-ONE SCENE STORY-

四季シリーズ「秋」(2008/01/28)

 春の風と比べると肌寒い
 夏の風に比べると爽やかで
 冬の風に比べると少し優しい

 秋風は――

 暮れゆく空に問ふ、誰そ彼


─ONE SCENE STORY─
四季シリーズ第三弾『秋風』


「体に障る」
 きっと彼は、私が聞き入れないと知りつつも言わずにおれないのだろう。
「もう少しだけ――」
 その言葉に彼は、肩口のショールを掛け直してくれるだけで応えてくれた。
 秋の夕暮れは刹那の輝き。世界がオレンジ色に染まる中、病院の屋上も例外なく色彩を失ってゆく。
 それは急速に私の身にも降りかかる。
 一体私には、どれだけの時間が残されているのだろう……この薄れゆく世界のように、確実に削り取られてゆく。
 それでも私は、この屋上で夕陽が沈みきるのを見続けていたかった。
 陽が傾き出す頃から、それこそ完全に沈み込むまでの短い時間。私はこの時間が好きだった。
 例えそれが、私に残された時間を容赦なく削り取る、涼やかな秋風に晒されようとも、やめる訳にはいかない。
 私が私で居続ける為にも、この時間は大切なものだから。
 秋風が、髪の毛を乱して頬に触れる――
「ごめんなさい、つき合わせてしまって。戻りましょう」
 今日も一日が終わる。
「ねえ涼君……もう、病室には来ないで」
「瑞葉――」
 私がこの言葉を言うと、彼は本当に悲しそうな表情をする。必死に隠そうとするのだが、私にはそれがよく解る。
 きっと唇を奪ってでも、私の言葉を封じたかったと思う。
 それが叶わぬと知ってなお、彼が病室に来てくれるのは――正直辛い。私が選択した事とは言え、私たちは、私と涼は、つい二ヶ月前までつき合っていたのだから。
 その関係を一方的に断ち切ったのも私だった。

「涼、別れましょう――」
 私はこの言葉を言う前に、ある一つの決心をしていた。きっと決心しなければ、私は彼の前で、無様な泣き顔を晒していたと思う。
 それでも――
 それでも私はその決心に逆らってまで、彼を引き留める事はしたくなかった。きっと、最後に、別れの言葉を言えなくなる……その為だけに、私はある一つの決意を形にしたのだ。
「ふざけてるのか?」
「私は本気よ」
 あの頃の私は、まだそれ程衰弱していなかった。私を見つめ返す彼の瞳にも、見つめ返すだけの力が残っていたはずである。例え余命三ヶ月を宣告されていたとしても、あの時ばかりは逃げる訳にいかなかった。
「理由は、教えてくれないのか」
「ごめんなさい」
「どうして理由も言えない」
「ごめんなさい」
 問いかけの全てに「ごめんなさい」とだけ答え、私は彼の元を去った。

 それが私に残された唯一の選択と、それが一番正しい選択だと思ったから――

 私が最後の刻を迎える時、きっと彼は、私の側にいてくれる。それは分かり切っていた。だから――だから私は、一方的な別れの言葉を口にした。
 きっと私は、私の最後の刻に、口にしてはならない言葉を言ってしまう。

 ――愛してる。

 彼を縛り付けてしまう、私のわがまま。
 私は秋風にならなければならないのだ。
 春の風と比べると肌寒い
 夏の風に比べると爽やかで
 冬の風に比べると少し優しい

 秋風は――ただの想い出。

 秋風のように、彼の中ではただの想い出にならなければならない。この先彼に訪れる、春風の前の、ただの想い出に。

 ああ、でも、彼からは、一度も別れの言葉、聞いて、ない――



-後書き-
 秋風が纏う空気には郷愁を覚えたりします。
 私は長年同じ場所で育ち、小中高大学と実家から通っていたので、故郷とか田舎とかを持ち合わせていません。ですが、心の中に浮かぶのは懐かしさ。
 四歳まで暮らしていた生まれ故郷には縁故もなく、記憶に残る風景など曖昧なので場所に対するそれとは少し違います。私が郷愁を感じるのは夜の世界。
 中学生の時分に通っていた塾が夜の8時か9時くらいまであったので、帰るのはいつも満天の星の中。しばらく電車で通っていたものの、自転車で通うようになってからは、その身に夜風を受けて帰路に就いていました。
 その時の記憶を一番色濃く思い浮かべることが出来るのは、やはり、その身に風を受けていたからだと思います。
 大学を卒業し、社会人になってからも帰宅は夜遅かったのですが、車で通勤通学をしていた時代よりも、風を感じながら過ごした中学校時代の方が思い入れが強いのですから。
 ちなみに、春風に関しても夜。
 私の通っていた中学校の隣にはゴルフ練習場があるのですが、そのゴルフ練習場の前に、数本の桜の木が植わっていました。その桜、ゴルフ練習場のオレンジ色に光る照明の関係で、まるで黄金の様な輝きを見せるのです……なので、見に行くのはやはり夜。
 夜の世界に郷愁を覚えるのは、昼間の想い出が無いと言うよりも、印象的な出会いが夜に多かった……というだけなんですけどね。

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