「ちょっ、衛宮くん!? なんでいきなり来るのよ!」
「……へ?」
 その日の夜、遠坂の部屋へ行くと。
 思いもかけない言葉で出迎えられた。
「なんでって……今日は魔術講義の日だろ。夕飯の支度の前に、忘れるなって念押してったの、遠坂じゃないか」
「え!? …………あ、ああ、そうだったわね。あー、でもね、いきなり時間も指定せず来るのはやっぱりどうかと思うの。ここは女の子の部屋なんだし」
「はあ!?」
 つい本格的な驚きの言葉が口から飛びだした。だってそうだろう、今までだって一度も時間の指定などしたことがなかったのに、突然そんな事を言われりゃ驚きもする。
 あげくのはてに。
「うーん…………うん。士郎、悪いけど今日の講義はお休み。次の予定はまた連絡するから。じゃ」
 こんならしからぬことを言われてしまっては。
 俺は呆然と、無情にも目の前で閉ざされたドアを見つめることしかできなかった。




 首をひねりながら居間に行くと、そこでは藤ねえがせんべいを貪っていた。
 他の皆は部屋に戻ったのか、誰の姿もない。
「あれー、士郎どうしたの? 遠坂さんのとこに勉強教わりに行ったんじゃなかったっけ?」
「うん、そうなんだけどさ…………」
 不可思議な遠坂の現象を話す。―――と、藤ねえは訳知り顔で何度も頷いた。
「なるほどー。女心と秋の空、ってヤツかしらねー」
「遠坂がか…………?」
 理解できず、憮然とした顔で呟く。
 俺だって言葉の意味ぐらい知っている。女心と秋の空はどちらも変わりやすいというもののたとえだ。昔は男心と秋の空って言葉もあったらしいが、それはついでの話。
 しかし、どうにも納得がいかない。遠坂が気分屋なのは知っている。でもあいつは、ちゃんと決めたことはきちんとやり通すし、約束も守るタイプの人間だ。
 魔術の講義なんてのは、俺達にとって守るべき約束の部類に入る。教わる俺はもちろんのこと、教える方の遠坂だって毎回きちんとやってくれていた。
「なに士郎、遠坂さんがかまってくれなくて寂しいのー?」
「ばか、そんなわけあるか」
 にやにやと絡んでくるトラを一言で両断。寂しいわけではないが、理由がわからないというのも気持ち悪い。
「まあ暇ならセイバーちゃんのところにでも行ったら? 士郎のこと探してたわよ」
「セイバーが?」
「うん。さっきこっちに来て、士郎なら遠坂さんとこで勉強って言ったら、残念そうに戻ってったわ」
「そっか。サンキュ、藤ねえ」
 どういたしましてー、と寝っ転がりながら背なで返す藤ねえを後にして居間を出る。
 たぶんセイバーならこの時間は部屋にいるだろう。彼女の用事が終わったら、唐突に空いた時間で稽古をつけてもらってもいい。
 ぺとぺとと廊下を歩き、セイバーの部屋に到着。
 だが、一人きりと思った彼女の部屋は、障子越しに妙に大勢の気配を感じた。
「セイバー? いるかー?」
「「「っっっ!!?」」」
 ざわり、と蠢く部屋の気配。……間違いない、セイバー以外にも誰かがこの部屋にいるようだ。それも複数。
「シ、シロウ! 突然どうしたのです!?」
「どうって……藤ねえから、セイバーが俺を探してるって聞いてさ」
「あ、そ、そうでしたか……。申し訳ない、シロウ。その用件ならば先程終わりました」
「? そうなのか?」
「ええ、大丈夫です」
 ―――と、ここで違和感に気付いた。
 セイバーは障子越しに受け答えをして、こちらに出てこようとしない。
 彼女にしてはずいぶんな態度だ。いつもなら、ちゃんと礼儀正しく障子を開けて、顔を見ながら会話してくれるのに。
「セイバー、どうかしたのか? なんで出てこないんだ?」
「だ、大丈夫です! すみませんが、詮索はしないでいただけるとありがたい」
「――――――――」
 つまり、首をつっこむな、という事か。
 部屋の中にある他の気配は、まだざわついている。……なんか動物でも拾ってきてるんじゃないだろうな。
「――わかった。それじゃ」
「え、ええ。おやすみなさい、シロウ」
 ――――結局、稽古の事も言い出せずじまいで、彼女の部屋を後にする。
「女の子ってのはわかんないな…………」
 もらした呟きは、自分自身でも負け惜しみに近いんじゃないかって気がした。






