ザッ、ザカ、ザカ、ザザッ。
 庭掃除用の竹箒で余すとこなく庭を掃いてゆく。この時期はすぐに落ち葉が積もるから、掃除もこまめにしなくちゃいけなくて大変だ。
「シロウ、あちらの方は終わりました」
「ああ、ありがとうセイバー。こっちも終わったから、今回はこれで終わりだな」
 とはいえこまめにやってるおかげで、掃除はあっという間に終わった。庭の反対側を掃いていたセイバーもすぐに戻ってくる。ちなみに今日は始めからセイバーに手伝ってもらっていた。
 落ち葉は本当に量が少なくて、俺一人で十分に掃除できる程度だったんだけど、先日怒られた手前またセイバーに声をかけなかったら何を言われるかわからなかったし。
 セイバーはやはりというかなんというか、俺が声をかけると「もちろん手伝います」と言って立ち上がった。まるで俺が稽古の時、彼女の望む反応をしてみせた時みたいな、機嫌のいい顔で。
 …………俺、日常生活でもセイバーの生徒になってるのかな。
 庭中を掃いて集めた落ち葉は一握りだったが、これでもゴミはゴミだ。ちゃんとゴミ袋に入れて燃えるゴミへ出す。
 セイバーの見ている前で、ゴミ袋の口をキュッと縛ったその時。
「やっほーーーーーー!! おにーーーーーちゃーーーーーん!!!」
 いきなり上がる大絶叫。声だけでわかった。これはきっと、いや間違いなく俺に向かって突進してくる人間魚雷。
 けれどこの正体がわかっている俺に、避けることは許されない。
 いつものとおり腹筋に思いっきり力をこめて、これから来る衝撃に備える。人間魚雷はあやまたず俺の腹を直撃した。
「ぐ…………。よ、よく来たな、イリヤ…………」
「――――イリヤスフィール。そのように度々シロウの腹を目がけて突進するのはいかがなものかと」
「なによー、セイバーってば細かーい。まるでセラみたいー」
 あのカタブツ教育メイドと一緒にされて、セイバーも複雑そうな、ちょっとイヤそうな顔をする。
 ……もっとも彼女が俺に行う説教はセラに勝るとも劣らないとは、一応思っても口にしない。
 イリヤは俺に抱きついて満足したのか、未練も残さずパッと離れた。
「それはともかく、遊びに来たのか?」
「んふふ、今日は遊びにも来たけど、いいもの持ってきてあげたのよ」
「いいもの?」
 首をかしげる。しかしそう言っても、イリヤが手に何かを持っている様子はない。
 ―――と、いきなり空が陰った。いや、何かが太陽の光を遮っている。
 何も考えず、視線を上に上げるとそこには、
「ななななっ!?」
「バ、バーサーカー!」
 隣でセイバーも声をあげた。言っておくが、別にバーサーカーがここにいることに驚いているのではない。
 バーサーカーは白く巨大な袋を肩にかけ、まるで季節外れのサンタクロースか大黒様のようだった。
 あのバーサーカーが持っていてなお大きな袋と感じさせるのだから、実際には俺やセイバーでは身長が足りなくて持てないぐらいのサイズに違いない。
 しかもそれが2つ。中に入っているものの大きさが知れようというものだ。
 イリヤは企みごとをしてる時特有の、含んだものを思わせる笑みを浮かべ、

「やっちゃえ! バーサーカー!」
「■■■■■■■■■―――――!!!!!」

 敵ではないとわかっていても恐怖を感じさせる巨大な咆哮を発して。
 バーサーカーは袋の中身を庭にぶちまける。

 ドザザザザザザザッッッ!!!

