1−6.時よ 止まれ! この世は実に美しい


なぜ,再検グラフ法は不可能な検定であるのか?なぜ,ハミルトン閉路問題を解くことはそのように難しいのか?「あらゆる可能な場合を検定しなくてはならないから」というのがそのつつましい答えであり,ハミルトン検定の手続き上では問題オメガとして既に知られている.問題の本質はデッドロックの非決定性という現象として現れる.事象の非決定性とは本来無時間で決定されなくてはならない多変数方程式を,線形な時間の上でしか具体的には解くことができないというジレンマである.

我々はまず,矛盾には近い矛盾と遠い矛盾が存在するということに気付いた.つまり問題空間には距離に相当するような概念が必要であると考えた.また,この距離を移動として観測するためには線形な時間がどうしても不可避なものであることを確認した.再検グラフ法のジレンマを解決するために我々が行なわなくてはならなかったことは,無秩序な問題空間に世界時計を配置することである.無時間を薄くスライスしたセコンドと呼ぶ単位時間を導入することによって,与えられた確定パスから初発的デッドロックと呼ぶもっとも近い矛盾が発生するまでのプロセスを正確に記述することが可能になった.初発的デッドロックの正確な定義の下で,開始図式から初発的デッドロックを発生するまでの線形時間は無時間で置き換え可能となる.

ファウストはどのような世界を前にして,「この世は実に美しい」と覚悟したのであろうか?除去された枝の復活は確定されていた枝の反射的な除去と反射的なデッドロックの発生を引き起こし,代わって除去されていた枝が再生する.初発的なデッドロックの発生した状態下にあるネットワーク16は,すべての枝操作が直ちにリアクションを引き起こすあいまいさの無い緊張に満ちた世界である.世阿弥の残した言葉に,この初発的デッドロックによって指標付けられた状態空間と美との緊密な照応関係について言及したものが無かったとは思えない.

我々はここで時間を凍結した.この凍結された時間の上で矛盾の静的かつ全域的な解析を行なうことが可能となった.このような静的解析,つまり無時間検定によって構成される解析図式を我々は復活の木と呼んでいる.もし,グラフがハミルトングラフであるなら,すべての矛盾はその解を復活木の中にその解決に必要なすべての枝を含む復活径路として見出すことができる.復活径路上のすべての確定枝を除去し,除去枝を確定することでデッドロックパスは矛盾しない確定パスのすべての点を含んだ代替パスに変換される.

このようにして,短絡グラフと再検グラフ(復活木による再生変換を基盤とする無時間検定法)の応酬を繰り返すことによって,確定パスは少なくとも1ステップずつ伸長し,(もしグラフが非ハミルトングラフでないとすれば)それは最後にはグラフのすべての点を含んだハミルトンパスに到達する.


16 一般に重み付きグラフをネットワークと呼ぶことが多い.

17 グラフのすべての点を通る初等的な路