 …………どうしよう。朝から豪勢になってしまった。
 朝食の準備を終えて、ふと気付いた時、俺が作った料理の数々はすごいことになっていた。
 アジの開きをメインに、定番の玉子焼きと納豆はもちろんのこと、鶏肉と大根人参と具だくさんの煮物、にんにくのたっぷり入った野菜いため、冷や奴に昨日の残り物ではあるが力作の豚つくねの串焼き。もちろん炊きたてごはんに、今日ははまぐりのお吸い物にも挑戦してみた。
 いつもなら夕飯にしてもいいくらいの品数を食卓に並べたところで、やっと作りすぎたと気付く。
 しかもまだ手元には、デザートのあんみつがある。黒いあんこと色とりどりの果物を眺めて、つい独り言が出た。
「……なに考えてたんだろう、俺……」
 昨日の一件が思った以上に尾を引いてるんだろうか。そっけない遠坂やセイバーのことを考えていたら、手が勝手にたくさん料理を作っていた。我ながらこれが、現実逃避なのか二人へのご機嫌取りなのかはわからないが。
「おはようございます、シロウ。今朝も良い匂いですね」
 珍しくセイバーが一番にやってくる。というか、今朝は桜が遅いようだ。
 セイバーは食卓に並ぶ大量の料理を見ると、目を丸くしたあと輝かせた。
「どうしたのです? このたくさんの料理は。今日は何かの祝い事ですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……まいったな」
 ボーッとしていたら、理由もなくたくさんの料理を作ってしまった、なんて。
 セイバーと藤ねえには喜ばれるだろうが、遠坂にはバカ扱いされ、桜には疲れてるんじゃとか心配されるだろう。
 仕方ないので、ここで適当な理由をひねり出す。
「――――ほら、最近は涼しくなってきて、みんな食欲も出てきただろうから、少し多めに作っておいてもいいかなって」
 すると。
 今の言葉のどこが心の琴線に引っかかったのか、セイバーはハッと何かに気付いたような顔をすると、急に顔を曇らせる。
 彼女ならこの料理を純粋に喜んでくれるだろうと思っていたのに、不意を突かれた。
「セイバー?」
「あ、いえ……。ず、ずいぶんたくさん作ったのだな、と……」
「…………まずかったか?」
「いいえ、とんでもない。私は良いのです。しかし凛と桜が…………」
 あの二人が?
 と思ってる端から、遠坂がフラフラとやってくる。最近の衛宮邸の恒例になった、幽鬼のような低血圧な遠坂だ。
「ううう…………牛乳…………」
「ほら、遠坂」
 コップについで渡してやる。この一杯で元の遠坂に戻るのだから、本当に不思議だ。
「んっ……んぎゅ……んんっ……
 ―――ふう。おはよう、士郎。セイバー。
 そうだ士郎、昨日はごめんなさい。魔術講義をすっぽかしたりして」
「え? あ、ああ……」
 約束をすっぽかして何をしていたのか、気になるところではあるのだが、たぶん触れない方がいいのだろう。遠坂には遠坂の事情があるんだろうし。
「気にしてないから、別にいいよ」
「ありがと。今度の講義は、ちゃん、と…………?」
 言葉の途中で、遠坂が不自然に黙り込む。
 彼女は、居間の方を見て絶句していた。
「こ、こ、こ、こ…………」
 ―――遠坂の肩がワナワナと震え出す。なんだかイヤな予感もするが、むしろ驚きの方が先に立った。
「おっ、おい、どうした遠坂!? まさかニワトリの鳴き真似じゃ――――」
「これは遠回しな仕返しかあああぁぁぁぁ!!!! コンチクショーーーーーーー!!!」
 遠坂らしからぬ暴言を吐き捨て、ズカズカと台所から出ていってしまう。
 俺はといえば、遠坂の勢いに押されて尻餅をつきそうになり、あとはポカンとその背中を見送るだけだ。
「な……なんなんだ一体?」
「先輩、おはようございます。すみません、遅くなってしまって」
 衝撃から抜けきらぬうちに、今度は入れ替わりで桜が起きてくる。
「いや、いいよ。まあ桜にしては珍しいけど。ゆうべ何かあったのか?」
「な、いえ、それはその……。そ、それより姉さんこそどうしたんですか? 何だかすごい勢いで洗面所に向かっていきましたけど」
「さあ、俺にも何がなんだかさっぱりだ。居間を見たら急に――――桜?」
 俺の言葉につられ、居間を見た桜は、遠坂そっくりに固まっていた。
 そして何も言わず、今度は寝起きの遠坂みたいな足取りで台所を後にする。
「おい、どうしたんだ、桜まで!!?」
 予想外、なんてもんじゃない。何もかもがいつもと違いすぎる。
 ふう、と小さな溜息が聞こえて振り返ると、一部始終を見ていたセイバーが気の毒そうな顔をしていた。
 ―――ただしその対象は、混乱させられている俺か、それともさっきの二人なのか。
「……だから言ったのです。私はともかく、凛や桜にはあまり……」
 そこで言葉を切ってしまうセイバー。
 なんなんだ。なんなんだ一体。
「くそ、何が起きてるってんだ!?」
 まるで自分だけ異世界に迷い込んでしまったかのような焦燥感に耐え切れず、俺も台所を飛び出す。遠坂か桜に事情を聞かないかぎり、落ち着けそうにない。
 すると顔を洗ってきたからか、いくぶん冷静になった遠坂と出会でくわした。
「あら衛宮くん。そんなに慌ててどうしたの」
「どうしたってのは俺のセリフだっ! お前ら一体―――」
 言いかけたところで。
 外からものすごい足音が、こちらへ向けて爆走してくるのが聞こえた。
 足音はどんどん大きくなる。そしてわずかの間を置かず、