 ものすごい音がして、中のものが拡散し始めた。
「うわっ! な、なんだ!?」
「イリヤスフィールっ!?」
 驚く俺とセイバーの声を後目に、庭に小高い何かの山ができあがる。
 よく見れば、それは赤や黄色や茶色と色とりどりの――――
「これ……落ち葉か?」
「どういうつもりですかイリヤスフィール。こんなものを大量に持ってきて」
「だってシロウの家って庭が殺風景じゃない? だから彩りをつけてあげようと持ってきたのよ」
 イリヤは得意げに胸を張り、楽しそうに笑顔を見せる。
 でもそれは俺を困らせようというこあくまの笑みではなく、子供らしい無邪気な笑み。
 ……ん?
「しかしこの庭はたった今掃除したばかりなのです。なのにこんなに散らかすとは――」
「散らかす?」
「セイバー、待った」
 いたずらっ子のイリヤにお説教を開始しようとしたセイバーを止める。
 生真面目な彼女はイリヤの行動を悪さと受け取ったようだけど、イリヤにそんなつもりは全くないようだ。
 イリヤに聞こえないよう、小声でセイバーに耳打ちする。
「イリヤのやつ、どうも本気で善意から持ってきてくれたみたいだ」
「は? しかしゴミを散らかすなど、善意で行う事ですか?」
「う〜ん、確かに落ち葉はゴミと言えばゴミなんだけど」
 そっと目でイリヤを指す。彼女は俺とセイバーの内緒話よりバーサーカーの作った落ち葉の山に興味を引かれているらしく、いくぶん興奮した目でおそるおそる落ち葉へ背中を預けたりしていた。
「たぶんイリヤはインテリアかおもちゃの感覚で持ってきてくれたんだろう。それをゴミ扱いしちゃイリヤに悪い」
「はあ……。まったく、シロウは甘いですね」
 よく俺がセイバーへの態度として皆に言われるセリフを、今度はセイバー自身から言われた。でもセイバーだって今の説得で話を合わせてくれる気になったんだから、十分甘いと思うんだけど。
 タガが外れたのか、イリヤはすでに落ち葉の山を制覇しようと、お嬢様らしからぬ格好でよじ登り始めている。そんな彼女の背中へ声をかけた。
「それにしてもイリヤ。こんなにたくさんの落ち葉、どこから持ってきたんだ?」
「柳洞寺よ。アサシンが掃除してたからちょうだいって言ったら、喜んでくれたわ」
 ああ、たしかに柳洞寺ならこれくらいの落ち葉は集まるかも。あそこはれっきとした山だし。
 そして掃除とゴミ捨ての手間を省くという非常に効率の良いことをした小次郎に、等価交換が基本の生粋の魔術師であるキャスターが、タダでアインツベルンに物を渡すとは何事と怒鳴り散らしたことを俺が知るのは数日後のこととなる。
 イリヤは落ち葉のてっぺんに到着すると、そのまま腹這いで大の字になる。さすがに立ち上がると山の中に沈んでしまうので立てないからなのだが、まるでどっかの話で聞いた干し草のベッドに横になってるみたいだ。
 手だけを立てて、ひらひらと振りながら俺たちに声をかける。
「シロウ〜。シロウも一緒に遊ぼーよぉー!」
「うーん。遊びたいのは山々なんだけどなあ」
「落ち葉で、何をして遊べばよいのでしょうか?」
 セイバーと二人で落ち葉の山を見る。いいかげん子供じゃないんだし、そう簡単にオリジナルの遊び方が浮かんできたりはしない。

 ……………………。
 ………………………………。
 ………………………………………………………………。

 ボブッッ!!!

