「シローウ。遊びにきたよー」
 うららかな休日の昼下がり。明るく無邪気な口調で衛宮家の門を叩いたのはイリヤだった。
「よく来たな、イリヤ」
「あ、よかった。シロウいたんだ。いなかったら退屈になっちゃうとこだったわ」
 まったく足を止めずに上がりこみ、ぱたぱたと廊下を小走りに走って士郎の腕に抱きつく。士郎もいつものことなので止めもせず、そのまま二人は居間へと入った。
「退屈って。そういえばイリヤは、うちの他に行くとこないのか?」
「あるわよ。フジムラの家とか森のお城とか、たまにシロウの学校の弓道部とか」
「それは知ってる。そうじゃなくて、イリヤは同年代の友達とかいないのか」
「いないわ。そもそもそんな子たちと知り合う機会だってほとんどないもの」
「う〜〜〜〜ん…………」
 難しい顔でうなる士郎。イリヤはきょとんと首をかしげる。
「どうかしたの?」
「ああ。うちに来るのもいいけど、イリヤはもっとたくさん友達をつくるべきだと思うんだ。せっかく日本に来てるんだから、日本の友達をつくると習慣とかがよく学べるぞ」
 それはアインツベルンという妄執の一族の元でイリヤに植え付けられた偏った常識や価値観を正したいという、士郎の思いやりだった。しかしイリヤは口を尖らす。
「えーっ。だったらわたしより先に、セイバーが友達をつくるべきだと思うわ」
「私ですか?」
 先程から居間でおせんべいをお茶請けに緑茶を楽しんでいたセイバーが顔をあげる。特に口を挟むつもりはなかったのだが、自分に話をふられるとは思わなかった。
「そうよ。セイバーこそせいぜいこの家と商店街を往復する毎日じゃない。わたしよりよっぽど不健康だわ」
「な……不健康とは失礼な。私だって友ぐらいいますし、他の場所へも出かけます」
「他の場所ってもっぱらただの散歩でしょ? それもたまに気が向いた時だけ。港で海なんか眺めてると、マキリみたいに髪がワカメになるわよ」
「む……たしかにあの港は、青だの赤だの金だのの釣り人がよく集まるようになってしまったので、なんとなく行きづらいのですが……」
 ひとつ唸って黙り込むセイバー。
「それにセイバーの友達って、たまに公園でサッカーする子供たちの事でしょ。あれじゃ友達というより遊び相手じゃない。むしろセイバーの方が遊んでもらってるって感じ」
「し、失敬な! 私が遊んでもらってるなどと……!」
「だったら新しい友達、それも同年代の友達でも作ってみせたら? 友達ができると正しい習慣を覚えられるのよ。ねっ、シロウ!」
「……そうだなあ。セイバーも友達の一人や二人作った方が……」
 ぼんやりと思った事を口にする士郎。イリヤと同じくセイバーがなかなか現代社会に馴染みきれていないのも、士郎の悩みのひとつだった。友達ができればそこをきっかけに、外の世界と交流を持てるかもしれない。
 その分家にいる時間が短くなって寂しくはなるが、これは大事なことだろう。
 そう考えて呟いたのだが、セイバーは目に見えて不満そうな顔になった。
「――そうですか。シロウも私があの子供達に遊んでもらっているというのですね」
「あ、いや、そういう意味じゃ」
「良いでしょう。ならば友人の一人や二人、作ってみせます! 後になって悔やんでも遅いのですよシロウ!」
 なにを悔やむのさ、という士郎のツッコミは、しかしセイバーの耳には届かなかったらしい。
 そしてイリヤの論点すり替え作戦は、本人以外の誰にも悟られることのないまま大成功のうちに終わるのだった。


「とは言ったものの…………」
 てくてくてく。
 いつものきびきびした動作ではなく、どこか緩慢な足取りでセイバーは歩く。
 結局通いなれたいつもの商店街に足が向いてしまった。人はたくさんいるものの、友達の作り方などまったくわからない。
 彼女の持つカリスマBは、元来軍を指揮するためのもの。将として自軍の兵を信頼させるのには大いに役立つが、一対一で親しくなるのには適さない。これがAになるとある意味ミョーな懐かれ方をされるのは、とあるカリスマA持ちが証明しているのだが。私が遊んでもらっているのなら彼は遊ばれているのです、とセイバーは思う。
 凛や桜も友人と言えば友人だが、二日か三日に一度は顔をつき合わせて一緒に夕食をとる関係は、家主の士郎に言わせればすでに家族だろう。
「そう考えると…………」
 いつの間にか足が止まっていた。しかしそんな事はどうでもいい。
「確かに、私には友人が少ない――――」
 思いきり威勢良く出てきたはいいが、実は相当な難事だったのではなかろうか。
