ふわふわ ふわふわ ふわふわ
 からだが 浮いてるような感覚。
 この縁側はあったかくてきもちいい。ついネコのように眠ってしまっても、しかたのないことに思える。
 庭に面したとおり道で眠りこけるなど、騎士としてはずかしいというきもちもあったけれど、その思いはこのあたたかさの前で氷のようにきえさった。

 ふわふわ ふわふわ あったかい。
 あったかい空気。あったかい風。あったかいにおい。
 きもちいい。いまならもっともっと長く眠れそう。

「――――、――――――――?」
 音がする。この音もあったかい。
 うれしい。あったかいのは好きだから。
 ああ、なんという気の抜けようか。剣と誓った我が身が、まるで本物のネコのようにゆるみきっている。
 けれどとてもきもちがいいから、もう少しだけこのままで。

 …………ん?
 なんだか寒い。少し寒い。
 さっきまであったかいと思っていたのに。なぜ。
 あったかいのが、消えてしまった。
「――――、――――――――――――」
 ……ああ、この音。さっきのあったかい音だ。
 あったかいのはきっとこっちの方。
 手をのばして――よかった、とどいた。これでさっきよりずっとあったかい。
 今度はなくさないように、ぎゅっと握りしめて。
 あったかい体温。あったかい声。あったかいにおい。
 あったかい。あったかい。――――ここはとてもしあわせなところ。


 interlude out


 ……助けて俺。ただいまライブで大ピンチ。
 いや別に危うし命ってわけじゃない。むしろ命の危機など微塵も……否、感じる。客観的に見ればのどかな状況だろうに、こう、血の雨が予感されるのはなぜだろう。
 それにしてもどうしてこんな状況になったんだっけ。
 俺の服を握りしめて眠りこけるセイバーを見ながら自問するが、答えは出ない。
 ―――オーケイ、わかった。もう一度最初から全部思い出してみることにしよう。



 珍しく一成の手伝いも新都でのバイトもなく、学校組では俺が一番乗りの帰宅だった。
 鍵をあけて家に入るのも久しぶり。家には基本的にセイバーがいるにしても、彼女一人の時は鍵をかけてもらっている。なにせ衛宮邸は広いので、家に人が一人しかいないのに鍵を開けっぱなしなのは不用心なのだ。まあ家には侵入者に反応する結界があるし、しかもいるのがセイバーとくれば危ないことなど何もないだろうが、万一ということもある。
「ただいまー」
 家に向かって声をはりあげる。そのまま靴を脱いで家に上がり、はてな、と首をかしげた。
 いつもなら俺が帰ってくるのを察し、帰宅の声と同時に出迎えてくれるはずのセイバーが、いつまでたってもやって来ない。
「出かけてるのかな……セイバー?」
 声をかけながら居間に入り、瞬間、息が止まった。
 ――――セイバーが縁側で倒れている。
「セ…………!!!」
 駆け寄る。どうして。セイバーが。何故。

 ―――スウ………スウ―――
「――――――――へ?」

 あと二歩というところで、俺は足を止めた。セイバーの口元から聞こえるのは安らかな寝息。
「なんだ……驚かすなよ」
 心底安堵のため息をつく。まったく、びっくりさせるんだからな。でも倒れてるんじゃなくてほんとに良かった。
 脱力したままセイバーの隣に座り込む。そしてまじまじとセイバーの寝顔を観察した。
 年相応の――いや、それより多少幼く見える、あどけない笑みが口元に浮かんでいる。いつもの凛々しい彼女からはなかなか想像できない顔だ。
「っていうか、気持ちよさそうに眠るようになったよな、セイバー」
 聖杯戦争中は魔力消費を抑えるため昼間もよく眠ってたから、彼女の寝顔を見る機会も多かった。その頃のセイバーは今よりもっと隙なく眠っていたような気がする。
 もちろん戦争中だったんだから当然かもしれないが、寝ていても周囲を警戒してるような、すぐにでも飛び起きてしまいそうな張り詰めた雰囲気があの頃のセイバーの寝顔にはあった。そうでなければ魔力が足りず、苦しそうにしている時か。
 あの頃に比べるとセイバーの寝顔はずいぶん穏やかになったと最近よく思う。
「安心して眠れるようになったんだろうな」
 うん、それは良い事だ。
 セイバー自身は気が抜けてると恥じ入るかもしれない。そもそもこんな布団もしいてない縁側でうたた寝をする事自体、彼女には珍しい。
 でもそれはここが安全な場所であると、気を張り詰め続けなくてもいいと感じてる証拠のように思えて、俺は嬉しかった。
 本当なら、もうちょっとセイバーの寝顔を堪能したいところではあるのだが――――
「このままってわけにもいかないか」
 時刻は五時過ぎ。日は西に傾いてきている。光もずいぶん弱くなっているから、じき冷えてくるだろう。
 もったいないのだが、断腸の想いでセイバーを起こす。
「セイバー? そろそろ起きないとカゼひくぞ」
「ん……………………」