「ぶべべっ!?」
 いきなり後ろから力強く押されて、落ち葉の山に頭からつっこんだ。
 必死にもがいて顔を上げると、セイバーがポカンとした顔で落ち葉の上に仰向けになっている。
 その隣ではイリヤが無邪気な顔で手をたたいていた。
「いいわよバーサーカー! さあシロウ、早く遊んでくれないと、シロウじゃなくてシロウ遊んじゃうんだからねーだ!」
 なっ……? 俺を突き飛ばしてセイバーを落ち葉の上まで運んだのはバーサーカーか!
 しかしそれはシャレにならない。このままじゃ落ち葉の中に埋められて、宝探しみたいに掘り出すなんて遊びをされても全然不思議ではない。
 イリヤだけならそんなことはできないのだが、今日の彼女のお供はバーサーカーである。どんな力技でもどんと来いというものなのだ。
「ま、待ったイリヤ! 今ちゃんと考えるから!」
「じゃああと十秒ね。はい、いーち、にーい」
 んな無茶な。
 そんな感情を内心呟く間にも、時は流れてゆく。
 最近目覚めつつある俺の心眼と危機察知能力は、どっちも『十秒じゃムリ』という投げやりな答えを返してきた。
「セッ、セイバー! なんとかしてくれ!」
「は、はい! 今いきます!」
 俺の呼びかけに反応して、セイバーがこっちに駆け寄ろうと立ち上がり――――
 ぼずっ。
 そのまま、落ち葉の山の中に腿まで埋まった。
「な……!」
 なんとか落ち葉から這い出ようと四苦八苦するセイバー。しかし力をこめればこめるほど、彼女の体は埋まっていく。ああいうものは、本当はそっと力を入れず、周りの落ち葉を動かさないよう静かに出ないと出られないんだが、セイバーに『力を抜く』という意識はないようだ。
 ――――ああ、そういえば、プールでもなかなか力が抜けずに苦労していたっけ。稽古の手加減はできるのにな。
「くっ……! これしきのことで……!」
 セイバーはさらに力をこめて落ち葉をかき分ける。当然のことながら、さらに彼女の体は埋まっていく。もう腰までずっぽりと。
「――きゅーう、じゅーー! さあシロウ、何か遊びは思い付いた?」
 そんな光景を見てるうちに、イリヤの数える十秒はやってきてしまった。イリヤも落ち葉と奮戦するセイバーを見てケラケラ笑っていた気がするが、それとこれとは別問題なんだろう。
 まさに万事休す。そんな言葉が脳裏をよぎる。
 ああ儚い命だったかな。親父、俺はもうすぐ貴方のところへ貴方の娘の手によっていきます。もっともイリヤに殺されて行き着くところは、なぜか藤ねえとイリヤのいる道場のような気がしてならないのは何故だろう。
 走馬燈のようにおかしな思考が走ったその時。
 ――――ビュロオォォォ!
 突如、大きな音がして落ち葉が一気に舞い上がった。
 音の方向を見ると、セイバーが不可視の聖剣を構えて立っている。その足元に落ち葉はない。
「せ…………せいばー?」
 まさか落ち葉から脱出するだけで風王結界を使うなんてバカなこと――――
 だが俺の呆然とした呼びかけに、セイバーは不敵な笑みを見せる。
「ふふふ、お待たせしましたシロウ。私が本気を出せばこのような障害など物の数では―――」
「わぁぁぁーーーーーっっっ!!!」
 何かのスイッチが入ってしまったセイバーの口上を遮って、イリヤの歓声が上がった。今度はなんだ。
「すごいすごい! ほら、見て!」
 視線を向けたそこでは、セイバーの舞い上げた落ち葉の下、イリヤがクルクルと回っている。
 …………まるで、そらから降る雪を受け止めるように、はしゃぎながら。
「すっごいキレイ。積もってるのもキレイだけど、降ってる方がずっとキレイだわ。
 ねえねえセイバー、今のもう一回やって」
「は? 今のとは、これですか?」
 セイバーが風王結界を落ち葉に近づける。地面に溜まっていた落ち葉はブワリと舞い上がり、また天から落ちてきた。
「わぁー! 赤や黄色の色つき雪みたーい!」
 ますます喜んでステップを踏むイリヤの姿は、いつか見た雪の妖精を彷彿とさせる。これはイリヤが本当に楽しい時のしぐさだ。
 その嬉しさがセイバーにも伝わったんだろう。セイバーはイリヤが頼むまでもなく、次々と落ち葉を舞い上げて彼女の上に注がせ続けていた。
「イリヤスフィール、どうですか?」
「うん、すっごく楽しー! もっとやってやって!」
 ただ落ち葉を舞わせるだけのセイバーも笑顔を浮かべている。イリヤの嬉しさが伝わった、というより伝染してるらしい。次第に興が乗ってきたようで、庭のあちこちを駆け回っては遠くへ飛んでいってしまった落ち葉も集めてくる。そしてまたイリヤの上から降らし、イリヤは落ち葉とダンスを踊る。
 そのうち、イリヤがセイバーの手を取り、落ち葉の中へ連れ込んだ。
「な……?」
「ほら、セイバーも!」
 最初は戸惑っていたセイバーだったけど、イリヤが両手を取ってクルクル回るのに合わせているうちにまた楽しくなってきたのか、すぐに笑顔を取り戻して自分から回り出す。
 降りしきる赤い落ち葉の中、赤いほっぺで笑いながら、楽しそうに踊る二人の少女。
 王として窮屈な生活をし、自分自身を押し殺してきたセイバー。
 聖杯戦争の道具としてだけの存在意義を求められてきたイリヤ。
 そんな二人が、今、自分のために心から笑っている。
「なんか――――いいよな、こういうの」
 呟きながら、隣に立つ鉛色の巨人を見上げる。
 彼は、相変わらず無言ながらも、『まったくだ』と満足そうな顔をしているように見えた。






 お題その32、「朱色に染まる」。
 ま〜っか〜なほっぺたの〜♪ き〜みとぼく〜〜♪♪ってことで。真っ赤な秋は最後にほっぺが赤くなるのがオチで、最も価値ある朱色なのです。
 今回の話ではイリヤばかりでなくセイバーも子供っぽいところにぜひご注目。ここなら鞘で遊んではいけませんって怒られることもなし(笑)
 ……って、しまった、今回士郎との絡みが少ない(汗)




戻る