 改めてセイバーはその事実に気が付いた。
「…………どうすれば…………」
「セイバーさん? どうしたんですか」
 突然後ろから声がかかる。
 振り向くと、そこには見覚えのある顔が見慣れた制服姿で立っていた。
「ユキカ。お久しぶりです」
「お久しぶりです、セイバーさん。今日はお買い物ですか?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
「おー! セイバーさん発見ー! 鐘っち、見てみろよー!」
「これは奇遇な。ご無沙汰してます、セイバーさん」
 今度は由紀香の背後から二人の女生徒が顔を出す。穂群原学園陸上部の名物トリオだ。
「ごきげんよう、カエデ。カネ」
 セイバーが声をかけると、楓は一瞬竦み上がって緊張する。
「こ、こんちは。相変わらず日本語、お上手、ですね」
「――申し訳ないセイバーさん。蒔寺はまだ外国人である貴女に苦手意識を持っているのだ。別に嫌っているわけではなく怯えているだけなので気にしないでください」
「ええ、心得ています」
「ところでセイバーさん、今日は何のご用なんですか?」
 さっきの質問をもう一度由紀香がくりかえす。セイバーは少し迷ったが事情を説明することにした。藁にもすがる思い、というやつである。
 話を聞いた由紀香は胸元で手を握り締め、
「あ……あのっ! だったらまず、わたしたちと友達になりませんかっ!」
「し、しかし……よろしいのですか?」
「いいよね、蒔ちゃん、鐘ちゃん!」
「うむ。セイバーさんならば友人としての人柄に申し分ない。蒔の字もセイバーさんのような人と接すれば異文化に少しは親しみを持てるだろう」
「セイバーさんと友達かあ……。うひひ、勝ったゼ美綴!!」
「?」
 なぜそこで綾子の名前が出てくるのかセイバーにはわからなかったが、とにもかくにも話はまとまったようだった。
 楓が雄叫びをあげる。
「よっしゃー! 今日はセイバーさんと友達記念として、鐘っちのオゴリでラ・フルールに行こうぜっっ!!」
「提案者である蒔の字とワリカンなら乗ろうか」
「なぁっ!?」
 なんとなく、どこか大河とイリヤスフィールを彷彿とさせる関係だなとセイバーは思った。


 この店に売られているケーキのように、どこか甘い音楽の流れる中。四人の少女は薄いピンクのテーブルクロスがかかったテーブルを囲み、ケーキとおしゃべりを楽しんでいた。
 学校のこと。この店の新商品のこと。楓と鐘の行きつけの骨董品店に、最近すごい美人のバイトが入ったこと。
 セイバーはそのほとんどをのんびり聞いているだけだったが、それでも楽しかった。目の前の少女たちは、本当に普通の平凡な少女たちだ。戦う事も飢える事も知らない、幸せな少女たち。そんな彼女たちが談笑している姿は、この時代の平和を象徴しているようにも見えた。
 やがて三人が半分ほど、一人もくもくとフォークを動かしていたセイバーがほとんどケーキを消費する頃、氷室鐘が居ずまいを正して問いかけてきた。
「ところでセイバーさん。ひとつお尋ねしたいことがあるのですが」
「なんでしょう。私に答えられる事でしたら」
「うむ。実はかなり前から、穂群原学園内で噂になっているのですが―――」
 鐘は眼鏡の奥の瞳をキラリと光らせ、
「衛宮士郎は、遠坂凛と間桐桜のどちらかとつきあっているのでしょうか?」
「………………………………はい?」
 ハトが豆鉄砲をくらったような顔になるセイバー。一方その質問に、今度は楓が身を乗り出した。
「あー、それアタシも聞きたい! 遠坂のヤツがあんな冴えないヤローとくっつくわきゃないけどさあ、最近アイツらミョーに仲良いじゃん?」
「うむ。優等生でありながらあまり人付き合いがなく、友人も少なかった学園のアイドル・遠坂凛が、二年の終わり頃から特定の男子生徒と懇意にしてる姿がたびたび目撃されているのです。
 しかもその男子生徒――衛宮士郎の家には、次期学園のアイドルとして有力候補と目される間桐桜が、二年も通いつめているとか。彼女と中学を同じくする者の話では、間桐桜はかつてもっと大人しい、むしろ目立たない存在だったそうで。それが衛宮士郎の家に通いだすのと時期を同じくして、次第に明るくなったという。さらにはここ最近、遠坂凛も衛宮家に通い始めたという噂までたち始めたのです。
 それで、やはりどちらかが衛宮士郎とすでにつき合っているのでは、と皆が憶測しています。ひそかに賭が行われている、なんて話まであるのですよ」
