「――――――――」
「――――――――」
「――――――――」
 ……いかん、頭がボーッとしてきた。
「――――――――――――」
「――――――――――――」
「――――――――――――」
 それでもここから出る気にはなれない。
 こたつっていうのは何か常習性のある悪い物質でも入ってるんじゃないかとちょっぴり疑いたくなるくらいだ。
「……こたつというのはあったかいですね、シロウ」
「ああ、そうだなあ」
 セイバーと一句変わらぬ同じ会話を交わすのももう五回目。
 すっかり働きが鈍くなった頭は、それすらどうでもいいやとしか思えないほど動きが遅くなっている。
 今冬、衛宮邸では初めてこたつが導入されることになった。
 これまで俺と藤ねえだけの時は、堕落するような気がして使ってなかったのだが、聖杯戦争からこっち衛宮邸も爆発的に人が増えた。ここはひとつみんなの団欒の役に立てばと思い、導入を決意したのだが。
「――――――――――――――――」
「――――――――――――――――」
「――――――――――――――――」
 結果、見事にハマってしまった。
 いつもは凛として引き締まった佇まいを崩さないセイバーも、俺の斜め向かいでぼんやりしている。瞳には光がなく、眠りに落ちる寸前の時のようだ。っていうかたまに寝そうになって慌てて体を起こしている。
 真向かいにいるライダーもいいカンジに溶けていた。普段クールビューティーなライダーが、背中を丸めこたつにあごを乗せたままピクリとも動かない。……このまま石になったらどうしよう。フグが自分の毒で死なないように、ライダーが石化するのは想像しづらいけど。
 その名高き英雄たちを二人も骨抜きにし、戦闘力を失わせるとは、まさにこたつは冬の宝具。誰もこいつに太刀打ちできない。堕落街道まっしぐら…………
「って、さすがにそれはヤバい」
 予想通り、こたつは人を堕落させる魔の道具だ。とはいえその誘惑に打ち勝ってこそ人ではあるまいか。
 近くにいたセイバーをゆさゆさと揺さぶる。
「セイバー、しっかりしろ。こんなとこで寝るなって」
「……………………
 …………
 ……はっ!? あ、シロウ……」
 セイバーはすぐに気が付き、正気に戻ってあたりを忙しなく見回した。
 やがて頬にぱっと朱を散らし、どこかどもった口調で謝罪する。
「もも、もう、申し訳ありません。このようなところで寝るなどとはしたない……」
「いやいいけど……あんまり良くないけど。でも謝ることまでないよ」
 なんとか堕ちずにすんだ一人を見届け、もう一人にも声をかける。
「ライダー。おーい、ライダー」
「――――――――――――――――」
 声をかけても反応なし。
 立ち上がって傍まで行き、ゆっさゆっさと揺さぶる。額をてしてしと叩いてみる。メガネ……をいじるのはさすがにマズい。
「……うーん。起きないな」
「彼女は蛇ですから、脱皮の体勢に入ってしまったのではないでしょうか?」
 何気に酷いことを言うセイバー。自分だってウロコが生えてるんじゃないかと言われたら激怒したくせに。
 ともかく、ライダーは完全に堕ちてしまっている。これは夕飯の時間になっても起きるかどうか。後で桜にでも声をかけてもらったら正気に戻るかな。
「それにしても、あのライダーをここまで貶めるとは……。私も身をもって体験しました。こたつとは、かくも恐ろしいものだったのですね」
 セイバーはこたつの威力に戦慄を覚えている。そんなおおげさな、と思いつつ、否定はできない。俺もこたつの恐ろしさを肌で感じたばっかりだ。
「このまま寝ちゃうのは良くないし、ちょっと気分転換にミカンでも食べよう」
「ミカンですか。それは良いですね」
 期待に目を輝かせるセイバーの声をうけながら、俺は廊下で低温保存してあるミカンの箱のところへ歩いていった。



