-FANTASTIC STORY-

―見上げる―

「よう雅美」

 昼食後の休憩時間、国府田雅美は一人になりたくてわざわざ人気のない校舎 裏へと逃れていたのだが、そこで、静寂とは無縁のあまり出会いたくない人物 から声を掛けられてしまった。
「何よ貴弘」
 顔を見なくとも声だけで分かってしまう。
 学園で一番お気楽な男……雨宮貴弘(あまみやたかひろ)その人だった。
「なんだよ、随分な反応だな」
「そうね、あんたのおちゃらけた顔を見たら、さらに憂鬱になったわ……」
「な、なんですと!」
 雅美が精一杯の皮肉で迎えると、雨宮は大げさに驚いてみせる。
 そう言うところがおちゃらけてるのよ――と、雅美は言ってやりたくなっ たが、今日はそんな言葉を口にするのもうっとうしい。
 代わりに、ジロリと凄みのある視線を向ける事にした。

 雨宮貴弘とは佐久間学園に入学してからの付き合いだった。
 とは言っても恋仲などと言った艶のある関係ではない。
 入学式当日、クラスの女子全員に声を掛けていた雨宮に、雅美も声を掛けら れて以来の単に仲のいいクラスメートと言う位置づけである。
 普通ならばお気楽な性格とひょうひょうとしてつかみ所の無い男などは、 あまり近寄って欲しくないタイプなのだが、不思議と雨宮に関して言えばな にかと気があって、他の男子生徒よりも気楽に話せる仲になっていた。
 雨宮はどこか由緒ある神社の跡取りだと聞いた事があるのだが、言われて みれば、そう、どこか坊ちゃん坊ちゃんしたところも見受けられる。
 一度雅美は雨宮にその事を聞いた事があったのだが、結局本人がはぐらか すのみで、真偽の程は分からず仕舞いではあったのだが。
 とにかく、どこか憎めないいたずらっ子の雰囲気の雨宮と、なぜかは判らな いが馬があって、本当に軽口を言い合うような、そんな気軽な関係であった。
 しかし、今の雅美に取っては、そんな雨宮の相手をしているだけの余裕が無 かった。
 そう、昨夜の事で頭がいっぱいだったからである。

「悪いんだけど、用事が無いなら一人にしておいてもらえない」
 と、雅美は単刀直入に用件だけを伝えた。
 かなり乱暴な言い方だったが、雨宮がこれしきの言葉で気分を害する様な男 でない事を知っている。それに雅美自身、江戸っ子の祖父の影響からか遠回 しなやり方はあまり好みでは無い。
 そして雨宮の方も、そんな雅美の性格を良く飲み込んでいた。
「お前が珍しく悩んでるみたいだから、からかいに来てやったんだけどな。や っぱり美智子の事か?」
「あんたも興味本位の口?」
 雅美はやりきれない気持ちでため息をついた。
 今日は、朝から同じ質問を繰り返されていたからである。

 和田美智子がどうかしたって本当?
 和田がおかしくなったって?
 美智子が何者かに……

 確かに、全寮制という環境の中でこれ程の事件があれば興味を引かない方が おかしいだろう。でもだからと言って、自分のクラスメートを興味本位だけで 話のネタにするのはどうしても許せない――雅美は無責任な噂を流したり、 興味本位な質問ばかりしてくるクラスメートが多い事を思い出すと、自然と憂 鬱な気持ちになったり、憤りを感じずにはおれなかった。
 良くTVなどで芸能人などのスキャンダルを放送しているが、雅美にとって あの手のモノが一番不愉快だった。人が人の不幸やプライベートをのぞき 見て、訳知り顔で道徳や倫理を振りかざしたり、無責任な批判や同情を寄せる などこれ程愚かな行為は無い――と、思うからである。
 しかし雅美は、今回のことでいかに他人が他人の不幸に関して無責任な興味 を抱くのかを知った。
 確かに本気で美智子の事を心配する者も多かったのだが、それと同じくら いに、興味本位な者が多かったからである。
 露骨に麻薬やノイローゼだと言い出す者もいて、雅美はそれらの無責任で無 遠慮な者達にやりきれなさで一杯になっていたのである。

