが視界に入ると同時に、心臓が跳ね上がった。
 一度は諦めた期待を、もう一度してもいいのか、と。
「……その、遅くなりました。シロウにこれをお渡ししようと思って」
「…………これ、もしかして…………」
 俺の問いかけに、セイバーはコクンと頷く。
 指先が震えないよう注意してプレゼントを開けると、そこには予想通り焦げ茶色のお菓子が鎮座していた。一口で食べられるサイズのものが数個、甘い香りを放っている。
「ありがとうセイバー。知ってたんだな、今日のこと」
「え、ええ……今日の事は大河から聞きました。それで、凛に助言をいただきまして……最もシロウに印象づける方法をとろう、と悩んだ末…………」
 一番最後に渡す、という方法をとったということなんだろう。たしかにいつ貰えるのかとやきもきして、一日中ずっとそればっかり考えていた。
 っていうか、そもそもなんで『印象づける』なんだろう? セイバーは俺の初めての、その、彼女……なんだから、別に今さら印象づけるも何もないと思うのだが。
 わけもわからず振り回された感じもするが、彼女たちの作戦は見事成功と言える。
「それじゃあいただきま、?」
 さっそくチョコをつまもうとしたところで、動きを止めた。
 俺の指がチョコに触れる直前、
「シロウ。……失礼します」
 セイバーが先にチョコを手にとったからだ。
 彼女は今日一番思いつめた顔をして、えいやっとチョコを口に放り込む。
 なんでさ? と思ってる数秒の間に。

 セイバーの顔が、一気に近づいてきた。

「――――――――――――――――!!」

 唇に触れる柔らかい感触と熱、そして口に広がる甘い味。
 俺の肩に手をついて圧しかかられていたのだと気付いたのは、セイバーの手が肩から離れていく時だった。
 口移しで渡されたチョコレートはセイバーの口腔の熱でわずかに溶け、ストレートに体内へと入り込んでくる。
 それでもなおほとんど溶けていないままのチョコを反射的に噛むと、彼女の甘さがいつまでも口の中に留まっているような気がした。

 もぐ もぐ もぐ もぐ もぐ もぐ

「………………………………」
「………………………………」
 ……お互い言葉がない。
 やがて口の中のチョコレートが十分形を崩した頃、ごっくん、と飲み込んだ。
 おそらくそれを待っていたのか、セイバーがようやく口を開く。
「…………あの。いかがでしたでしょうか」
「――――――――ビックリした」
 それ以外になんと言えたろう。頬を真っ赤にしながらも真剣な顔だったセイバーは、呆けた俺の顔を見てやっと肩の力を抜いた。
「良かった。これが私のできる範囲で、最も印象深い方法だろうと思ったものですから。成功して安心しました」
 それだけ言うと、まだ赤い頬に笑顔を浮かべ、そそくさと立ち去ってゆく。
 一人、部屋に開封済みのチョコレートと一緒に取り残され。
 なんだかよくわからないけど、負けた、と思った。






 お題その49、「乙女の聖戦」。
 士郎がお礼チョコもらって喜んでますが、彼は無償の正義の味方だけど、感謝されたくないわけではないと思うのです。感謝されたらやはり嬉しいはず。セイバーも言っていたでしょう、マスターを守護するのは当然だけど、感謝されるのは嬉しいと。……士郎って、自らお礼は要求しないけど、差し出されたお礼は素直に受け取りますよねたしか?
 セイバーって規律第一の人なので、きっと食事は礼儀正しくとろうとすると思うのです。というわけで、自分ではあのクセに気付いてないに100ペリカ。そこに痺れる憧れるゥ!




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