沖縄戦の図 (1984年)
400×850(cm)

庭にシートを敷き、その上に毛布を10枚ほど広げて
大型の和紙を4枚並べると、
4メートルに8メートルの大きな画面が出来ました。
紙の上に座って描きはじめる。
ひざの下から沖縄のさんご礁の岩。
石灰岩の破片の凹凸が痛い。
さっき片づけていた時、やっきょうを一つ拾った。
ここは首里。激戦地だったのです。



ここに命を落とした人人の思いがしみて
石からひざへと伝わってくるのでしょうか。
はるばるここに来て、ここに座って描かねばならないのです。
空、風、水、土、草、鳥、
みんなが黙ってわたしたちの筆を動かしてくれるのです。



紺碧の海の色はどうしても描きたい。
エメラルドをオレンジに染めて、さんご礁に沈んだ娘たち。
紅は、朱は、若ものの血潮か。
逃げまどう人人を追う炎か。
どちらに見ていただいてもいいではないか。


撮影班の方が空から画面を写してぐるりと廻転してみせて下さった。
描かない斜めの空間が見事であった。
描くばかりが能ではない。
この空間を生かさねば、はやる心を抑え押さえて空間を残しました。
けれど、まわりを描き進むうちにそのまま残すことは困難となりました。



逆さに落ちてくる。
娘はスパイ容疑のごうもんに狂い、日本兵の竹槍によって命を落としました。
白い空間に娘を描き込む時の恐ろしさ。


一人は立ち、一人はうつむき、一人は座っている。
三人の子供は、生きている。
ただそれだけで画面はぴしりときまりました。



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