「美智子の事、興味本位で話題にするなら、いくらあんただって許さないから ね」
 と、雅美の口調がキツくなるのも無理はない。
 しかし雨宮は、そんな雅美の態度にも平然とした顔でこう続けた。
「う〜ん、そうだなぁ、興味が無いと言うと嘘になるけど……」
「な!!」雅美は雨宮を睨みつけた。
「貴弘、あんた見損なったわ。あんた、普段はおちゃらけてるけど、こう言う ときだけは真面目に考えると思っていたのに」
「おいおい待てよ。オレがいつ、興味本位だけで美智子の事を聞いたよ」
 と、雨宮は雅美の鋭い視線に出会って苦笑した。
「彼女の事はキチンと心配しているさ……ただ、どうして美智子があんな事件 を起こしたのか、それには興味があるのさ」
「それのどこが違うのよ。無責任で興味本位な奴らと変わらないじゃない」
「オレの言ってる意味が判らないのか?」
 雨宮はそんな雅美の視線に、困った顔を作った。
「オレは噂になっているように、美智子が麻薬に手を出すような娘じゃない事 を知っている。それに悩み事があってノイローゼになるような人間じゃないこ ともな」
「そうよ、美智子があんな騒ぎを起こしたのは、そんな理由からじゃ無いわ」
 そうだ、美智子が麻薬やノイローゼなんかでは無いことは、この男に言われ なくとも私が一番良く理解している。美智子はそんな事に逃げ込むほど、弱い 人間ではないのだ。
「じゃあ一体、その理由って何なんだ?」
 雨宮は、この男にしては珍しく真面目な顔をしていた。
「もし、その理由を作った人間がいるとしたら――」
「理由、を……作った人間?」
「そうだ、犯人と言っても良い。そんな存在がいるとしたら」

――犯人がいる。

 雅美はその言葉に大きな衝撃を受けた。
「もし犯人がいるとしたら……」
「俺達はどうするべきなのか、だな」
 雅美は無意識に避けていた考えを見つめ直した。
 そうなのだ、美智子が麻薬やノイローゼではないとしたら、あれほど取り乱 す理由はなんだったのだろうか。それはやはり、誰かに襲われたとしか……
「でも、あの時は誰もいなかったわ。私は事件の直後、美智子の部屋に入った のよ。無人だった」
 と、雅美は昨夜の状況を振り返ってみた。
「少なくとも、私が騒ぎに気が付いてからは誰も見ていないわ」
「じゃあ、一体どうしたって言うんだ?麻薬やノイローゼじゃ無いとしたら、 どんな理由があったんだ」
「そ、そんなの判らないわよ……そんな事」
「確かにな、俺達がどうこうする問題じゃないかも知れない。だけど、俺達に も何か出来る事があるんじゃないのか?」
 雨宮は雅美を見つめながら「少なくとも、友達として何かをしたいとオレは 思う」と、続けるのであった。
「私たちに出来る事……」
 そうだ、私は美智子の為に何かが出来るはずだ。周りがどう思おうと、自分 だけは美智子の事を信じてあげよう。そして、もし犯人がいるならば――雅 美は心の中にかかっていた霧が、一気に晴れて行く様な気がした。
 そして雨宮を、少し見直す事にした。いつもはへらへらとしていて、調子の 良い男と言う印象なのだが、今見せる真剣な眼差しには胸の高鳴りさえ感じ る。
 何より、美智子の事を友達として心配し、そしてその友達の為に何かをしよ うと言う姿勢は格好良く写った。

「な、なによ、意外と格好いい事言うじゃない。あんたのそう言う部分、良い と思うよ……」
「ん?俺に惚れたか」
「そう言う部分は嫌いだけどね」
 と言って、雅美は笑った。
「でも、そうよね、私たちにも出来ること、あるはずよね……」
 と、雅美は自分自信に言い聞かせるように言うと
「おう、そう思うぞ」
 と、雨宮はそれに答えた。