 はむっ。
 セイバーはミカンを美味そうに頬ばる。表情にはいつもの笑顔が浮かんでいる。
 彼女の前にはオレンジ色の花がいくつも積み重なっていた。ミカンを乗せた菓子皿は、すでに底が見え始めている。
「おかわりいるか? セイバー」
「いえ、もう十分にいただきました」
 ならいいかな、と持ち上げかけた菓子皿を再びこたつに戻した。いつもはお茶請けを入れているこの菓子皿も、この時期はミカンを入れてある事が多い。
 最後の一房を口に入れ、セイバーは満足げに息を吐く。
「こちらに来たばかりの頃もいただきましたが、ミカンとはとても甘い果物なのですね。私の城にもよく地方からの名産品が献上されましたが、これほどの物はなかった。大河に感謝です」
「ああ、おかげで大分助かってるからなあ」
 ここんとこうなぎ上りのエンゲル係数。遠坂と桜も家賃を入れてくれてるし、俺もバイトを増やしてるけど、やはり藤村組からの救援物資の存在は大きい。これがなければ衛宮家の家計は立ち行かないという重要な柱のひとつとなっている。
「あの頃も十分に美味しかったのですが、こたつに入っているといつの間にか喉が乾いてしまい、自然とミカンが進んでしまう。こたつとミカンは相性が良いと思います」
「そっか、それでこたつにはミカンって言うんだ」
 ついでに言うと冬には不足しがちなビタミンCを摂取し、風邪の予防にもなっているのだろう。
「あー…………でもやっぱりこたつって眠くなるよな。ミカンで少し小腹が満たされるとよけいに」
「む。お行儀が悪いですよ、シロウ」
 セイバーにたしなめられるが、彼女も本気で注意してるわけではないのだろう。その証拠に口調の中には咎めるような色がない。
「ゴメン。どうにもこの誘惑には抗いづらい。
 話には聞いてたけど、ホントにこたつってのは冬の最強装備なのかもな」
「そうですね。まさに宝具のごとき威力を持っています。
 冬の武器としてはおそらく英雄王の乖離剣にも匹敵すると見て間違いない」
 持ち主は蛇蠍のごとく嫌っていても、セイバーは剣そのものに対する評価を変えたりしない。この言葉は剣士であるセイバーにとって立派な誉め言葉なのだ。
「とはいえミカンも同じく十分な威力を持っています。決して目立つ役割を果たすわけではないのですが、ミカンがあるとこたつもよりいっそう力を増すと言えましょう」
「そうだな。こたつとミカンはふたつでワンセットって感じがするし」
「ええ。まるで剣と鞘のようです。
 互いに唯一の一対として創られた、名のある剣とその鞘のよう――――」
 セイバーの言葉が不自然に止まる。
「ん? どうしたセイバー?」
「……………………その。こたつとミカンは、きっと互いに最良の一対ですよね? シロウ」
 こたつからではない熱に、頬を赤くして。
 セイバーはこちらを上目遣いに見ながら、ポツリと呟いた。
「…………あー…………」
 そうか。
 剣と鞘。それはいつもセイバーが俺たちのことを表すのに使う言葉だ。
 剣である事を誓ったセイバー。かつて同化していた鞘を今でも体が記憶している俺。
 こたつとミカンの関係が剣と鞘のようだと言うならば、この問いかけの意味は―――
「ああ。そうだな。こたつとミカンは切っても切り離せない。きっと一緒になるためにどっちも冬に在るんだ」
 ひたすら恥ずかしいが、そんな気持ちを抑えつつ、とにかく思ったことをそのまま言葉にする。
 セイバーは穏やかに、嬉しそうに微笑んだ。
「――――はい。きっと」
 視線がからむ。セイバーの瞳が潤んで見える。和やかな、けれど鼓動を早くするような空気が漂う。
 しばらくそのままじっと見つめ合い―――
――――――――ふえ〜…………

「「!」」

 ピタリ、と俺達の動きが止まる。
 空気の抜けたライダーの声が現実に呼び戻してくれる。
 …………わ、忘れてた。今、ここは二人きりじゃないんだった…………!
 セイバーの瞳もさっきまでのものと違い、焦りの色が浮かんでいた。
 こうなってくると、今までのいい雰囲気が死ぬほど気恥ずかしい。
 なんでもいいから誤魔化そうと、適当な事を口にする。
「そそ、そうだ、ライダーもミカン食べるか? ほら」
 ひとまず目についた、菓子皿に乗ったミカンを彼女に差し出した。すると。
「――――――――」
 ライダーはやはり寝ぼけているのか、ピクリとも動かない。
 ただひとつの例外として、白魚のような細く長い指がスルスル持ち上がり、ミカンを優しくつまんだ。
 ―――そして。

 がぽり。

「「!!??」」
 ライダーはミカンを剥きもせず、そのまま丸々一個口の中にほうりこんだ。
 顔は相変わらず目を閉じてほやほやと緩んだままだ。
 さらには。

 も゛も゛も゛も゛も゛も゛も゛…………

「「!!!!!!!」」
 上げていた手をパタリと落とし、口の力だけを使ってもにゅもにゅと飲み込んでゆく。
 もちろんミカンは丸ごとライダーのおなかの中だ。
 小さいとはいえミカンはミカン。子供の握り拳ぐらいの大きさはゆうにある。
 それを丸飲み。一度も噛まず、丸飲みだ。
「そ……そうか。蛇、だもんな…………」
 思わずもれた呟きは、自分でも驚くほど乾いていた。
「……………………」
「……………………」
「――――――――――――」
 そして、ミカンを一個丸飲みするという芸当などなかったように、ライダーは再び安らかな顔で静かな時を過ごし始める。
 後に残されたのは、彼女の意外な特技……いや、裏側と言うべきか? ともかく信じられないものを見せつけられ、呆然とするしかない俺とセイバー。
「……えーと。
 ラ、ライダーのゆっくりした時間を邪魔しちゃ悪い。このミカンは俺たちで片付けようか、セイバー」
「そ…………そのようですね。ライダーがミカンを食べたいと言い出したら、また持ってくればいいのです。彼女が起きている時に」
「うん。起きている時に」
 コクコクコク、とロボットのように頷き合い、互いの合意を確かめる。
 ―――間違っても寝ぼけたライダーの前には出ないようにしよう。エサと間違って丸飲みされたらシャレにならない。
 午後二時過ぎの衛宮邸。
 白昼夢はこうして葬り去られ、彫刻と化した美女一人をモニュメントとして飾りつつ、俺とセイバーはミカンを始末してゆくのだった。






 お題その39、「コタツとみかんの関係」。
 Fateでコタツときたらライダーです。何はなくともその公式が頭にあり、ネタがまだ出てない時点でライダーを出すコトだけは決まってました。
 なんとなーくセイバーとライダーを仲悪く書いちゃいますけど、ジブンはライダーもそれなりに好きっすよ。……桜ともども、ビミョーに歪んだ愛情表現ですが(笑)




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