 ――――――にこぉ……

 声をかけると一瞬だけ、セイバーの顔に満面の笑みが広がり、そして元に戻った。
 ――――――――うわ。
 な、なんかさっきの笑顔のせいでやけに胸がドキドキするっ。
 いつものセイバーの笑顔もいいけど、今のは初めて見た。
 まるで赤ん坊のような屈託のない笑顔。いつもの凛とした気配はそれこそ微塵もなく、ただ無心に頼られている錯覚を引き起こす。
 …………どうしよう。もう一度声をかけたら、またさっきの顔を見せてくれるだろうか。
「……むぅ……」
 俺が迷っていると、セイバーはふと眉をしかめ、身体を縮こまらせた。肩が小さく震えている。寒いのかもしれない。
 そういえば今の風はずいぶん冷たかった。本当に残念だが、どうやらタイムリミットのようだ。
「セイバー、風が出てきたから部屋の中に入――――」
 ろう、と続けることはできなかった。
 ゆっくりと、しかし一直線に伸ばされた白く小さな手が、俺の服をしっかりと握りしめる。
「な――――――!?」
 にこぉーー…………
 またセイバーの顔に浮かぶさっきの笑み。しかも今度はそのまま消えることがない。
 無邪気な顔で笑い続けるセイバーに、俺は思わず我を忘れた。
「あ――――う…………」
 どうしよう。こんな幼子のように庇護欲をそそるセイバーは初めてだ。
 頭のどこかで、なにかが焼き切れそうな音がする。
 助けて俺、ただいまライブで大ピンチ――――――――



 ……………………回想終わり。
 要約すればつまり、寝ぼけたセイバーが俺の服を掴んで離してくれないという、ただそれだけのことだった。
 うん。たったこれだけの結論を出すのにこれだけ回り道をしなきゃいけないあたり、俺も見事にパニクっている。
 セイバーはいまだに俺の服を強く握りしめたまま、さっきの笑顔を浮かべ続けていた。
「…………さて、ほんとにどうしようか」
 まだ混乱している頭なりに考える。
 こんな幸せそうな寝顔を見せているセイバーを起こすなんて、とてもじゃないけどできない。男なら、いや女だって誰だって皆同じことを思うだろう。
 しかし太陽は刻一刻と沈み行き、気温は少しずつ下がっている。このままじゃほんとにカゼを引いてしまうかもしれない。
 ……そうだ、それにこんな光景を誰かに見られたら、おおげさに騒がれるに決まってる。居間から丸見えのこの縁側にいては、次に帰ってきたやつに見つかるのも時間の問題だろう。
 結論。彼女をこのままにしておいちゃいけない事だけは確かだ。
「部屋に運ぶぞ、セイバー。途中で起きて怒るなよ」
 聞こえてないとは知りつつも、夢の住人であるセイバーに声をかける。
 力を込めて抱き上げると、両腕にセイバーの柔らかい感触と体温を感じた。鼻孔にはどこか甘い、女の子のいい匂い。
 …………うう、頭がクラクラしてきた。
 おかしな気を起こさないうちに、急いで彼女の部屋へと向かう。
 その途中、身体が揺られて不安定なのかそれとも心地よいのか、セイバーはますます俺の服を握りしめてきた。
 彼女の手は結局部屋に着いてからも離れることなく、今度はセイバーの部屋で同じ逡巡をするハメになったことを付け加えておこう。






 お題その7、「春眠暁を覚えず」。しがみついて寝ちゃうの〜なベタネタ、鏡花ばーじょん。
 本来こーゆうのは、イラストのほうが破壊力バツグンなものなのですが、絵は描けないので文字でできるだけ可愛くしてみました。それでもまだイラストには遠く及びません。ううむ。
 いつにも増してゆるゆるなセイバーさん。つか、ありふれたなんでもない、でもそれがないと空いたスキマが寂しすぎる日常のカケラでは、案外彼女もこんなゆるキャラな時もあるんではないかと思ってみることも。なんてゆーかこのシリーズ、そーゆう普段ちゃんと作ってる話では書けない、どうでもいい大事な出来事を集めているような気もしてきました。いや4番目のお題みたいなのもありますが。




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