 そっか、貴弘はもう、事件に関して何か考えている事があるのね……
「それで貴弘、私たちには何が出来ると思う?」
「むっ、そりゃ……色々に決まってるじゃないか」
「色々って?」
「そりゃ色々だよ……」
「貴弘……何か考えがあって言ったんじゃないの?」
 アレだけキッパリと言い放った割に、無計画なんじゃない?――雅美は 信じられないと言った顔を向けた。

「そ、そんな顔しなくたって良いじゃないか。オレはあの事件の事、なんにも 知識が無いんだぞ、対応のしようがないだろ」
 と、雨宮は頭をかいた。
「だから、雅美の知っている事を聞きに来たんじゃないか」
「ははは……ま、この方が貴弘らしいか」
 と、雅美は気兼ねなく笑った。

「……と、ここまでが事件のあらましよ」
 昨夜の事を、雅美はなるべく順序立てて話したつもりだった。今朝一度、事 務員の菊池に話していたので、説明は良くまとまっているはずである。
「聞いた限りじゃ、殆ど事件に関係するようなことは判らないな」
「そうね。私が騒ぎに気が付いた時は既に美智子は廊下にいたし、その前の事 は全く判らない状態だった。ただ……」
「部屋の窓か?」
「うん。だって今の季節、昼間は結構暖かくなるけど、まだまだ朝夕の冷え込 みは厳しいでしょ?貴弘も知ってるとおり昨日の夜も冷え込みが激しかったじ ゃない。空気の入れ換えをするにしても開けっ放しになっていたのはちょっと 不思議な気がするの」
「いや、確かに雅美の言うとおりかもしれない」
「貴弘もそう思う?」
「まあ、何も無いと言われれば反論出来ないけど、やっぱり疑問に思う事は確 かだな。寮の中は殆ど集中管理の空調が利いていて空気の入れ換えなんて殆ど しない。少なくとも、オレは昼間の内は窓を開けることがあっても、夜にはあ まりしないな」
 と、雨宮は腕を組んだ。
「他には、美智子の部屋に手がかりになるような事は無かったのか?」
 雨宮に言われ、雅美は記憶の糸を探った。

「あの時は結構焦ってたし、着替えを取りに入っただけだったからね……で も、見た感じではいつもの美智子らしい部屋だったわ」
 美智子はきれい好きだからね――雅美は奇麗に整頓された部屋の様子を思 い出した。雅美もどちらかと言えばきれい好きの方だったが、美智子の部屋を 見ると、いつも叶わないと思ってしまう。
 雅美の部屋は表面上奇麗になっているものの、クローゼットを開けられると 困ったことになるのだが、美智子に関して言えばそれも無い。見えない所で もキチンと整理されているのである。

「うん、やっぱり変わったことは無かったと思う」
 雅美はどう思い返しても、窓が開いていた以外、変わった点を見つけること が出来なかった。
「すると、やっぱり窓が開いていたことが関係しているのかもしれない」
「でも、それってどういう事……まさか本当に人が出入りしたって訳じゃない でしょ? 美智子の部屋は五階の、しかも建物のほぼ中央当たりにあるのよ」
 多少、高所恐怖症の毛がある雅美には、五階と言う高さで人が窓の外を歩く など想像出来なかった。
「それは判らないけどな……高い場所での工事を専門にしている人にしてみれ ば、五階なんて高さは気にならないかも知れない。それに、雅美だって窓の所 にコンクリート製の庇がついているの知ってるだろ? アレだったら、人が歩 くのも不可能じゃない」
「じゃあ、美智子は誰かに襲われかけた?」
 と言って、雅美は不安になった。
「何とも言えないが、その可能性が無いとは言いきれない」
 雨宮は難しい顔で呟くと、ふらりと歩き出した。

「ちょっと、どこ行くのよ」
 雅美も雨宮につられて歩き出す。
「いや、何となく美智子の部屋を見に行こうと思うんだけど」
「そんなの無理に決まってるじゃない。いくら二階まで繋がっているからって、 女子棟に男のあんたが入っていける分けないじゃない。禁止されてるのよ…… それに、今は美智子の部屋には鍵が掛かっているし」
「何言ってんだよ雅美。お前まさか本当に女子棟に男が出入りしてないとでも 思ってんのか?」
「だ、だって、女子棟へ来るには二階の先生達の部屋の前を通らなくちゃ来ら れないじゃない」
「お前なぁ……」