 ガラララララッッ!

「凛! しばらく家には帰らないとはどういう意味だ!!」
 とつぜん玄関の扉が開き、ご近所迷惑考えず怒鳴り込んできたのは、赤くて白くて黒い男。アーチャーだった。
 よっぽど全速力で来たんだろう。額には汗を浮かべながら、肩で息をしている。
 そんなアーチャーを、遠坂はキッと見据えて、
「言ったとおりよ。しばらく遠坂の家には戻らない。
 ―――心配しなくていいわ。目的を遂行したらちゃんと帰るから」
「目的……? そうか、私はてっきり…………」
 ぶつぶつと何事か呟くアーチャー。そして背筋を伸ばすと、いつもの慇懃な態度を取り戻す。
「しかしだな。理由くらい言っておいても良いと思うのだが? 君とて私がいきなり家に戻らないと言い出したら驚くだろう」
「ふん、そんな事ないわ。アーチャーがフラフラしてたって、わたしには関係ないもの」
「――ふむ。それは必ず私が戻るという信頼の証と受け取って良いのかね?」
 遠坂がフン、と顔を背ける。だがその行動が照れ隠しなのは見て取れた。
 というかあんな言葉を臆面もなく吐けるなんて、やっぱりアイツは俺じゃないと固く認識しなおす。
「とは言っても、だ。こちらにも都合があるのだから、やはりいつ帰るかくらいは言っておいてもらいたい。たとえばマスターが帰る日に、久しぶりに良い茶葉を用意しておこうとか、今夜は凛の好物を作っておこうとか――――」
「それよっっ!
 だいたいアンタの料理がおいしすぎるから――――っっ!」
 遠坂が怒鳴る。しかし、途中でいきなりその口を閉ざした。
 まるで何か墓穴を掘ってしまったかのように。
「ふむ……。ふむ、なるほど……」
 一方、アーチャーは上から下まで遠坂を睨め回した後、何かを理解したかのように頷き、
「…………フッ。凛、君は気にしすぎだぞ。なに、そんなにふ」
「死ね。」
 ボヒュボヒュボヒュッッ!!
 ――――アーチャーは無惨にも、遠坂のガンドによって弾き飛ばされた。
 すごいなあ。人ってこんなに飛ぶんだなあ。
 ヤツ自身が開けっぱなしだった玄関の扉はアーチャーの体を遮ることなく、結果そのままヤツは衛宮邸から退場の運びとなる。外で車に轢かれてないかだけ、ちょびっと心配だ。
 …………やっぱりアイツは俺じゃない。だって信じたくないじゃないか。遠坂のガンドの餌食になるのが、主に衛宮士郎だけなんて。