「…………………………………………」
 なんとも言えず珍妙な顔つきになるセイバー。
 そういえば昔、彼女がいた王宮でも女官たちが他人の恋の話に花を咲かせていた事を思い出す。基本的にそのうちの片方は必ず有名人、主に円卓の騎士達だった。皆の知っている人物というあたりが、興味をひくのだろう。
 それを考えればこの噂話は、登場する三人とも学園で知名度のある人物だ。凛は学園のアイドルと呼ばれるほど男子生徒たちの憧れの的だというし、士郎はいつもどこかで誰かを手伝っているため顔が広い。桜はそれほどでもなかったのだが、ここのところ彼女の率いる弓道部の快進撃と、女らしくたおやかになった外見から、最近ひそかなファンが急増しているのだと凛から聞いた。
 その理屈でいけば、彼ら三人が格好の噂のマトになるのはわかる。わかるのだが。
 ……なんとなく面白くはなかった。
「―――シロウは凛とも桜ともつきあってはいません。そんなことができるほど、彼は器用な人間ではない」
 人として優しくするのであればともかく、男性として複数の女性を相手にできるような器用さが彼にあるとは、到底セイバーには思えない。彼には自分ともう一人の女性に二股をかけるなど、固有結界の維持より難しいだろう。
 しかし事情を詳しく知らない少女たちは、セイバーの言葉を違う意味に受け取った。
「あー、やっぱりなあ。アイツに熱あげる女の子なんて、そうそういないだろ。ケケ」
「ふむ……。状況的にここまで揃っているというのに何もないとはいささか拍子抜けだが。しかしまあ、あの朴念仁ならばいたしかたないな」
「だいたいさあ、遠坂も間桐の妹も、あとはセイバーさんとか。アイツの周りって美人ばっかりだろ? いつも勿体ないとか思ってたんだよ」
「そうだな。衛宮が誰かとつき合っていてもおかしくはないのだが、むしろこれだけレベルの高い美人ばかりが揃うと、誰が相手でも普通レベルの容姿の衛宮とつき合うことに違和感を覚えるかもしれない」
「わ、悪いよそんなこと言っちゃ。蒔ちゃん、鐘ちゃん……」
「ならそーゆう由紀っちは、衛宮が遠坂とつき合ってるとことか、想像できるか?」
「え? う、うーーん……」
 ガチャン。
 頂点に達したイライラの赴くまま、セイバーはやや乱暴にフォークをテーブルへと置いた。振動で他の食器も同時に音をたてる。
 三人の少女達はぴたりと黙り、セイバーの方を向いた。
 自分の眉が吊り上がっているのには気付かないまま、彼女は冷静なつもりで口を開く。
「…………シロウは、決してどこにでもいる当たり前の少年ではありません。朴念仁なのはその通りですが、彼の魅力は容姿などという移ろいやすいものではなく、決して変わらない確固とした意志にこそある。
 私も、凛も、桜も。そんな彼を好もしいと思っているからこそあの家にいるのです。
 シロウの良さは間近で見ている私達が一番良く知っています」
 言いたい事を言って、セイバーは紅茶を一口飲む。
 熱い液体が喉を潤し、胸に入り、改めて本当に落ち着いて。
 そこでようやく、自分が口走ったことに気がついた。
 三人はまだポカンとセイバーを見ている。慌てて頭を下げた。
「し、失礼いたしました。誰かが下した評価に第三者が口を挟むなどと……」
「……いや、セイバーさんは悪くありません。むしろ我々の方こそ憶測のみで衛宮の事を悪く言いました。申し訳ない、セイバーさんが怒るのも当然です」
 ケーキ屋の店内で少女二人が堅苦しい言葉遣いで謝り合うのは少し異様な光景だったが、本人たちは本気だった。
 そして、本気で謝罪すればよっぽどの事でない限りきちんと許し合えるのが友達とも言える。
 顔をあげた二人の顔には、相手を安心させるための、そして自分が許してもらえた安堵による笑顔。
 緊張感がようやく解けて、固い雰囲気に小さくなっていた楓が息を吹き返す。
「でもびっくりしたなー。なんていうかさ、いっつも静かなセイバーさんとは思えないほど怒ってたよな。鐘っちが怒った時みたいでさ。
 ……もしかして衛宮とつきあってるのって、セイバーさんだったりする?」
 楓にとって、それは冗談のつもりだった。しかし。
「なっ……!? いえその、私とシロウはそんな、甘ったるい砂糖菓子のような関係では、」
 セイバーの反応は非常にわかりやすいものだった。
「ひょー! もしかしてビンゴ!?」
「ふむ、これは意外だ。かねてから衛宮邸に金髪美人が出入りしていることは噂のひとつだったが、まさかそちらが本命とは」
「いえ、ですからっっ!!」