 本当か?――と、雨宮は雅美の顔をのぞき込んだ。

「な、何よ、何でそんな顔するのよ」
「いや、なんでもない……雅美が意外な事を言うからな」
 と、雨宮は小さく笑った。
「ちょっと、その笑いは何よ!」
 人を小馬鹿にして!――雅美はにやけた顔をしている雨宮の向こうずね を、思いっきり蹴飛ばしてやった。
「痛ってー!!」
「ふんだ!人様を笑う者には、神様の罰が当たるのよ」
 痛がる雨宮に、雅美はそっぽを向く。
「って、神様の罰じゃ無くて、お前の足が当たったんだろうが!」
 なんとでも言ってなさい――抗議の声を上げる雨宮に、雅美は知らぬ顔を 決め込んだ。
「それよりも、さっき言った事どういう意味なのよ。あんたは誰にも見つから ずに女子棟へあがれるって訳?それに、さっきも言ったとおり美智子の部屋に は鍵が掛かってるのよ」
 やっと痛みがひいて歩みを再開した雨宮は「女子棟へ行くのは簡単なんだ ぜ」と、自信たっぷりにうなずいた。
「まず女子棟だけどな、あれは、非常階段を登れば誰にも見つからずに中へ入 れる」
「でも、非常口には内側から鍵が……」
「まだ分かんねーの?」
 と、雨宮は困った顔になった。
「なによ、もう一回蹴飛ばして欲しいわけ?」
「だからさ、その内側の鍵を中の人間が開けたとしたらどうするんだよ」
 何を分かり切ったことを――そう言いたげな口調だった。 「つまり、彼女の部屋でご休憩……って言う奴らが、時間を決めて鍵を開け るんだよ」
「あ――」
 雅美はここまで聞かされて、ようやく理解することが出来た。
 そ、そう言うこと……ね
「で、でも、美智子の部屋の鍵はどうするのよ、鍵は」
「開かない鍵は無いんだぜ」
「まさか、あんたが開けられるとでも言うの?」
「いや、まあ……開けられない事も無いけど、今はそれをやってる時間は無い な」
 と、時計を見ながら言った。後少しで午後の授業が始まる時間だったのであ る。

「も〜、分かんないわね。じゃ、一体何しに寮に行くのよ。しかもこのまま行 けば寮の裏側に出ちゃうじゃない」
「何でって、だから美智子の部屋を見にな」
「だって今、それをやってる時間は無いって言ったでしょ」
 と、雅美は、矛盾した話に行動が読めなかった。
「ああ、部屋の中に行くんじゃ無くて、外から確認をしにな」
「外?」
「そうだよ。どれくらい高さがあるのか、それに人が庇の上を歩く事が出来る のか」
 なんだ、そう言う事か――解ってしまえば簡単な話である。雨宮は、美智 子の部屋を、外から確認しようとしていたのだ。
「それならそうと、最初から言いなさいよ」
「最初からって、お前が早とちりするから悪いんじゃないか」
「あんたが、キチンと説明しないのが悪いのよ」
 二人の間には、しばし、たわいのないやり取りが続いたが、それもすぐに終 わりを告げた。目指す場所へと到着していたからである。

「ここが、美智子の部屋の真下か……」
 雅美と雨宮の二人は、遙か五階にある美智子の部屋を見上げてみた。
 寮は建ててからそう年月が経っていないので、まだまだ奇麗な色をしている。 部屋の窓は裏山の方へ面していて、寮全体を見ると結構な大きさだった。
 一階が食堂などの大きな施設になっており、二階が教職員用の部屋。そして三 階から上が生徒達の部屋になっているのだが、新宿都庁の様に建物が二つに分か れていて、それぞれの棟へは二階を通らなければ行き来できない造りになってい た。
 和田美智子の部屋は、女子棟のほぼ中央に位置していて、向かって右側の部屋 が空室になっており、さらにその右隣が雅美の部屋であった。