「う〜〜〜〜〜ん…………」
 部屋でひとしきりうなり声をあげる。もう何度目のことかは忘れてしまった。
 時刻は夕方。学校に行って家に戻り、夕飯の支度にはもう少しだけ余裕がある。そして時間があると、つい今朝のことを考えてしまう。
「うう〜〜〜〜〜…………」
 あの後、音に驚いた桜とセイバーがやって来て、遠坂は二人を連れてどこかへ行ってしまった。俺には後をついてくるなと念押しした上で。
 本当はみんなの様子がおかしい理由を聞きたかったのだが、とてもそんな雰囲気ではなかったのだ。
 そうして居間で待つこと5分。その間にやってきた虎にお手つきさせないよう見張っていると、戻ってきた遠坂や桜はやけに晴れ晴れした顔をして、俺に驚かせて悪かったと謝ってきた。
 またも態度の変わった二人に呆気にとられている間に朝食は始まり、飯の時間は恙なく進む。
 それは、いいのだが。
「セイバーさん。デザートいかがですか?」
「へ―――?」
 珍事発生。なんと桜が自分のデザートをセイバーに譲るという、前代未聞の事態。
 思わず問いたださずにはいられなかった。
「さ、桜? 今日の飯、うまくなかったか?」
「いえっ、そんな事ないです! でも、その……そうだ! わたし、今日は朝練の当番で、早く行かなきゃいけないんです! だからこれ以上食べてる時間が!」
 時計を見ると、いつも桜が出る時間より5分早い。そんなに慌てる時間じゃないと思うんだが……
 さらに。
「そうだったわ。わたしも学校に行く前にしたいことがあるの。藤村先生、デザート食べます?」
「わお。いいの、遠坂さん?」
 遠坂まで藤ねえにデザートを譲る始末。
 目を見張った。これまで遠坂が学校に行く前にバタバタしたなんて記憶はついぞない。
 僥倖にあずかった獅子と虎は、二人分のデザートをおいしそうにたいらげてくれたから、味が悪くなかったのは予想がつくんだが。
「…………やっぱり、こんなとこで考えてるだけじゃわからないよな」
 わからないことは聞くに限る。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ。
 そんなわけで。
「ちょっといいか、セイバー」
「――――シロウ?」
 道場で瞑想をしていたセイバーのところにおしかける。
 セイバーは俺の姿を見つけると、若干そわそわとし始めた。
 ―――思えば、桜と遠坂ほどではないにしても、彼女も様子がおかしい。
「なあセイバー。俺…………みんなに何か悪いことしたかな」
「えっ―――?」
 落ち着きなく俺と道場の入り口に視線をさまよわせていたセイバーが、一瞬かたまる。
 それは、俺の言葉が図星ということなのだろうか。
「それが一番心配だったんだ。俺はみんなが言うとおり、なかなか色んなことに気付けないらしい。
 だから自分でも知らないうちに、みんなに悪いことをしてて、それで昨日からみんなの様子が―――」
「違いますシロウ! 貴方は何も悪くない!」
 いきなり叫んだセイバーの声で、俺の言葉が遮られた。
 セイバーはどこか怒っているような、それでいて悲しそうな顔で詰め寄ってくる。
「馬鹿なことを言わないでください。私たちの様子がおかしい理由は私たちにあると、なぜ考えないのです。
 ……口止めをされていましたが仕方ありません。申し訳ない、シロウを巻き込むつもりはなかった」
「な――――」
 巻き込むって、そんな。
「もしかして、何か重大な事件でも起こってるのか? それで俺には内緒に?」
 だとしたら水くさいと言うしかない。皆が大変な思いをしてるのに、俺だけ手伝わせないなんて。
「いえ、実は――――」
「セイバー、来たわよー」
 彼女が事情を話そうとした、まさにその瞬間。
 後ろから遠坂の声がかかる。
「え?」
 反射的に振り向くと、遠坂と目が合った。同時に遠坂の体がライダーの魔眼にかかったみたいに固まる。
 そして彼女の後ろには桜が。これまた俺と目が合うと、石像になってしまった。
 俺はというと、別の意味で思考が止まる。普段とはあまりに違う二人の姿を目にして。
「って、どうしたんだ二人とも。その格好は?」
「!! え、衛宮くん、アンタなんでここに……!」
「せ、先輩は、お夕飯の支度をしてたんじゃ!?」
 二人の言葉は慌てるあまり、答えになってない。
 遠坂と桜はジャージ姿だった。穂群原指定の、体育の時間によく着てる学校用のジャージ。まるでこれから運動をするみたいな。
 …………ん? 運動?

 運動。デザートの譲り合い。多すぎる食事に怒りや憔悴。美味しすぎる食事。だから戻らない。俺には秘密。

 いくつかのパズルのピースが、元の場所へ自分たちから戻ってゆくようにつながってゆく。
 つまりは、天高く馬肥ゆる秋。

「まさか遠坂、桜、お前たち昨日からダイエ」

「それ以上言うなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「先輩ひどいですぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

「ぶべらっっ!!!」
 見事なまでに顎へ決まった二発のアッパーカット。遠坂はベアナックル、桜は黒い影を使ったわんぱんち。
 タイミングぴったりのソレらは、俺を見事に上空へと吹っ飛ばす。
 顎を突き上げるように斜め45度で飛ぶという車○正○飛びで、マット……もとい道場の床へと沈められた。
「シロウ!? シロウ!」
 慌てたセイバーの声がだんだん遠くなる。
 …………ああ、平和って長く続かないものなんだな…………意識が遠のくのって慣れないなあ…………