「え? 違うんですか?」
 きょとん、と小動物のように首を傾げた由紀香の、何の含みもない不思議そうな顔に嘘をつける人間などそうはいない。
 セイバーもその例に漏れなかった。
「……………………はい」
「おおーーっっ!?」
「なるほど……」
「うわあぁぁ……」
 純粋に驚く楓、深く頷く鐘、うっとりと嬉しそうな由紀香。
 三人はリアクションもバラバラで、それでいて見事な調和がとれていた。まさしく奇跡の三人組である。
「では、私はもうひとつ失礼をしていたな。恋人が他の女性とつきあっているのかなどと聞かれるのはさぞ不快だったでしょう。すみません」
「いえ、良いのです。たしかにあの家は人の出入りが多いところですから」
 それも主に女性が。
 むしろ一番気の毒なのは士郎だろうとセイバーは思う。このような噂が流れているのでは、彼の実直な人柄がさぞ誤解されていることだろう。
 それでも衛宮邸に出入りする人々を追い出す気など士郎にはないだろうし、もちろんセイバーにもない。
「……多数の女性と噂が立つのは外聞のいい話ではありませんが、私やあの家へ出入りする人々はシロウの真実を知っています。私達が正しくあれば、おのずとシロウの良さも皆の知るところとなるでしょう」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
 三人の少女は絶句している。思いもよらぬ反応にセイバーの方が慌ててしまった。
「ど、どうしました?」
「どうしたって……なあ?」
「む……セイバーさんは本当に衛宮の美点を信じているのですね」
「すっごくステキだと思います。セイバーさん」
「そうですか? 私としては思ったことをそのまま言っただけなのですが……」
 セイバーには少女たちがなぜ自分の言葉に感銘を受けているのかわからない。
「うむ。まったく意識せず、自然にそのような考えが出てくるとは、ますます素晴らしい」
「セイバーさんには、衛宮くんの良さがよく分かっているんですね」
「そりゃーそうだよ、なんたってアイツの体のスミズミまで知ってるんだぜ? キッキッキ」
 楓にとって、それは冗談のつもりだった。しかし。
「はい。シロウの体は私が一番熟知していますから」
 セイバーの答えは非常に予想外のものだった。


 翌日。
 以前より冬木の温泉女子寮とか爛れた昼下がりの館とか噂のあった衛宮邸だが、とうとう木石でできているような衛宮士郎も耐えきれず、出入りしている女性の一人に手を出して体を弄んだ、という噂が電光石火の勢いで穂群原を駆け抜け。
 噂のマトである衛宮士郎は、冬木の虎に二刀流竹刀でカチコミを受けたという。
 その話をカチコミした本人から聞いたイリヤは大層驚き、事情聴取を行った。
 そしてセイバーから事情を聞くと、イリヤはアインツベルンの歴史より暗く重たいため息をついた。
「…………セイバー。自分が何を口走ったかわかってる?」
「は? しかし聖杯戦争時分から、シロウの剣の師匠を務めてきたのは私です。私がシロウの体を熟知しているのは、しごく当然の事ではありませんか」
「うん、間違ってはいないわ。間違ってはね」
 しかし多大なる誤解を招く発言である事も否めない。
 イリヤはもう一度深く深くため息をつき、目の前に寝かされているいまだ気絶したままの士郎を見つめた。
「――ゴメンね、シロウ」


 セイバーは同年代の友達を作るより先に、まずその年頃の少女としての常識を身につけるべきだと。
 後にイリヤは語ったという。






 お題その5、「友達100人できるかな」。……いや、たしかに氷室恋愛探偵はホロゥの中で1番好かんかった話ですが、別にあてつけではないデスよ?(滝汗)
 なんていうか、Fateルート後って、フツーに穂群原でこーゆう噂が立ってそーです。UBWやHF後は、ルートヒロインとの噂は立つけどもう1人が噂に入るスキってなさそう。3人そろって恋の鞘当てか!?なんて噂は、たぶんFate後だけでしょーね。
 今回初めて書きましたが、三人娘って難しい……。バゼットもキャラが掴みきれてないのでまだジブンには難しい人ですが、三人娘は揃って掴みきれてません(滅)しかも全員違う反応っしょ?そういやこのシリーズ、だいぶ己の中のセイバー像からイメージをデフォルメして書いているのですが、実際にセイバーの世間知らず度ってどんくらいなんでしょーね。




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