「確かに、人間が庇の上を歩くのも無理じゃないな……」
 と、雨宮は庇を確かめて言った。
「でも、本当に美智子の部屋に誰かが進入したのかしら?」
「さあな……」
「『さあな』って、もう少し真面目に――」
 と、雅美は言葉を切った。二人が立っている場所はそれ程の高さは無いものの、 一面に雑草が生えていて地面が見えない。
 雨宮が、しきりにその雑草を足でどけて地面を眺めていたからである。

「何やってんの?」
 美智子の部屋を見てみたいと言っていたのに、今度は地面を眺めているなん て――雅美には、雨宮の行動が理解できなかった。

「ねえ、何やってんのよ……」
「イイから、雅美も何かを探してくれよ」
 と、雨宮は理由も言わずに、雑草を足でかき分けていた。
「何かって、何よ?」
「だからさ、ここに何かが落ちてないかだよ。もし犯人が庇の上を歩いていた のなら、何か手がかりになるようなモノでも……」
 不意に雨宮の動きが止まった。
「ほら、見ろよ」
 雨宮は、地面に半ば埋まっていた小さな銀色の固まりを拾い上げていた。

「それって……何?」
「ライターだよ」
 こびりついた泥を落としながら「コレは自分でオイルを補充するタイプのラ イターで、強風の中でも火がつくって言う奴さ」
「それで、そのライターがどうしたって言うのよ」
 得意顔でライターを見せる雨宮に、雅美はそれで?と、気のない表情で聞い ていた。
「はぁ〜?なに言ってんだよお前。コレがどうしてこんな所に落ちてると思っ てるんだ?これは、間違いなく犯人のモノだよ」
 しょうがないな――と、雨宮は困った様な表情で雅美を見た。

「だって、ライターなんてどこでも売ってるじゃない。それにどうしてコレが 犯人のモノだと言えるのよ……」
 何がなんだか解らない――雅美は雨宮の説明を待つことにした。
「あのなぁ……じゃあ、どうしてこんな所にライターが落ちてるんだ?」
「どうしてって、そんなの誰かが落としたに決まってるじゃない」
「で、どこから落としたんだ?このライターは半分地面にめり込んでたんだぞ」
「そんなの、少し高い所から……」

――ハッ

「じゃ、それ、五階から落ちた」
「それ以外考えられないだろう。ライターが地面に埋まるって言うのは、結構 な高さから落とさなければならない。そう、ちょうど美智子の部屋がある五階 くらいの高さか……寮にはライターの持ち込みが禁止されてるのは知ってるよ な?」
「当たり前でしょ」
「まあ確かに、煙草を吸ってる奴らがそれをバカ正直に守ってるとは思えない がな。でも……」
「美智子は煙草なんて吸わないわ」
「だろう。じゃあどうしてライターが落ちているのか?それはライターを持っ ていた人間がいたからだ」
 じゃあ、本当にそのライターは犯人が落としたモノ?――雅美は、漸く雨 宮の結論に達すると、同時に複雑な感情に支配された。
 誰かが部屋に進入し、そして美智子に対して何かを……悪い想像ばかりが浮 かんでくるのがたまらなく嫌だった。

 けれども……貴弘の言っている事、あながち嘘とは思えない。いいえ、かな り信憑性のある事だと思える。
 雅美はこの時点で、美智子の部屋に『誰か』が、進入した事を認めないわけ には行かなかった。
 ただ、犯人がなぜ、この様なライターを落として行ったのか?
 その事がのどに引っかかった小骨の様に……雅美の心にしこりとして残るの である。
 雅美はもう一度、美智子の部屋へと視線を戻そうとした。と、その時――

「あら?」
 部屋の中で、何かが動くのを見た気がした。
「どうした」
 と、雨宮もその声につられて上を見上げる。
「なんかあったのか?」
 しかしそこには、声を上げるほどのモノは見つけられなかった。
「うん……今、部屋の中で何かが動いたように感じられたの。だけど――」
 雅美が見上げた部屋は、美智子と雅美の部屋の間にある空き部屋の方だった。
 見間違いね――雅美がその事に気が付いて、雨宮に言おうとしたときだっ た。

「何をしているんだい」
 二人は不意に、背後から声を掛けられた。

つづく

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