「ん――――」
 額を優しくたたかれる感覚で意識が浮上した。目を開けると、すぐ近くに上下逆さまになったセイバーの顔。
「すみません。起こしてしまいましたか」
「いや、いいけど……あれ? 俺」
「大丈夫ですか? シロウは道場で気絶してしまったのです。覚えていますか」
「あー……大丈夫。思い出した」
 なんだか理不尽な怒りの矛先にされて、世界が狙える強打を受け、どっかのボクサーみたいに吹っ飛ばされたんだ。
 これまでのことを把握してから、現状を認識するために首をめぐらせる。すると。
「ひゃっ!? い、いきなり動かないでください!」
 セイバーが上から叫ぶ。その直前に顔へ当たった柔らかくもあたたかい何か。
 ――――って。
「あ、え……!? な、うあ!?」
 ついこっちもおかしな声を連発してしまった。現状理解。……ここはセイバーの膝枕の上。
「あ、悪い……! すぐ、すぐどくから!」
 慌てて頭を起こそうとすると、上からグイと強い力で押しつけられる。
 結果、少しだけ上げた頭はまた彼女の膝へと逆戻りしてしまった。
「…………セイバー?」
「シロウは頭を打ったのですから、しばらく大人しくしていなければいけません。
 ……さきほどのは、くすぐったくて少し驚いただけです。悪い事などなにもありません」
「う、うん」
 言葉で頷いておとなしくしてる意を示すと、セイバーは押さえ付けていた手を離してくれた。
 そこまで来てようやくここが自分の部屋であることに気付く。たぶんセイバーが運んでくれたのだろう。
 何も言うことが思いつかなくて、しばし沈黙の時間が流れる。
 ―――と、耳に道場の方からの、床を思いきり踏みつける音と気合の入った声が聞こえてきた。
「セイバー、そういえばあの二人はどうしたんだ?」
「凛と桜なら、しばらく道場で素振りをやってもらっています。体を使う効果的な運動を教える予定でしたので、シロウが目を覚ますまでの二十分間は素振りをするよう言い付けてきました」
「二十分……。俺、どのくらい寝てた?」
「十八分と半分ほどです。なんとか間に合いましたね」
 クスリと小さくセイバーは笑う。……間に合って良かった。もし二十分過ぎても目が覚めなかったら、何をされていたことか。
「それじゃそろそろ行こうか。二人も疲れてるだろうから、お茶でも淹れてやらないと」
「そうですね。――――いえ、やはりやめておきましょう」
「へ? なんでさ」
 突然気の変わったセイバーに問うと、彼女はさっきのいたずらっぽい笑みを再び浮かべ、もう一度俺の頭に手をあてる。このまま起き上がるな、というジェスチャーだ。
「私は痩せるための運動には詳しくないのですが、鍛錬は最低でも一日三十分は行わねば効果がありません。
 ……それに、私ももう少し、こうして子供のようなシロウを見ていたいですから」
 子供って。いや、たしかに耳掃除の時、子供がよく母親にこうされたりするけど。
 そういえば前、疲れた俺を公園で休ませるために、膝枕をされそうになった事があったっけ。セイバーにとって膝枕は特に色っぽいものという認識はないのかもしれない。
 俺だけがこの状況に恥ずかしい思いをするのは、なんだかズルい気もするが、セイバーの気がすむまでもう少しだけならつきあってもいいだろう。
 きっとそれはすぐだろうから。女心と秋の空、なんて言うし。



 しかし。
 この後、セイバーの気はなかなか変わる事なく。
 疲れきった遠坂と桜が部屋に怒鳴り込んでくるまで、膝枕は続けられたのだった。






 お題その31、「乙女心と秋の空」。
 ベタやなあ〜。てかたまには、「ベタすぎてすぐカラクリに気付くけど、その後が楽しめる」話って書けないものか。むう。
 体型を気にするのは乙女の性ってことでひとつ。もっともよく同人とかで凛のダイエットネタって使われてて、それはそれで楽しいのですが、本編見てる限り凛は自分のカロリー計算を崩さないのでダイエットってした事なさそーですけどね。
 いちおー捕捉。うちのアーチャーは、遠坂邸に住み着いてます。バトラーのサーヴァント。さすがに衛宮邸には、用事がある時しか来られません。ホントは原作に準拠したいんですけど……ホロゥスタイルにすると今でさえ少ない出番がさらに少なく……(滝汗)




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